「はあ、土井垣さんに見合い話…ですか」
都内のある居酒屋、土井垣に付き合って酒を飲んでいた不知火は意外な話題に驚いた様に呟く。この場合の『意外』というのは『ありえない話題』ではなく『ありすぎて話題にすらならない話題が話題になった』という意味。不知火の呟きに、土井垣は苦々しげに冷酒を飲みつつ応える。
「ああ、相手はじいさんの古い友人の孫娘らしい。その友人が亡くなってお悔やみの挨拶に行った時にその娘がいて、じいさんがえらく気に入ったらしくてな。その場で段取りをつけたそうだ」
「こっち主体で段取り組まれている様じゃ、断るのは難しそうですね」
「今まで何度かこの手の話があった時にはあれこれ理由をつけて断ってきたんだが、今回ばかりはじいさんが大乗り気でなぁ…断るに断れん」
「でも、いいんですか?彼女…」
不知火がそこまで言いかけると、土井垣は鋭い目で不知火を睨みつけ、荒々しく冷酒の入ったコップを置いた。
「腹の立つのはそこだ。あいつ、その話をしたら怒るどころか『いいじゃないですか、会うだけでも会ってみれば』と来た。しかも『自分も見合い話が来て会う事にした』とまで言いやがった」
「…また随分豪気な人ですよね、彼女って」
「豪気を通り越して無神経の域に達しているだろう!いつもいつもいつもいつも振り回して俺の気持ちなんてこれっぽっちも考えやしない!」
『いつもは振り回されても喜んでるじゃないですか…』という喉まで出かかった言葉を不知火はかろうじて飲み込んだ。しかし今回の場合は確かに恋人の言葉としては無神経すぎるし、そうでなくとも何度か会った事のある彼女の印象ではそこまで無神経な言葉を発する様な女性にはどうしても思えなかった。何か裏がありそうだと思ったが、今の土井垣には何を言っても通じそうにない。この分だと今夜はこのまま一晩中荒れた土井垣に付き合わなければならないであろう自分の運命を内心嘆きつつも、頭の片隅で彼女の意図がどこにあるのだろうとふと考えていた。
「…へぇ、土井垣君との見合い話ねぇ」
同じ日の別の飲み屋、葉月は土井垣と知り合うきっかけとなったサークルの面々と練習後の定例飲み会を楽しみながら、先日偶然起こった『事件』の話をしていた。彼女の話にサークルの面々も興味津々と言った様子で聞いている。
「本当にびっくりしましたよ。うちのおじい様が土井垣さんのおじい様とお友達だったなんて、私全然知らなかったんで…知らない振りして応対してたらそのおじい様が何でか私を気に入って、ものすごい勢いでお見合いを勧めてくるんですもの。笑いをこらえるのに必死でした」
「…で、当の土井垣ちゃんの方はその事に全く気付いてない…と」
「はい。写真は急だったんで無いと思いますけど、釣書は話を聞いて乗って、仲介役を母の看病が大変な父や、お歳のおばあちゃまの代わりに引き受けた親戚のおじ様が作って渡してるみたいですから、読めばすぐに私だって分かるはずなんですけど。…読んでなかったみたいですし、あの様子じゃこの後も読みませんね、絶対」
「しょうがないじゃない、土井垣君の性格じゃあなたがいるんだから見る気も起きないんでしょ」
「でも、宮田ちゃんも何でそこで誤解を正さないで煽る様な真似したんだい?恋人に他人とのお見合いを煽られちゃったら、誰だって怒るよ」
面々のある種もっともな問いに、葉月はくすりと笑ってあっさり答える。
「いえ、こうすれば絶対土井垣さんこの話受けるでしょうし、知らない振りして会った時の事を考えたらかなり面白いと思ったんで」
「出たね、宮田ちゃんの『面白い』が。ホント宮田ちゃん面白いと思う事があるとす~ぐ乗るんだから。まあそこがいい所でもあるんだけどさ」
「それにしたってこれはちょっと意地悪なんじゃない?土井垣君が可哀相だよ」
彼女の言葉に興味津々になりながらも、多少窘める気持ちを乗せて言葉を紡ぐ面々の言葉に、葉月はしれっとした態度で言葉を返す。
「いいんです。ちゃんと釣書を読まない土井垣さんが悪いんですし、そうじゃなくたって土井垣さんの方こそ、私が他の人とのお見合いほいほい受けるって考えたんですから、ちょっと位なら意地悪したっていいでしょう?むしろいい薬です…という訳で土井垣さんにはこの話、内緒にして下さいね」
そう言ってにっこり笑い人差し指を口元に立てた葉月に、面々は呆れた様に言葉を零す。
「宮田ちゃんって…いい子だと思ってたけど本当は結構悪だったんだねぇ…」
「まあ、今回はお仕置きの意味も含めてこれですけど、そうじゃなくても私、好きな人程意地悪したくなるお子様ですから…やり過ぎだって言うならそれもお子様故の暴走って事で」
にっこり笑いながらさらりと言う葉月に、面々は苦笑しながら溜息を付く。その様子も気にせず、葉月は目をきらきらさせながら楽しげに呟いた。
「当日は何着ていこうかな~フルなお化粧も久しぶりだからちゃんと練習しなくちゃね」
「宮田ちゃん、本当にノリノリだねぇ…」
呆れた口調で口を開く面々に、葉月は目を輝かせたまま心底楽しそうな笑顔を見せ応える。
「当たり前じゃないですか。土井垣さんを驚かせるとどめですもの。それに…」
「それに?」
「こうでもしなくちゃ、土井垣さんに対して照れずにお洒落なんてできないですもの。折角なんですから最高に綺麗にして、思いっきり驚かせたいですしね」
その言葉と笑顔にメンバーは彼女の本当の意図を察して、彼女の『意地悪』が何だか微笑ましくなった。
「愛だねぇ…」
「やっぱり宮田ちゃんってば可愛いわ~」
「よし、じゃあ俺達も協力しよう」
「頑張って土井垣ちゃんを思いっきり驚かそうね、宮田ちゃん」
「ありがとうございます~」
そこにいた一同は楽しそうに様々な作戦を提案し始める。彼女の可愛い(しかし土井垣にとってはかなりダメージの深い)意地悪がどういう結果になったかはまた別のお話――
都内のある居酒屋、土井垣に付き合って酒を飲んでいた不知火は意外な話題に驚いた様に呟く。この場合の『意外』というのは『ありえない話題』ではなく『ありすぎて話題にすらならない話題が話題になった』という意味。不知火の呟きに、土井垣は苦々しげに冷酒を飲みつつ応える。
「ああ、相手はじいさんの古い友人の孫娘らしい。その友人が亡くなってお悔やみの挨拶に行った時にその娘がいて、じいさんがえらく気に入ったらしくてな。その場で段取りをつけたそうだ」
「こっち主体で段取り組まれている様じゃ、断るのは難しそうですね」
「今まで何度かこの手の話があった時にはあれこれ理由をつけて断ってきたんだが、今回ばかりはじいさんが大乗り気でなぁ…断るに断れん」
「でも、いいんですか?彼女…」
不知火がそこまで言いかけると、土井垣は鋭い目で不知火を睨みつけ、荒々しく冷酒の入ったコップを置いた。
「腹の立つのはそこだ。あいつ、その話をしたら怒るどころか『いいじゃないですか、会うだけでも会ってみれば』と来た。しかも『自分も見合い話が来て会う事にした』とまで言いやがった」
「…また随分豪気な人ですよね、彼女って」
「豪気を通り越して無神経の域に達しているだろう!いつもいつもいつもいつも振り回して俺の気持ちなんてこれっぽっちも考えやしない!」
『いつもは振り回されても喜んでるじゃないですか…』という喉まで出かかった言葉を不知火はかろうじて飲み込んだ。しかし今回の場合は確かに恋人の言葉としては無神経すぎるし、そうでなくとも何度か会った事のある彼女の印象ではそこまで無神経な言葉を発する様な女性にはどうしても思えなかった。何か裏がありそうだと思ったが、今の土井垣には何を言っても通じそうにない。この分だと今夜はこのまま一晩中荒れた土井垣に付き合わなければならないであろう自分の運命を内心嘆きつつも、頭の片隅で彼女の意図がどこにあるのだろうとふと考えていた。
「…へぇ、土井垣君との見合い話ねぇ」
同じ日の別の飲み屋、葉月は土井垣と知り合うきっかけとなったサークルの面々と練習後の定例飲み会を楽しみながら、先日偶然起こった『事件』の話をしていた。彼女の話にサークルの面々も興味津々と言った様子で聞いている。
「本当にびっくりしましたよ。うちのおじい様が土井垣さんのおじい様とお友達だったなんて、私全然知らなかったんで…知らない振りして応対してたらそのおじい様が何でか私を気に入って、ものすごい勢いでお見合いを勧めてくるんですもの。笑いをこらえるのに必死でした」
「…で、当の土井垣ちゃんの方はその事に全く気付いてない…と」
「はい。写真は急だったんで無いと思いますけど、釣書は話を聞いて乗って、仲介役を母の看病が大変な父や、お歳のおばあちゃまの代わりに引き受けた親戚のおじ様が作って渡してるみたいですから、読めばすぐに私だって分かるはずなんですけど。…読んでなかったみたいですし、あの様子じゃこの後も読みませんね、絶対」
「しょうがないじゃない、土井垣君の性格じゃあなたがいるんだから見る気も起きないんでしょ」
「でも、宮田ちゃんも何でそこで誤解を正さないで煽る様な真似したんだい?恋人に他人とのお見合いを煽られちゃったら、誰だって怒るよ」
面々のある種もっともな問いに、葉月はくすりと笑ってあっさり答える。
「いえ、こうすれば絶対土井垣さんこの話受けるでしょうし、知らない振りして会った時の事を考えたらかなり面白いと思ったんで」
「出たね、宮田ちゃんの『面白い』が。ホント宮田ちゃん面白いと思う事があるとす~ぐ乗るんだから。まあそこがいい所でもあるんだけどさ」
「それにしたってこれはちょっと意地悪なんじゃない?土井垣君が可哀相だよ」
彼女の言葉に興味津々になりながらも、多少窘める気持ちを乗せて言葉を紡ぐ面々の言葉に、葉月はしれっとした態度で言葉を返す。
「いいんです。ちゃんと釣書を読まない土井垣さんが悪いんですし、そうじゃなくたって土井垣さんの方こそ、私が他の人とのお見合いほいほい受けるって考えたんですから、ちょっと位なら意地悪したっていいでしょう?むしろいい薬です…という訳で土井垣さんにはこの話、内緒にして下さいね」
そう言ってにっこり笑い人差し指を口元に立てた葉月に、面々は呆れた様に言葉を零す。
「宮田ちゃんって…いい子だと思ってたけど本当は結構悪だったんだねぇ…」
「まあ、今回はお仕置きの意味も含めてこれですけど、そうじゃなくても私、好きな人程意地悪したくなるお子様ですから…やり過ぎだって言うならそれもお子様故の暴走って事で」
にっこり笑いながらさらりと言う葉月に、面々は苦笑しながら溜息を付く。その様子も気にせず、葉月は目をきらきらさせながら楽しげに呟いた。
「当日は何着ていこうかな~フルなお化粧も久しぶりだからちゃんと練習しなくちゃね」
「宮田ちゃん、本当にノリノリだねぇ…」
呆れた口調で口を開く面々に、葉月は目を輝かせたまま心底楽しそうな笑顔を見せ応える。
「当たり前じゃないですか。土井垣さんを驚かせるとどめですもの。それに…」
「それに?」
「こうでもしなくちゃ、土井垣さんに対して照れずにお洒落なんてできないですもの。折角なんですから最高に綺麗にして、思いっきり驚かせたいですしね」
その言葉と笑顔にメンバーは彼女の本当の意図を察して、彼女の『意地悪』が何だか微笑ましくなった。
「愛だねぇ…」
「やっぱり宮田ちゃんってば可愛いわ~」
「よし、じゃあ俺達も協力しよう」
「頑張って土井垣ちゃんを思いっきり驚かそうね、宮田ちゃん」
「ありがとうございます~」
そこにいた一同は楽しそうに様々な作戦を提案し始める。彼女の可愛い(しかし土井垣にとってはかなりダメージの深い)意地悪がどういう結果になったかはまた別のお話――