「へぇ~?お前、面白いもん持ってんな~」
「か…返して下さい!」
「嫌だね。…こんなもん持ってるなんて一年坊主の癖に生意気だなぁお前~」
 放課後の廊下で、僕は自分のパスケースを取り返そうと必死になっていた。うっかり落としたのを運悪くこの学校でもガラの悪い面々に拾われて、中身を見られて絡まれてしまったのだ。何とか奪い返そうと努力するけれど、面々はパスケースを高く翳して取り上げたままだ。その内にそのメンバーの一人が口を開く。
「…そうだ、生意気だからこれ破っちまおうぜ」
「お願いします!それだけは止めて下さい!」
 面々が破ろうとしたのは僕の大切な宝物。僕の言葉に、面々は何か話し込んでいたけれど、やがて下卑た顔を見せて口を開いた。
「そうだな~ここで犬の真似でもしたら、そのまま返してやってもいいぜ~」
「そんな…」
「どうする?やらないと破っちまうぜ~?」
「…」
「じゃ~破っちまおうかな~」
 そう言ってメンバーの一人が『宝物』を取り出す。僕が思わず声を上げそうになった時、不意に凛とした声が聞こえてきた。
「お前ら!何してる!」
「…やべぇ、野球部の土井垣だ!」
 そこにいたのは野球部キャプテンの土井垣先輩だった。突然の先輩の登場に面々は慌てた様子を見せる。先輩は凛とした声のまま更に言葉を重ねた。
「お前たちが持っている物は、どうやらそこにいる生徒の物らしいな…返してやれ」
「う…」
 先輩の迫力に面々は圧されている。先輩は駄目押しの様に凛とした声を上げた。
「さあ…返せ!」
「わ…分かったよ…畜生、覚えてろ!」
 そう言って面々は僕にパスケースと『宝物』を押し付ける様に渡すと、捨て台詞を吐いて去って行った。それを見た先輩は僕に声を掛ける。
「良かったな。…しかし、あの連中は明訓内でも素行の悪い生徒だ。絡まれない様に気を付けろよ」
「あ…はい…ありがとうございました!土井垣先輩!」
 僕は野球部のスーパースターで憧れの土井垣先輩に言葉を掛けられた嬉しさで、思わず大声でお礼を言う。先輩は苦笑しながら言葉を返す。
「ああ、いや。…当然の事をしたまでだ」
「でも、ありがとうございます…僕の『宝物』を守ってくれて」
「『宝物』?」
「え?…あ…はい、これです」
 僕の言葉に先輩は思わず言葉を返してきた。僕はうっかり秘密をばらしてしまった事に気付いて赤面しながらも、先輩には見てもらってもかまわないと思って僕の『宝物』を差し出した。それは一枚の写真。その写真を見た時、先輩が不意に狼狽した表情を見せる。その理由が分からず、僕は思わず問い掛けていた。
「先輩、どうかしましたか?」
「い、いや…それより、これは誰なんだ?」
 先輩は狼狽した様子を見せたまま問い掛ける。それを不思議に思いながらも僕は赤面しながら答えた。何故ならそこに写っていたのは、僕と困った様に微笑んでいる一人の女の子だったからだ。
「彼女は…宮田さんって言って、僕の中学の同級生なんです。この通り可愛いだけじゃなくって、優しくて、頭も良くって、歌がすごく上手くて…僕はずっと彼女に憧れてたんです。で、告白したんですけど『私は男の人とお付き合いはまだできない』って振られちゃって…でも諦め切れなくて、高校も彼女は地元の公立校に進んで、僕はこうして明訓に進んだから離れちゃうし思い出にって、無理矢理卒業の時に写真を撮らせてもらったんです」
「そうか…そうだったのか…」
「はい」
 赤面しながら答えた僕に、先輩も何故か赤面して応える。先輩はしばらく沈黙していたが、やがてそれとなく問い掛ける様に口を開く。
「そうだ…君の出身校はどこだ?」
 先輩の不可解な問いに僕は不思議に思いながらも答える。
「ええと…小田原の八幡中学です」
「そうか…だからか…」
「何ですか?」
「いや…別に。…それより、もしかして彼女の下の名前は『はづき』と言わないか?」
「…え?確かに葉月さんでしたけど…何で知ってるんですか?」
「あ、いや…この前出かけた先で迷子を見つけた時にこの写真の女生徒と似た女の子が一緒に見てくれてな。もしかして同一人物かと思ったものだから…もしそうなら礼が言いたかったんだ。…でも、名前だけでは分からんな…すまん。余計な事を聞いた」
「…はあ」
「それより…こういう物はこっそり身に付けていた方がいい。またこういう事が起こらんとも限らんからな」
「はい、分かりました」
「引き止めて悪かった…じゃあな」
 そう言うと先輩は去って行った。僕はそれを見送りながら、何故か先輩も彼女の事が好きなのではないかと思った。そして、僕の彼女に対する想いはこのままその内に思い出として仕舞われて、新しい恋を見つけて今の彼女に対する胸が締め付けられる様な痛みは多分忘れてしまうだろうけれど、先輩はその気持ちをずっと持ち続けるんじゃないか――そんな気がした。何故そんな風に思ったのかは分からない。けれど何故かそれは確信的な思いだった。僕は先輩を見送った後、写真をじっと見詰め、小さく溜息をつきながらパスケースに仕舞い直すと、下駄箱に向かって歩き出した。