土井垣が遠征から帰って来たオフの前夜、葉月のマンションで二人は食事をした後、彼は小ぶりの包みを荷物から取り出して、彼女に渡した。
「…ほら葉月、いい物があったからな。土産だ」
「ありがとう、将さん。開けていい?」
「ああ、見てみろ」
 微笑んで頷く土井垣に葉月も嬉しそうに微笑むと、包みを開けて、中の箱から『土産』を取り出す。それは陶器と和布でできたウサギの人形だった。彼女はその可愛らしさに目を輝かせ、更ににっこり笑ってお礼を言う。
「ありがとう、将さん。すごく可愛い人形ね」
「喜んでもらえたみたいだな…でも、これはただの人形じゃないんだぞ」
「え?」
 葉月が不思議そうに首を傾げると、土井垣はその人形を手にとって下にあるネジを巻く。すると人形は回りながら「里の秋」のメロディーを奏で始めた。
「オルゴールなの?すごく珍しいわね!こんな和のテイストの見た目もメロディーも」
「他にも『紅葉』とか『花』のメロディーもあったし、布の部分やウサギの部分も色々あったんだが…見た目はこれが気になったし、メロディーはこれが一番オルゴールのメロディーに合っている気がしてな…これだ、と思ってすぐに手にしていた」
「そうなの?」
「ああ」
「でも…」
「でも?」
「ウサギが二匹寄り添ってるなんて…これ意図して選んだの?」
 葉月の悪戯っぽい問いに、土井垣は赤面して黙り込むと、彼女を引き寄せる。二人はメロディーが止まるまで寄り添い合いながらじっとオルゴールが奏でるメロディーを聞いていた。そうして、段々とメロディーがゆっくりになり、最後の一音を出して止まる。それからしばらくまた沈黙が続いた後、彼女が不意に口を開く。
「…知ってる?『里の秋』って三番まであるのよ」
「いや…二番までしか知らんな」
「歌ってみましょうか」
 そう言うと葉月は静かに歌い出す。船出をした父が無事に帰って来て欲しいと祈る母と子の想いに土井垣はふと胸が一杯になりつつも、なぜこの三番が知られていないのかと不思議になる。
「初めて聞いたが…普通の歌詞じゃないか。どうして知られていないんだ?」
 土井垣の問いに、葉月は静かに話し始める。
「あのね…この曲ができたのは戦時中なのよ。で、三番はお国のために死ぬって言う戦意高揚の意味から取ると反戦的ってなって、禁じられてたんですって。だから三番は埋もれて、あんまり知られてないらしいの。あたしも病院の患者会の人に聞いて、知ったんですけど」
「そうか…」
「愛する人に無事に帰って来て欲しいって思う気持ちは、いつだって同じなのにね。…それが禁じられるって、ちょっと寂しいな」
「葉月…」
 土井垣は彼女の想いを受け取り、一片の寂しさと少しの照れ臭さを感じながらそれを口に出す。
「なあ…葉月」
「何?」
「お前も…俺が遠征に行く時には、無事に帰って来て欲しいと思ってくれているのか?」
「…!」
 土井垣の問いに、葉月は一瞬赤面して絶句したが、すぐに顔を赤らめたまま呟く様に言葉を返す。
「…当たり前じゃない。怪我をしない様に、病気にならない様にって心配なのよ?…一応」
「…そうか」
 土井垣は満足そうに微笑むと、彼女を抱き締め、囁く様に返す。
「…俺もな、お前が泊まりの出張に行く時には、倒れないか、事故を起こさないかと心配なんだぞ」
「…何だか、取って付けたみたいですね」
 少し反論する様に呟く葉月に、土井垣は更に真摯な心が伝わる言葉で囁く。
「でも本当だぞ。お前達一回、乗ったレントゲン車が高速でお前達の方はそれ程大変じゃなかったとはいえ、事故を起こされたじゃないか。しかも交通情報では詳しい情報がない上、写メールで横転したトラックが送られて来た時、どれだけ俺が心配したか…知らないだろう」
「…ごめんなさい、あの時はあんまり滅多にない事でテンパってた」
「…しかもその後、病院にも行かずに車を替えて仕事に出かけて…運転していた人が後で大変な症状が出て大騒ぎだったと沼田さんから聞いた時、お前もどうかなってしまうんじゃないかと…ずっと心配だったんだからな」
「…ごめんなさい」
 素直に謝って土井垣に身体を預ける葉月を彼は更に強く抱き締めると、更に囁いた。
「頼むから…無事で…元気でいてくれよ。…俺がいなくても」
 土井垣の囁きに、葉月も言葉を返す。
「将さんも…元気でいてね。…あたしはちゃんと帰りを待ってるから」
「ああ」
 そうして二人でしばらく抱き合っていたが、やがて葉月が幸せそうに口を開く。
「でも…幸せね」
「何がだ」
「こうやって、愛してる人の無事をちゃんと祈れるって事が」
「…そうだな」
「もう一回聞きましょうか。…何だかまた聞きたくなっちゃった」
「ああ…俺も聞きたい」
 そう言うと二人はネジを回して、オルゴールの奏でる音色を、寄り添い合いながら聞き続けた。愛する存在の無事を祈れる幸せを感じながら――