ある夜の都内の街中を、土井垣と葉月は歩いていた。夜だというのに照明で昼の様に明るい町に、葉月は何となくつまらなそうに口を開く。
「…こう、夜でも照明ですごく明るいって、安全なのかもしれませんけど、情緒がないですね」
 葉月の言葉に土井垣も同意する様に言葉を返す。
「そうだな…星も、月も何も見えないというのは何となくつまらん気もする」
「知ってますか?今日、新月で月が出てないんですよ」
「いや…知らなかったな。葉月は何で知ってるんだ?」
「一応新聞には一通り目を通してますから。月齢の記事も見てるんです。満月の時にはお月様見たいですし」
「そうか」
「うん」
 そうして二人は地下鉄に乗ると、葉月のマンションへと足を運ぶ。彼女のマンションのある通りは街中より格段に照明が落ち、薄暗い。彼女に危険がない様に守りながらも、土井垣は夜空を見上げ、口を開く。
「ここは…星が見えるんだな」
「うん、それが気に入ってこういう所にしては治安もいいし、家賃もお手ごろだったからあのマンション選んだんですもん。あたしはいつでも星や月を見ていたいの…家にいる時みたいに」
「…そうか」
「うん」
 そうして二人はしばらく星空を見上げていたが、やがて土井垣が口を開く。
「月がないと…星が余計に輝いて見える気がするな」
「そうね」
「もちろん月も綺麗だが…星がはっきり見える気がする月のない夜もおつなものかもしれん」
「それもそうね…お月様には悪いですけど、お星様が主役の夜があってもいいわよね」
「そうして…そんな空を見上げながら二人で過ごす時間が…大切だと思う」
「将兄さん」
 葉月は土井垣の言葉に言葉を失う。言葉を失っている彼女を、彼は抱き寄せると更に口を開く。
「その内…お前の故郷の夜空も、見せてくれよ」
「…うん」
「それから…いつまでもこうして二人で夜空を見上げていられるようにしような」
「将さん…」
 葉月は土井垣の胸に顔を埋める。彼はしばらく彼女を抱き締めていたが、やがて身体を少し離すと彼女の頤を上げる。彼の意図に気付いた彼女はためらう様に口を開く。
「将兄さん、こんなとこじゃ…」
「嫌か?」
「そういう問題じゃなくって…誰か見てたら…」
「大丈夫だ、誰も見ていない。…月もな」
「…将さんったら…」
 葉月は土井垣の言葉に顔を赤らめると、ためらいがちに目を閉じる。そんな彼女が愛おしいと思いつつ、土井垣は彼女にキスをした。