クリスマスに近い日の夜、土井垣と葉月は彼の誘いで食事を共にしていた。とはいえ二人は付き合っている訳ではない。この食事会は先日彼女が酔い潰れてしまった時彼が彼女を運んだお詫びに、という名目で彼が誘って彼女が乗ったと言うのが真相である。しかし本音はお互いの事が好きでその想いを打ち明けよう、と言う決意を互いに固めてこの食事会に臨んでいる。とはいえ何となくきっかけが掴めずに互いに黙ったまま食事をして酒を飲んでいた。でも緊張で食事の味は分からず砂を噛んでいる様な感じで、酒を飲んでも酔えない。ある個室風居酒屋の一角は緊張感が溢れたある種の異空間になっていた。やがて、彼は何とか話のきっかけを掴もうと、彼女に言葉を掛ける。
「…どうかな、ここの店の料理は」
「…はい、お酒も含めておいしいです。今度友人を連れて来ようかなとか思いました」
「良かった。評判だけしか聞いていなかったから、気に入ってくれるか心配だったんだ」
「…そうですか」
 そこでまた会話が途切れてしまい、無言の時間が続く。このまま当初の目的が果たせないままさよならになるのかと思った矢先、葉月が不意に話しかけてきた。
「…あの」
「何だ?」
「この間は潰れた所を送ってくださって…ありがとうございました。それから…潰れてしまってすいませんでした」
「…いや、もういいんだ。過ぎた事だし、こうやってお詫びの食事に付き合ってくれているだろう?」
「はい…でも」
「でも?」
「何でお詫びに食事に連れて来てくれたんですか?それに…『話したい事がある』って言ってましたよね。その話って…何ですか?」
 葉月の問い掛けに、土井垣は高鳴る鼓動を必死に抑えながら言うべき言葉を言おうと深呼吸する。ここでためらったり迷ったりしたらおしまいだ。この思いを伝えるのはためらわない、迷わない。そうして深呼吸した後、彼は静かに言葉を紡ぐ。
「俺に…君を支えさせてくれないか?」
「え…?」
「つまり…その、君はどうやら一人で何でも考えて、抱え込んで悩んでいるみたいだから…俺も傍に…いると…その…だから…」
 ためらわない、迷わない、と決めたのに狼狽してしまって決定的な言葉が言えずにおろおろしている土井垣を葉月はしばらく見詰めていたが、やがて何かに気がついた様にふわりと笑うと、彼に向かって言葉を返した。
「私は…あなたを支えられませんか?」
「宮田さん…それは…?」
 土井垣の問いに、葉月はゆっくりと答える。
「私の感じている事が正しければ、土井垣さんと私は…同じ気持ちなんです。つまり…」
「…待った。言わないでくれ。俺から言わせてくれ」
 土井垣は葉月の言葉を制すると、今度こそためらわず、迷わず言葉を紡いだ。
「俺は…君が好きだ。…君も…同じ気持ちで…いてくれるか…?」
 土井垣の言葉に、葉月は半分涙ぐみながら、でも最高の微笑みを見せて応える。
「…はい」
「…良かった」
「私も…良かった」
 そう言うと葉月は微笑む。その微笑みに勇気付けられ、緊張の最大の山場も越えたので最後に言うべき言葉をきちんと伝える。
「じゃあ…これからはもう俺達は恋人同士という事で…付き合ってくれるな」
「…はい」
 そう言うと二人は顔を見合わせて笑った。一時笑った後、葉月はにっこり微笑んで口を開く。
「もうここ、友人連れて来れなくなっちゃいました」
「どうしてだ?」
「だって…こんな嬉しい思い出が出来た所は、二人だけの場所にしておきたいですもの」
「…そうか」
 土井垣は葉月の可愛らしい言葉にふっと笑うと、提案する様に言葉を重ねる。
「そうだ。…クリスマスなんだが…また一緒に街に出ないか?…その…想いが通じたら、君にプレゼントを買おうと思っていたんだ…駄目か?」
 土井垣の提案に葉月はにっこり微笑んで応える。
「ありがとうございます…一緒に行きましょう?…私も…土井垣さんにプレゼント買いたいですから」
「…そうか」
「…はい。…最初のデートですね」
「…そうだな」
「ふふ」
 ふたりはまた微笑み合うと、お互いの想いを噛み締めながら食事を摂り、今度は饒舌な位話しながら時を過ごした。

――ためらわない、迷わない気持ちで起こした行動がくれた結果を大切にする様に――