「…あ、将さん、ペットショップがある。入って行きましょう?」
「葉月。いつも思うが、見るだけなのに楽しいのか?」
「うん、楽しい」
「そうか…じゃあ入るか」
あるオフの昼下がり、デートをしながら町を歩いていた葉月は、道すがらペットショップを見つけ、土井垣を促して店に入った。彼女は元々動物が好きで、自分のマンションでペットを飼いたいらしいが、泊りがけの出張も多く世話ができないと分かっているので我慢をしているのだ。その代わりこうしてペットショップが道々にあると入って眺めるのが彼女の楽しみの一つになっていた。彼もそれを知っているので苦笑しながらも彼女に付き合う。店に入ると犬や猫、ハムスターやウサギ、鳥などを順々に楽しそうに眺めている彼女を見ながら、彼も彼女が動物を飼えない寂しさをこうして癒しているのを少し寂しいと思いながらも、それでも楽しげに見ている彼女が嬉しくなり、一緒に眺めていた。眺めて気が済んだのか二人で店を出ると、彼女が残念そうに口を開く。
「あ~あ、うちのマンションペットOKだから、巡回チームじゃなかったら飼えるのにな」
「まあ、仕方がないだろう。その内飼える日が来るさ。…そうだ、金魚や小鳥位だったら飼えるんじゃないか?」
「それも思ったけど…マンションの密閉率って結構すごいのよ。夏場なんか水でも閉め切った部屋に置いとくと、すごい温度が上がって昼間だけで腐っちゃうんだから。そんな所に金魚や小鳥を置いとけないですよ。猫とかならまだ逃げられますけど、金魚は水槽から、鳥は籠から出られないんですから」
「そうか…それもそうだな」
「でしょ?」
葉月の言葉に土井垣も納得した様に頷く。二人はしばらく無言で歩いていたが、やがてふと気付いた様に土井垣が口を開く。
「そういえば金魚は水の中が住む所だから出られなくても当たり前だが、小鳥は籠に入れられたままで自由がないな。逃げられない状態に置かれているのは可哀想な気がする」
「…」
土井垣の言葉に葉月はふと考える素振りを見せていたが、やがてふと呟く様に言葉を零した。
「…そうでしょうか」
「どういう事だ?」
土井垣が問い返すと、彼女はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「確かに、自然の中で生きている野鳥を籠に閉じ込めるのは可哀想ですけど、元々籠の中しか知らない普通の小鳥にとってはどうでしょう。外に出されても生きていく術を知らないんですよ。逆に籠から出される方が残酷なんじゃないでしょうか。だったらちゃんと籠の中で愛されて生きていくなら、その方が小鳥のためだとあたしは思います。籠の鳥が不自由なんて人間の傲慢ですよ」
「…そうか」
彼女の言葉に土井垣は彼女の思いを知り静かに頷く。そうして彼もしばらく考え込んでいたが、やがてまた何かを思いついた様に口を開く。
「…なあ」
「はい?」
「『籠の鳥』という言葉は人間にも使われるよな。自由のない人間がよく口にする言葉だ」
「そうですね」
「俺は…お前を『籠の鳥』にしていないか?」
土井垣の言葉を察して葉月はしばらく考え込んでいたが、やがてにっこりと笑って答える。
「そうですね…あたしは将さんの『籠の鳥』かも」
「…そうか。…俺は悪い事をしているんだな。お前はどちらかと言うと自由な野鳥だ。それを閉じ込めているんだからな」
土井垣は少し後ろめたい気持ちが起こり、謝罪の言葉を零した。しかし葉月はにっこり笑ったまま更に言葉を返した。
「…でもね、あたしはそれでいいの」
「え?」
葉月の言葉の意図が分からず、土井垣は思わず問い返す。彼女はにっこり笑ったまま続ける。
「だって、将さんは放す時にはちゃんとあたしを籠から放してくれる。それにね」
「それに?」
「あたしはそうされても自分の意志で籠に戻ってきてるんだもの。あたしにとって、将さんって『籠』は『巣』と同じなの。…何があっても、どんなに外で自由に飛んでいても…必ず帰ってきたい場所なの」
「葉月…」
葉月の言葉に土井垣は胸が詰まる。言葉を失っている彼に、彼女は逆に問い返す。
「じゃあ…逆に聞くけど、あたしは将さんを『籠の鳥』にしてない?」
「そうだな…」
葉月の問い掛けに、土井垣はしばらく考えていたが、やがてふっと笑うと答える。
「俺は…お前との事に関して言えば、完全にお前の『籠の鳥』だ」
「そう…」
土井垣の答えに、葉月は寂しそうな顔を見せる。それを見た土井垣はふっと笑ったまま彼女を引き寄せて更に言葉を紡いだ。
「でもな…俺もそうある事に満足しているんだぞ」
「将さん」
「だから…もっと愛を注いでくれよ。籠の鳥の幸せは、お前が言う通り、飼い主の愛にかかっているんだからな。…その代わり…俺もお前に精一杯の愛を注ぐから」
「将さんたら…」
悪戯っぽい口調で、しかし真摯な心は伝わる言葉を紡ぐ土井垣に、引き寄せられるままだった葉月はくすりと、しかし幸せそうに笑って身体を寄せる。そうして寄り添い合いながら、二人は町を歩いて行った。
「葉月。いつも思うが、見るだけなのに楽しいのか?」
「うん、楽しい」
「そうか…じゃあ入るか」
あるオフの昼下がり、デートをしながら町を歩いていた葉月は、道すがらペットショップを見つけ、土井垣を促して店に入った。彼女は元々動物が好きで、自分のマンションでペットを飼いたいらしいが、泊りがけの出張も多く世話ができないと分かっているので我慢をしているのだ。その代わりこうしてペットショップが道々にあると入って眺めるのが彼女の楽しみの一つになっていた。彼もそれを知っているので苦笑しながらも彼女に付き合う。店に入ると犬や猫、ハムスターやウサギ、鳥などを順々に楽しそうに眺めている彼女を見ながら、彼も彼女が動物を飼えない寂しさをこうして癒しているのを少し寂しいと思いながらも、それでも楽しげに見ている彼女が嬉しくなり、一緒に眺めていた。眺めて気が済んだのか二人で店を出ると、彼女が残念そうに口を開く。
「あ~あ、うちのマンションペットOKだから、巡回チームじゃなかったら飼えるのにな」
「まあ、仕方がないだろう。その内飼える日が来るさ。…そうだ、金魚や小鳥位だったら飼えるんじゃないか?」
「それも思ったけど…マンションの密閉率って結構すごいのよ。夏場なんか水でも閉め切った部屋に置いとくと、すごい温度が上がって昼間だけで腐っちゃうんだから。そんな所に金魚や小鳥を置いとけないですよ。猫とかならまだ逃げられますけど、金魚は水槽から、鳥は籠から出られないんですから」
「そうか…それもそうだな」
「でしょ?」
葉月の言葉に土井垣も納得した様に頷く。二人はしばらく無言で歩いていたが、やがてふと気付いた様に土井垣が口を開く。
「そういえば金魚は水の中が住む所だから出られなくても当たり前だが、小鳥は籠に入れられたままで自由がないな。逃げられない状態に置かれているのは可哀想な気がする」
「…」
土井垣の言葉に葉月はふと考える素振りを見せていたが、やがてふと呟く様に言葉を零した。
「…そうでしょうか」
「どういう事だ?」
土井垣が問い返すと、彼女はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「確かに、自然の中で生きている野鳥を籠に閉じ込めるのは可哀想ですけど、元々籠の中しか知らない普通の小鳥にとってはどうでしょう。外に出されても生きていく術を知らないんですよ。逆に籠から出される方が残酷なんじゃないでしょうか。だったらちゃんと籠の中で愛されて生きていくなら、その方が小鳥のためだとあたしは思います。籠の鳥が不自由なんて人間の傲慢ですよ」
「…そうか」
彼女の言葉に土井垣は彼女の思いを知り静かに頷く。そうして彼もしばらく考え込んでいたが、やがてまた何かを思いついた様に口を開く。
「…なあ」
「はい?」
「『籠の鳥』という言葉は人間にも使われるよな。自由のない人間がよく口にする言葉だ」
「そうですね」
「俺は…お前を『籠の鳥』にしていないか?」
土井垣の言葉を察して葉月はしばらく考え込んでいたが、やがてにっこりと笑って答える。
「そうですね…あたしは将さんの『籠の鳥』かも」
「…そうか。…俺は悪い事をしているんだな。お前はどちらかと言うと自由な野鳥だ。それを閉じ込めているんだからな」
土井垣は少し後ろめたい気持ちが起こり、謝罪の言葉を零した。しかし葉月はにっこり笑ったまま更に言葉を返した。
「…でもね、あたしはそれでいいの」
「え?」
葉月の言葉の意図が分からず、土井垣は思わず問い返す。彼女はにっこり笑ったまま続ける。
「だって、将さんは放す時にはちゃんとあたしを籠から放してくれる。それにね」
「それに?」
「あたしはそうされても自分の意志で籠に戻ってきてるんだもの。あたしにとって、将さんって『籠』は『巣』と同じなの。…何があっても、どんなに外で自由に飛んでいても…必ず帰ってきたい場所なの」
「葉月…」
葉月の言葉に土井垣は胸が詰まる。言葉を失っている彼に、彼女は逆に問い返す。
「じゃあ…逆に聞くけど、あたしは将さんを『籠の鳥』にしてない?」
「そうだな…」
葉月の問い掛けに、土井垣はしばらく考えていたが、やがてふっと笑うと答える。
「俺は…お前との事に関して言えば、完全にお前の『籠の鳥』だ」
「そう…」
土井垣の答えに、葉月は寂しそうな顔を見せる。それを見た土井垣はふっと笑ったまま彼女を引き寄せて更に言葉を紡いだ。
「でもな…俺もそうある事に満足しているんだぞ」
「将さん」
「だから…もっと愛を注いでくれよ。籠の鳥の幸せは、お前が言う通り、飼い主の愛にかかっているんだからな。…その代わり…俺もお前に精一杯の愛を注ぐから」
「将さんたら…」
悪戯っぽい口調で、しかし真摯な心は伝わる言葉を紡ぐ土井垣に、引き寄せられるままだった葉月はくすりと、しかし幸せそうに笑って身体を寄せる。そうして寄り添い合いながら、二人は町を歩いて行った。