義経がある女性と本格的に付き合い出してから一ヶ月。彼はそれが悩みの種になっていた。別に彼女の気持ちが分からないとか、今後の付き合いをどうしていくかという事が悩みなのではない。彼女は自分の事を心から好いていると実感しているし、今後の事は様々な障害があるのは分かっているが、全て乗り越えてみせると決意していた。では悩みの種は何かというと、その二人の付き合いについてチームメイト達が根掘り葉掘り聞き出そうとして、しかもそれを賭けのネタにしている事だった。二人はチームメイトの前で告白しあってしまったため、二人で密やかに想いを深めようと思っていても、彼女に想いを寄せるまではスターズに入団後も山伏道場の次期総師として何の疑問もなく暮らしてきたため、興味がないに等しい位女性に対する態度が淡泊だった彼が見せたある種情熱的、俗っぽく言い換えれば自分達と同じ『普通の男』の一面を面白がったチームメイトに邪魔されて、それが叶わなくなっていたのだ。そんなこんなで今日も今日とてロッカールームではチームメイトによる聞き込みが行われる。
「なあ義経、神保さんは元気か?」
「…ああ、元気だと言っていた。それがどうかしたか」
「相変わらず絵葉書は送ってるみたいだが、デートはどうだ?たまにはしてるのか?」
「どうだっていいだろう、関係ない」
「それでどこまで進んだんだ?キス位したか?」
「やかましい!関係ないと言っただろう!」
「こりゃまだだなっと…てな訳で一ヶ月経過でキスはしてないから、キスしてる方に賭けてた奴は賭け金徴収な~」
「~っ!」
 何も言っていないのに筒抜けになってしまう自分の正直さがこうなると恨めしい。そう思いながら楽しげに賭けをしているチームメイトを睨み付け、義経は溜息をつく。それに目ざとく気付いた三太郎が声を掛けてきた。
「どうしたんだよ義経、溜息なんかついちまってさ…そうか、姫さんに会えなくって寂しいんだろ~しかもまだプラトニックだもんな~盛り上がりたいのに盛り上がれないってのは辛いよな~?」
「…うるさい、三太郎。お前こそ朝霞さんとはどうでもいいのか?」
「え~?俺は健全なオトナの男女交際を満喫してるから。お前みたいに欲求を押し込めたりしないぜ?会いたければ会う様に予定を立てるし、キス位はちゃんとするし」
「だからそう生々しい事を言うな!俺と若菜さんはお前らとは違う!」
 思わず義経は声を荒げたが、彼は三太郎の言っている事が図星を指している様な気もして落ち着かなくなる。自分と彼女は彼女が内気だという事と、住んでいる場所が離れているという二重の理由で未だ清い交際だ。しかしそれだけでは物足りない、と心のどこかで感じているのも確か。とはいえそんな事を少しでもチームメイトに匂わせたらまた彼らにネタを提供するだけだ。二人の付き合いは静かに、密かに進めて行きたいのに、そうできない事で彼は頭が痛くなった。

「…どうしたんですか?」
 その後のオフ、二人で都内の静かな雰囲気の喫茶店で過ごしている内に、彼が小さく溜息をついているのに気付いた若菜が心配そうに問い掛ける。義経は彼女に心配をかけない様にと宥める様に微笑んで答えた。
「ああ…いや、何でもない」
「あの…もしかしてあんな風にスクープにもなってしまったし、私とのお付き合いが迷惑なんじゃ…」
「ああいや、そうじゃない」
 そう、二人は試合後に選手通用口の前でお互いの想いを交わし合ってしまったので、チームメイトとその時の対戦相手に筒抜けになっただけでなく、それを面白がったある一人が雑誌のインタビューで二人の事を暴露して、スクープになってしまったのだ。たった一つの救いは土井垣と葉月の時の様にチームが低迷していなかったし、里中とサチ子の結婚話の方が盛り上がっていてお祝いムードでそれ程騒がれなかったという事か…それでも少し元気が無い義経を心配する様に若菜は更に静かに問い掛ける。
「じゃあ、何をそんなに悩んでいるんですか?私でよかったら話して下さい」
 若菜の優しい心遣いは分かるので、義経は静かに、正直に言葉を紡いでいく。
「…いや、正直な所を話すと、チームメイト達が面白がって俺達の仲を賭けの対象にしていてな。若菜さんに迷惑が掛からないかと心配になっているんだ」
「そう…ですか」
 彼の言葉に若菜は恥かしそうに顔を赤らめた。義経は更に続ける。
「この想いは…静かに、密かに育てたいんだがな。どうも許してもらえない様だ」
 義経の言葉に、若菜は恥ずかしげな微笑みから不意に寂しげな表情になって言葉を零す。
「私じゃなければ…光さんの悩みの種にはならなかったかもしれないのに…」
 その言葉で若菜の様子に気付いた義経は、そっと彼女の手を取ると、静かに、言い聞かせる様に言葉を重ねる。
「いいんだ、俺の言い方が悪かった。…たとえ悩みの種になっても…それが若菜さんの事だったら俺はかまわないんだ。ただ、あなたに迷惑を掛けて嫌な思いをさせてしまう事だけが…心配だったんだ」
「光さん…」
 義経の想いが通じたのか、若菜は嬉しそうにふわりと微笑んだ。彼はその微笑みが嬉しくて、そのままの心で取っていた彼女の手の甲にキスをした。
「光さん、これはどういう…」
 突然の彼の行為に驚いた若菜に、義経はふっと笑うと囁く様に言葉を返した。
「本当ならここでキスでもするところなのかもしれないが…今の俺にはこれが精一杯だ。これは、いつか本当にキスする時までの…手付けだと思ってくれ」
「…はい」
 義経の言葉に、若菜は恥ずかしげに顔を赤らめながら、しかし心底嬉しそうにふわりとまた微笑む。その微笑みが嬉しくて、義経もふっと微笑みを返すと、喫茶店を出て寄り添い合いながら街を歩いた。

 そしてオフが終わったロッカールーム。何やら義経の方を見てひそひそとチームメイトが話している。義経がその様子に怪訝そうな表情を見せていると、わびすけが彼に声を掛けてきた。
「義経、あれは一体どういう事だ?」
「『あれ』…とは?」
「俺、偶然見ちまったんだけど、こないだ喫茶店でゆきさんの手の甲にキスしてただろ~。お前、かっこつけすぎ」
「…」
「その後は腕組んで歩いてたよな~。…という訳で、この場合の賭けはどうする?」
「まず腕組んでるのは二ヶ月目にして初めてだから、賭けてた奴いるか~?キスの方は…ありにするか、唇じゃないからなしにするか、どうする?」
「お前ら…いい加減にしろ~!」
 義経は思わず絶叫する。この分だとこれからもこの悩みの種は続くのだろう。でも、心の片隅でこれは幸せな事なんだとどこかで感じていた。何故なら、この悩みの種が続く限り、彼女と一緒にいられるのだから――