7月11日、今日は土井垣の誕生日。彼は四国アイアンドッグスとの試合のため四国へ遠征に来ていた。本当は恋人に会って過ごしたいとも思う自分もいたが、プロの選手であり、監督としてそれは考えるべきことではないと分かっている。それに、同じ7月が誕生日である恋人の誕生日はオフと重なった事もあり、一緒に過ごせたのだ。贅沢は言っていられない。それに帰った時にプレゼントをもらうために会う約束をしているので、その時にいい結果を彼女に知らせるのが何よりもいい事なのだとも分かっている。しかし、胸のちくりとした痛みは止まらない。そんな胸の痛みを感じながら、土井垣は試合に集中する様に頭を切り替えていった――

 そうして、自らにも結果を残して勝利し、回ってきたヒーローインタビューでファンから『ハッピーバースデー』の大合唱を受け、土井垣は照れ臭くなりながらもそれを受ける。そしてミーティングを終わらせバスに乗ろうとした時、里中が不意に声を掛けてきた。
「土井垣さん」
「何だ」
「ホテルへ戻ったら、皆から土井垣さんにプレゼントがあるんですよ。もらってくれますか?」
「え?…ああ、かまわんが…」
 そうしている内にチームメイトが口々に声を掛けてくる。
「皆、苦労したんですからね」
「でもその分、最高のプレゼントですよ」
「きっと喜んでくれると思います」
「…?」
 チームメイト達の楽しそうな様子が不思議に思え、土井垣は首を捻る。そうしてバスでホテルへ戻ると、里中が携帯を取り出し、誰かに電話を掛ける。
「もしもし?…今戻った。どこにいるんだ?…部屋ね。じゃあ、ラウンジに降りて来て待ってて」
 里中は電話を切ると土井垣に向かって笑いかけ、口を開く。
「じゃあ、土井垣さん、皆も。着替えたらラウンジに集合な。プレゼントが用意されてるから」
「ああ。じゃあさっさと着替えましょう、監督」
「…?ああ」
 そうして着替えてから皆でラウンジへ行き中へ入ると、そこに立っていたのは――
「葉月…一体どうしてここに…?」
 土井垣の問いに、若草色のワンピースに深緑のリボンで髪をまとめ、左手の薬指に自分の贈ったペリドットの嵌まった婚約指輪を着けた葉月は恥ずかしそうに答える。
「あのね…皆さんが『土井垣さんの誕生日に試合を直に観られないなんてつまんないだろう』って、試合のチケットだけじゃなくって飛行機のチケットから何から全部用意してくれて…私も…会いたかったから…」
「そういう事です。土井垣さんへのプレゼントはこれが一番だって思ったんで。皆でカンパしあって費用を出したんです」
「ちなみに、不知火や犬飼監督も乗ってますよ」
「何ぃ!?」
「丁度良かったじゃないですか。今日の試合でホームラン打てて、カッコいい所も見せられたし」
「監督、誕生日おめでとうございます!」
 そう言うとチームメイト達は二人を囲んで『ハッピーバースデー』を斉唱し始めた。それを聞きながら葉月は顔を赤らめて俯いている。土井垣も何も言えずに赤面して葉月を見詰めていた。やがて歌が終わり、チームメイトは歓声と拍手を上げると、二人をくっつける様に引き寄せて畳み掛ける。
「じゃあ、後は二人の時間って事で」
「ちなみに宮田さんの部屋のフロアは土井垣さんと同じです。一晩中一緒にいても大丈夫ですよ~」
「ちょっと待て!あの階は関係者以外入れないはずじゃ…」
「俺達だけじゃなくって里中から紹介された『協力者』がいましてね。その人が裏から手を回してくれたんですよ」
「まさか…」
「じゃあ、ごゆっくり~」
「…」
 土井垣は里中と共通の知り合いの『ある人物』を思い出し、絶句する。確かに『彼』ならそれ位朝飯前だろう。絶句している土井垣を取り残して、チームメイトは笑いながら去って行った。土井垣は傍で居心地が悪そうにしている恋人を見詰める。その視線に彼女は申し訳なさそうに言葉を零す。
「ごめんなさい…怒ってる?」
 葉月の言葉に、土井垣は彼女を抱き寄せると、囁く様に言葉を返した。
「いや…驚いただけだ。俺も会いたかったんだ。だから…嬉しい」
「…ありがとう」
「少し…ここで飲むか」
「…ん」
 そうして二人はラウンジでカクテルを頼み乾杯する。土井垣は飲みながらぽつり、ぽつりと話しかけていく。
「その指輪…ちゃんと着けて来てくれたんだな」
「うん。…だって…大事な婚約指輪だもの…こういう時につけなくていつ着けるの?」
「…そうだな」
「将さん…お誕生日おめでとう。今日は勝ったし、ホームランも打てて、良かったですね」
「ああ…明日も頑張るからな。そうだ、明日の試合も観ていけるのか」
「ううん、無理に休みを取っちゃったし…明後日大手の健診があるから、明日の午前中の飛行機で帰らなきゃいけないの。…ごめんなさい」
「そうか…でも、そうやって強行軍で来てくれたんだな…ありがとう」
「ううん…さっき言った通り、あたしも会いたかったから…いいの」
「…そうか」
「…うん」
 そうして二人に沈黙が訪れる。しばらくの沈黙の後、葉月が土井垣に小さな包みを渡す。
「これ…あたしからのプレゼント。受け取って」
「ああ、今開けていいか?」
「うん」
 土井垣が包みを開けると、そこにはノーブランドだが中々趣味も使い勝手も良さそうなキーケースが入っていた。土井垣は素直に喜びの言葉を返す。
「ありがとう。二番目に素敵なプレゼントだ」
「『二番目』?じゃあ一番は何なの?」
「言うのは…野暮だ」
「将さん…」
 葉月は一瞬涙ぐんだが、すぐに微笑んで彼に寄りそう。土井垣はそんな彼女にキスをした。何よりも最高の『プレゼント』を大切にする様に――