最近宮田ちゃんの元気がない。表面上は仕事もきっちりこなしてるし良く笑うのも変わってないけれど、気が付くと遠い目をして溜息をついてる事が良くある。何か悩んでる事でもあるのかと僕はちょっと心配だった。心配してるうちに年末休みに入って彼女とはしばらく会えなくなった。この休みで元気になってくれればいいんだけど…そうやって僕も年を越してまた仕事が始まった。僕らの職場は冬場が閑散期だから結構有給使って仕事始めの週を休む人が多いけれど、彼女は初日からきっちり来て、閑散期にしかできない事務処理や保健指導の勉強をしていた。でもその様子を見ていると、やっぱり年末までの雰囲気が抜けていない。段々心配になってきて僕は彼女に声を掛けた。
「宮田ちゃん」
「…ああ、沼田さん。どうしたんですか?」
「今日さ、夜時間ある?もしだったら飲みに行かない?」
宮田ちゃんはびっくりした表情を見せると、不意に真面目な表情になって言葉を返した。
「…お願いします。ほんとの事言うと、私も沼田さんにそう言おうと思ってたんです。できれば付き合ってください」
「分かった。じゃ、今日はノー残業デーにしないとね」
「そうですね」
僕の言葉に真面目な顔だった宮田ちゃんもくすりと笑って応えた。僕は彼女から離れるとさっきの彼女の様子を考えていた。彼女が自主的に僕と二人で『飲みに行きたい』という時は、大抵何か仕事上の相談があるか悩み事を抱えている時。僕の予想は当たってたって事か…とりあえず夜にその話を聞く事にして、僕はまた自分の仕事に取り掛かった。
そうして僕達は仕事をこなし、終業後に僕達が行きつけにしている店に向かう。いつもなら冗談を言って笑いながら店まで行くのに、今日は何となく口が重くなって僕達は無言のまま歩いていた。そうして店に着いて中に入ると、マスターが明るい口調で声を掛けてくる。
「…おっ、沼ちゃんにみやちゃん、明けましておめでとう。二人が今年最初のお客だよ」
「明けましておめでとうマスター。こりゃ年始からおめでたいな~」
「明けましておめでとうございます、ホントですか?」
「ああ、今年最初のお客って事でサービスするよ。さあ、座って」
「ありがとうございます」
明るいマスターの様子に宮田ちゃんの重い空気が少し軽くなった。彼女の雰囲気を瞬時に察してそれとなく少し気持ちを軽くしてくれたマスターの心遣いに感謝しながら、僕らはカウンター席に並んで座った。僕はビール、彼女はウーロン茶を頼んで食事になるおつまみを適当に見繕った後、僕らは乾杯をしてしばらく無言で飲んでいた。そうしてしばらく沈黙が続いた後、彼女はおもむろに口火を切った。
「…あの、沼田さん」
「何?」
「今日は誘って下さってありがとうございました」
「うん、僕も宮田ちゃんと飲みたかったからね。付き合ってくれてありがとう」
「…で…あの…実は…」
「どしたの?宮田ちゃん」
やっぱり何かあったのかと思ったけれど、宮田ちゃんから話し出さないと意味がない事は充分分かっているので、僕は彼女が話し出しやすい様に問い返す。彼女はしばらく言葉を捜していたけれど、やがて決心した様に頷くと小さい声だけれど僕にははっきり聞こえる声で言葉を紡いだ。
「…沼さん、相談に乗ってほしいんです。…私、どうしたらいいか分からなくなっちゃって…」
「何が?ゆっくりでいいから話してみなよ」
僕の言葉に勇気付けられたのか、宮田ちゃんはゆっくりとだけれど言葉を紡いでいく。それは僕にとってはそれ程驚く事じゃない、むしろ『やっと行き着いたか』という内容だった。その『内容』は僕達と親しいプロ野球選手の土井垣ちゃんとの事。話を聞いていくと、今度僕達のやっている合唱団がやる演奏会の衣装を捜しに女性陣で行った時に偶然土井垣ちゃんと行き合わせて、その後色々あってその日の夕食を一緒にしたそうで、それから彼女は土井垣ちゃんとどう距離を取っていいのか分からなくなったという。その後一度休みの日に偶然会ってお茶をした時も、それでかなり土井垣ちゃんに失礼な行動をとってしまった、と彼女はちょっと悲しそうに話してくれた。僕は話を聞きながら彼女の成長を喜ぶと同時に、少し可愛がっていた娘を取られた様な寂しさを感じた。彼女は一通り話し終わると小さく溜息をついてウーロン茶に口をつける。僕は土井垣ちゃんの気持ちの方は知っていたから、彼女の気持ちが知りたくて彼女に問いかける。
「…で?宮田ちゃんはどうしたいの?」
僕の問いに宮田ちゃんは少し苦しげに答える。
「…それが分からないんです。前みたいに何も考えないで楽しくしていたいって気持ちもあるんですけど、もうそれも無理っていう気持ちもどこかにあるんです。…土井垣さんにこれ以上失礼な態度は取りたくないし、かと言ってどうしたらいいのか私には全然分からなくて…沼さん、私、どうしたらいいんでしょう?」
苦しげに、そしてちょっと悲しげに宮田ちゃんは問いかける。その問いに彼女の気持ちが分かって納得した僕はにっこり笑うと、僕の『答え』を告げた。
「…宮田ちゃん。それはね、自分で答えを見つけなきゃいけないんだよ」
「え?」
「今言った事の答えはね、宮田ちゃん自身が見つけなきゃ意味がないんだ。僕は確かに答えを知ってる。でも僕が答えちゃったら宮田ちゃんは成長できない。だから僕は答えない。頑張って自分で答えを見つけてごらん」
「でも…」
「急がなくて大丈夫、きっと宮田ちゃんなら答えを見つけ出せるから…それに」
「それに?」
「…おっと、ここから先は秘密秘密。宮田ちゃん、頑張ってね」
「はあ…」
「さあ、料理が来たよ。宮田ちゃん、一杯食べな」
悪戯っぽくウインクした僕に宮田ちゃんは狐につままれた様な表情を見せる。話を聞いていたらしいマスターもそれを見ながら悪戯っぽく笑った。僕もマスターも知っているから。彼女は自分が初めて持った感情に戸惑っているだけだって。だけど聡明な彼女の事だから、すぐに自分自身の気持ちに気付くはず。それに、土井垣ちゃんなら彼女が気付く様なヒントを無意識にあげるだろうし、気付くまで待ってもくれるはず。だから彼女自身が気付くまで答えは秘密。そうして気付いた後の幸せを思いっきり感じて欲しいから――
「宮田ちゃん」
「…ああ、沼田さん。どうしたんですか?」
「今日さ、夜時間ある?もしだったら飲みに行かない?」
宮田ちゃんはびっくりした表情を見せると、不意に真面目な表情になって言葉を返した。
「…お願いします。ほんとの事言うと、私も沼田さんにそう言おうと思ってたんです。できれば付き合ってください」
「分かった。じゃ、今日はノー残業デーにしないとね」
「そうですね」
僕の言葉に真面目な顔だった宮田ちゃんもくすりと笑って応えた。僕は彼女から離れるとさっきの彼女の様子を考えていた。彼女が自主的に僕と二人で『飲みに行きたい』という時は、大抵何か仕事上の相談があるか悩み事を抱えている時。僕の予想は当たってたって事か…とりあえず夜にその話を聞く事にして、僕はまた自分の仕事に取り掛かった。
そうして僕達は仕事をこなし、終業後に僕達が行きつけにしている店に向かう。いつもなら冗談を言って笑いながら店まで行くのに、今日は何となく口が重くなって僕達は無言のまま歩いていた。そうして店に着いて中に入ると、マスターが明るい口調で声を掛けてくる。
「…おっ、沼ちゃんにみやちゃん、明けましておめでとう。二人が今年最初のお客だよ」
「明けましておめでとうマスター。こりゃ年始からおめでたいな~」
「明けましておめでとうございます、ホントですか?」
「ああ、今年最初のお客って事でサービスするよ。さあ、座って」
「ありがとうございます」
明るいマスターの様子に宮田ちゃんの重い空気が少し軽くなった。彼女の雰囲気を瞬時に察してそれとなく少し気持ちを軽くしてくれたマスターの心遣いに感謝しながら、僕らはカウンター席に並んで座った。僕はビール、彼女はウーロン茶を頼んで食事になるおつまみを適当に見繕った後、僕らは乾杯をしてしばらく無言で飲んでいた。そうしてしばらく沈黙が続いた後、彼女はおもむろに口火を切った。
「…あの、沼田さん」
「何?」
「今日は誘って下さってありがとうございました」
「うん、僕も宮田ちゃんと飲みたかったからね。付き合ってくれてありがとう」
「…で…あの…実は…」
「どしたの?宮田ちゃん」
やっぱり何かあったのかと思ったけれど、宮田ちゃんから話し出さないと意味がない事は充分分かっているので、僕は彼女が話し出しやすい様に問い返す。彼女はしばらく言葉を捜していたけれど、やがて決心した様に頷くと小さい声だけれど僕にははっきり聞こえる声で言葉を紡いだ。
「…沼さん、相談に乗ってほしいんです。…私、どうしたらいいか分からなくなっちゃって…」
「何が?ゆっくりでいいから話してみなよ」
僕の言葉に勇気付けられたのか、宮田ちゃんはゆっくりとだけれど言葉を紡いでいく。それは僕にとってはそれ程驚く事じゃない、むしろ『やっと行き着いたか』という内容だった。その『内容』は僕達と親しいプロ野球選手の土井垣ちゃんとの事。話を聞いていくと、今度僕達のやっている合唱団がやる演奏会の衣装を捜しに女性陣で行った時に偶然土井垣ちゃんと行き合わせて、その後色々あってその日の夕食を一緒にしたそうで、それから彼女は土井垣ちゃんとどう距離を取っていいのか分からなくなったという。その後一度休みの日に偶然会ってお茶をした時も、それでかなり土井垣ちゃんに失礼な行動をとってしまった、と彼女はちょっと悲しそうに話してくれた。僕は話を聞きながら彼女の成長を喜ぶと同時に、少し可愛がっていた娘を取られた様な寂しさを感じた。彼女は一通り話し終わると小さく溜息をついてウーロン茶に口をつける。僕は土井垣ちゃんの気持ちの方は知っていたから、彼女の気持ちが知りたくて彼女に問いかける。
「…で?宮田ちゃんはどうしたいの?」
僕の問いに宮田ちゃんは少し苦しげに答える。
「…それが分からないんです。前みたいに何も考えないで楽しくしていたいって気持ちもあるんですけど、もうそれも無理っていう気持ちもどこかにあるんです。…土井垣さんにこれ以上失礼な態度は取りたくないし、かと言ってどうしたらいいのか私には全然分からなくて…沼さん、私、どうしたらいいんでしょう?」
苦しげに、そしてちょっと悲しげに宮田ちゃんは問いかける。その問いに彼女の気持ちが分かって納得した僕はにっこり笑うと、僕の『答え』を告げた。
「…宮田ちゃん。それはね、自分で答えを見つけなきゃいけないんだよ」
「え?」
「今言った事の答えはね、宮田ちゃん自身が見つけなきゃ意味がないんだ。僕は確かに答えを知ってる。でも僕が答えちゃったら宮田ちゃんは成長できない。だから僕は答えない。頑張って自分で答えを見つけてごらん」
「でも…」
「急がなくて大丈夫、きっと宮田ちゃんなら答えを見つけ出せるから…それに」
「それに?」
「…おっと、ここから先は秘密秘密。宮田ちゃん、頑張ってね」
「はあ…」
「さあ、料理が来たよ。宮田ちゃん、一杯食べな」
悪戯っぽくウインクした僕に宮田ちゃんは狐につままれた様な表情を見せる。話を聞いていたらしいマスターもそれを見ながら悪戯っぽく笑った。僕もマスターも知っているから。彼女は自分が初めて持った感情に戸惑っているだけだって。だけど聡明な彼女の事だから、すぐに自分自身の気持ちに気付くはず。それに、土井垣ちゃんなら彼女が気付く様なヒントを無意識にあげるだろうし、気付くまで待ってもくれるはず。だから彼女自身が気付くまで答えは秘密。そうして気付いた後の幸せを思いっきり感じて欲しいから――