「...それで、飯島は帰ったのか」
ここは甲子園球場のロッカールーム。東京スーパースターズの選手達は義経の話を興味津々といった風情で聞いていた。
「ああ、監督は飯島の細君が今日手術だとどこかから聞いていたらしい。それで細君の傍にいてやれる様に、東京へ帰した様だ」
「ふうん...でも監督も結構キザな事を言うよな。『一番大事な人にヒーローインタービューしてやれ』...か」
緒方の言葉に、ふと里中が口を開く。
「でもこの土井垣さんの配慮も言葉も、明訓の監督時代には絶対考えられなかったよな」
「ああ、あの頃の土井垣さんだったら絶対『ルーキーはベテランの投球を見て学べ!』とか何とか言って、奥さんが手術だろうが死に目だろうが絶対帰しそうにない性格だったよな」
「そうやな」
「づら」
里中の言葉に三太郎も岩鬼も殿馬も同意する。
「...とすると...」
「土井垣さんにも個人的にヒーローインタビューしたい様な大事な人ができたって事か~?」
「うわ~ありえないありえない!」
三太郎の茶化すような言葉に一同は爆笑する。そこで一人義経のみ真面目な表情で言葉を返した。
「...しかし、監督とてそれなりの年齢の男性だ。そうした女性がいてもおかしくないだろう」
「まあ、そう言われればそうなんだけどな」
「でもあの監督だぜ?そんな女がそうできるとは思えないんだよな~」
義経の言葉に山岡とわびすけが口々に返す。
「あ...でも」
「何だ?」
ふと星王が思い出した様に口を開く。その様子に一同が星王の方を見ると、星王は続けた。
「去年の今頃、監督に隠し恋人がいるって結構な騒動になったよな、確か」
「ああ、思い出した!丁度最下位に落ちてた頃でそんな時期に女性問題か!...って相当監督叩かれてたよな」
「しかもその女って実態は相当とんでもなくて、『魔性の女』とか色々マスコミが書いてたよな」
「ああ、その騒動なら僕も覚えてます」
「自分もです。書かれていた記事からすると、かなり酷い女だった記憶がありますよ」
先輩達の言葉に本領と池田も頷く。
「その騒動の頃から勝ち始めたけど、その騒動のせいか監督かなりイライラしてたし、機嫌が直るまで相当かかった記憶があるぜ」
「そういやその後、何かその女についてまた別の話が横から出て、話自体がうやむやになってたが...実際はどうだったんだろうな」
「まあ本当に付き合ってたとしても、別れたんじゃないの?あのマスコミの記事でどんな女かって監督にだって分かったはずだし」
「どえがきもアホやな。女に騙されるなんざ」
チームメイトの話題は段々『とんでもない悪女に騙された可哀想な監督』の話にすり替わっていく。しばらくチームメイト達はその『とんでもない女』についてあれこれ憶測で話をしていたが、それをじっと聞いていた里中が不意に言葉を零した。
「...『彼女』はそんなとんでもない女じゃないよ。記事のほとんどはでたらめさ。ただ彼女って正義感が人一倍強い分本気で怒ると怖い所あるから、きっと周りに迷惑をかけない様にって取った行動が、記者連中の勘に触ったんだろうな。あの記事達は多分それの仕返しも大きいはずさ」
「里中...監督の女の事、知ってるのか?」
里中の言葉に驚いた様にチームメイト達は一斉に彼の方を見る。彼は悪戯っぽい笑みを見せて更に応える。
「ノーコメント。...ただ一つだけ言えば、あの時東京日日スポーツだけは相手の女性について、他とは違う見解の記事を出してたはずだぜ。山井さんが許した記事なら、そう間違いはないはずだろ。後で調べてみろよ」
「ちぇーっ、里中のケチ」
里中の言葉に山田と義経を除いたチームメイト達は不満げな声を上げる。義経は里中の言葉に何か考える様に黙り込み、山田は里中の意図を理解しているので、にっこり笑っていた。里中もそれに気付いて悪戯っぽく山田にウインクすると、立ち上がって声を上げた。
「...さあ、雑談終わり!今日もしっかり勝とうぜ!」
「ああ、そうだな」
「確かに。今は雑念を忘れて試合に勝つ事に集中しなければな」
里中の言葉に山田と義経が口を揃える。他のチームメイト達は不満そうだったが、それでも試合時間が迫っていたので重い腰を上げた。
そうして試合が終わり遠征先のホテルへ戻った後、ラウンジでコーヒーを飲みつつゆっくりしていた土井垣に里中が近付き、不意に声を掛けた。
「土井垣さん」
「え?...ああ、里中か。何か用か」
土井垣の問い掛けに里中は悪戯っぽい笑みを見せ、その表情のままの口調で問いかける。
「葉月ちゃんは元気ですか?」
「な...!里中、いきなり何を...」
里中の言葉に、土井垣は狼狽する。里中はその反応を楽しむ様に悪戯っぽい表情のまま続ける。
「義経から聞きましたよ~。今日の朝一で帰った飯島に『一番大事な人にヒーローインタービューしてやれ』って送り出したそうじゃないですか~」
「...悪いか。飯島は奥さんが今日手術、そして飯島は勝利投手になって先発要員にしたから帰る余裕ができた。だから奥さんが手術を頑張れる様にその話を聞かせて励ますためにも帰した方がいいと判断した。それをそういう言葉で出した。それだけだ」
「じゃあその時に土井垣さんの頭に浮かんでたのは誰ですか?」
「...」
里中の言葉に土井垣はむっつりとした表情ながらも赤面して沈黙する。里中は更に続けた。
「土井垣さんが個人的にヒーローインタービューしたいって思う位大事な人って葉月ちゃんでしょう?それに葉月ちゃんもあんまり丈夫じゃないし、飯島の奥さんの話を聞いて他人事には思えなくって帰したんじゃないんですか?」
「...」
土井垣はむっつりとしたまま沈黙するのみ。まるで何かを口にして墓穴を掘るのを回避するかの様な彼の態度を見て里中は苦笑すると、最後のとどめを刺した。
「俺が言ってる事が正しいかどうかは別としても、そういう気配りは、むしろ葉月ちゃんの専売特許ですよね。そういうとこ見ると最近の土井垣さん、無自覚かもしれませんけどこんな風に何となくいつもどこかに葉月ちゃんの影が見える様になりましたよ。皆はあんまり分かってないみたいですけど、俺はそう思います」
「...」
「...まあ、何にしても葉月ちゃんを大事にしてくれるなら何も言う事はないんですけどね。あんまり無自覚な行動して、また去年みたいな騒動を起こさないで下さいよ?彼女が可哀想ですから」
「里中...お前は...」
「はいはい野暮でしたね...でも最後にもう一つ質問。個人的ヒーローインタビュー、土井垣さんは葉月ちゃんにやってるんですか?」
里中の言葉に土井垣は更に顔を真っ赤にして声を荒げた。
「やかましい!去れ里中!」
「やってるみたいですね...っと。じゃあお邪魔しました、ごゆっくり~」
里中は茶化す様に笑いながらひらひらと手を振って去っていった。土井垣は大きく息をつくと冷めてしまったコーヒーに口を付ける。と、いつの間にいたのか義経が傍に立っていた。
「監督」
「今度は義経か...何だ」
不機嫌さを露わにした土井垣の言葉に、義経はふっと笑って言葉を発した。
「今のお話、聞かせて頂きましたよ。監督にはやはり特別に想う女性がいらっしゃるんですね」
「う...」
義経の爽やかな笑みと邪気の無い言葉に土井垣は言葉を失う。義経は続けた。
「周りがその女性について何を言っていたか、俺は修行で山の中にいたから知りません。ですから俺はその女性については昨日の心遣いの方を信じます。...でも、監督にああした心遣いをさせる様にしてくれる女性なら、俺が信じるかどうかは関係なく、心優しく素晴らしい女性なんでしょうね」
「義経...」
「話はそれだけです。...失礼します」
そう言うと義経はもう一度爽やかな笑みを見せて去って行った。土井垣は今度は小さく溜息をつき、またコーヒーに口をつけると遠く東京にいる恋人にふと思いを馳せる。確かに彼女は周囲への心配りが上手な人間で、それが伝染ったのかもしれない。里中や義経が言う通り、彼女は野球一筋でそこでは気配りをしてもそれ以外は無頓着だった自分を、プライベートな面でも無自覚にさりげない心遣いができる人間へと変えてくれたのだろうか――たとえそうだとしても、彼女の方もそれは無自覚なのだろう。彼女は自然に生きているだけ。その彼女と付き合ったからこそ得られた今の自分――土井垣はそこにある種の幸せを感じ、自然とにふっと笑みが漏れていた。
ここは甲子園球場のロッカールーム。東京スーパースターズの選手達は義経の話を興味津々といった風情で聞いていた。
「ああ、監督は飯島の細君が今日手術だとどこかから聞いていたらしい。それで細君の傍にいてやれる様に、東京へ帰した様だ」
「ふうん...でも監督も結構キザな事を言うよな。『一番大事な人にヒーローインタービューしてやれ』...か」
緒方の言葉に、ふと里中が口を開く。
「でもこの土井垣さんの配慮も言葉も、明訓の監督時代には絶対考えられなかったよな」
「ああ、あの頃の土井垣さんだったら絶対『ルーキーはベテランの投球を見て学べ!』とか何とか言って、奥さんが手術だろうが死に目だろうが絶対帰しそうにない性格だったよな」
「そうやな」
「づら」
里中の言葉に三太郎も岩鬼も殿馬も同意する。
「...とすると...」
「土井垣さんにも個人的にヒーローインタビューしたい様な大事な人ができたって事か~?」
「うわ~ありえないありえない!」
三太郎の茶化すような言葉に一同は爆笑する。そこで一人義経のみ真面目な表情で言葉を返した。
「...しかし、監督とてそれなりの年齢の男性だ。そうした女性がいてもおかしくないだろう」
「まあ、そう言われればそうなんだけどな」
「でもあの監督だぜ?そんな女がそうできるとは思えないんだよな~」
義経の言葉に山岡とわびすけが口々に返す。
「あ...でも」
「何だ?」
ふと星王が思い出した様に口を開く。その様子に一同が星王の方を見ると、星王は続けた。
「去年の今頃、監督に隠し恋人がいるって結構な騒動になったよな、確か」
「ああ、思い出した!丁度最下位に落ちてた頃でそんな時期に女性問題か!...って相当監督叩かれてたよな」
「しかもその女って実態は相当とんでもなくて、『魔性の女』とか色々マスコミが書いてたよな」
「ああ、その騒動なら僕も覚えてます」
「自分もです。書かれていた記事からすると、かなり酷い女だった記憶がありますよ」
先輩達の言葉に本領と池田も頷く。
「その騒動の頃から勝ち始めたけど、その騒動のせいか監督かなりイライラしてたし、機嫌が直るまで相当かかった記憶があるぜ」
「そういやその後、何かその女についてまた別の話が横から出て、話自体がうやむやになってたが...実際はどうだったんだろうな」
「まあ本当に付き合ってたとしても、別れたんじゃないの?あのマスコミの記事でどんな女かって監督にだって分かったはずだし」
「どえがきもアホやな。女に騙されるなんざ」
チームメイトの話題は段々『とんでもない悪女に騙された可哀想な監督』の話にすり替わっていく。しばらくチームメイト達はその『とんでもない女』についてあれこれ憶測で話をしていたが、それをじっと聞いていた里中が不意に言葉を零した。
「...『彼女』はそんなとんでもない女じゃないよ。記事のほとんどはでたらめさ。ただ彼女って正義感が人一倍強い分本気で怒ると怖い所あるから、きっと周りに迷惑をかけない様にって取った行動が、記者連中の勘に触ったんだろうな。あの記事達は多分それの仕返しも大きいはずさ」
「里中...監督の女の事、知ってるのか?」
里中の言葉に驚いた様にチームメイト達は一斉に彼の方を見る。彼は悪戯っぽい笑みを見せて更に応える。
「ノーコメント。...ただ一つだけ言えば、あの時東京日日スポーツだけは相手の女性について、他とは違う見解の記事を出してたはずだぜ。山井さんが許した記事なら、そう間違いはないはずだろ。後で調べてみろよ」
「ちぇーっ、里中のケチ」
里中の言葉に山田と義経を除いたチームメイト達は不満げな声を上げる。義経は里中の言葉に何か考える様に黙り込み、山田は里中の意図を理解しているので、にっこり笑っていた。里中もそれに気付いて悪戯っぽく山田にウインクすると、立ち上がって声を上げた。
「...さあ、雑談終わり!今日もしっかり勝とうぜ!」
「ああ、そうだな」
「確かに。今は雑念を忘れて試合に勝つ事に集中しなければな」
里中の言葉に山田と義経が口を揃える。他のチームメイト達は不満そうだったが、それでも試合時間が迫っていたので重い腰を上げた。
そうして試合が終わり遠征先のホテルへ戻った後、ラウンジでコーヒーを飲みつつゆっくりしていた土井垣に里中が近付き、不意に声を掛けた。
「土井垣さん」
「え?...ああ、里中か。何か用か」
土井垣の問い掛けに里中は悪戯っぽい笑みを見せ、その表情のままの口調で問いかける。
「葉月ちゃんは元気ですか?」
「な...!里中、いきなり何を...」
里中の言葉に、土井垣は狼狽する。里中はその反応を楽しむ様に悪戯っぽい表情のまま続ける。
「義経から聞きましたよ~。今日の朝一で帰った飯島に『一番大事な人にヒーローインタービューしてやれ』って送り出したそうじゃないですか~」
「...悪いか。飯島は奥さんが今日手術、そして飯島は勝利投手になって先発要員にしたから帰る余裕ができた。だから奥さんが手術を頑張れる様にその話を聞かせて励ますためにも帰した方がいいと判断した。それをそういう言葉で出した。それだけだ」
「じゃあその時に土井垣さんの頭に浮かんでたのは誰ですか?」
「...」
里中の言葉に土井垣はむっつりとした表情ながらも赤面して沈黙する。里中は更に続けた。
「土井垣さんが個人的にヒーローインタービューしたいって思う位大事な人って葉月ちゃんでしょう?それに葉月ちゃんもあんまり丈夫じゃないし、飯島の奥さんの話を聞いて他人事には思えなくって帰したんじゃないんですか?」
「...」
土井垣はむっつりとしたまま沈黙するのみ。まるで何かを口にして墓穴を掘るのを回避するかの様な彼の態度を見て里中は苦笑すると、最後のとどめを刺した。
「俺が言ってる事が正しいかどうかは別としても、そういう気配りは、むしろ葉月ちゃんの専売特許ですよね。そういうとこ見ると最近の土井垣さん、無自覚かもしれませんけどこんな風に何となくいつもどこかに葉月ちゃんの影が見える様になりましたよ。皆はあんまり分かってないみたいですけど、俺はそう思います」
「...」
「...まあ、何にしても葉月ちゃんを大事にしてくれるなら何も言う事はないんですけどね。あんまり無自覚な行動して、また去年みたいな騒動を起こさないで下さいよ?彼女が可哀想ですから」
「里中...お前は...」
「はいはい野暮でしたね...でも最後にもう一つ質問。個人的ヒーローインタビュー、土井垣さんは葉月ちゃんにやってるんですか?」
里中の言葉に土井垣は更に顔を真っ赤にして声を荒げた。
「やかましい!去れ里中!」
「やってるみたいですね...っと。じゃあお邪魔しました、ごゆっくり~」
里中は茶化す様に笑いながらひらひらと手を振って去っていった。土井垣は大きく息をつくと冷めてしまったコーヒーに口を付ける。と、いつの間にいたのか義経が傍に立っていた。
「監督」
「今度は義経か...何だ」
不機嫌さを露わにした土井垣の言葉に、義経はふっと笑って言葉を発した。
「今のお話、聞かせて頂きましたよ。監督にはやはり特別に想う女性がいらっしゃるんですね」
「う...」
義経の爽やかな笑みと邪気の無い言葉に土井垣は言葉を失う。義経は続けた。
「周りがその女性について何を言っていたか、俺は修行で山の中にいたから知りません。ですから俺はその女性については昨日の心遣いの方を信じます。...でも、監督にああした心遣いをさせる様にしてくれる女性なら、俺が信じるかどうかは関係なく、心優しく素晴らしい女性なんでしょうね」
「義経...」
「話はそれだけです。...失礼します」
そう言うと義経はもう一度爽やかな笑みを見せて去って行った。土井垣は今度は小さく溜息をつき、またコーヒーに口をつけると遠く東京にいる恋人にふと思いを馳せる。確かに彼女は周囲への心配りが上手な人間で、それが伝染ったのかもしれない。里中や義経が言う通り、彼女は野球一筋でそこでは気配りをしてもそれ以外は無頓着だった自分を、プライベートな面でも無自覚にさりげない心遣いができる人間へと変えてくれたのだろうか――たとえそうだとしても、彼女の方もそれは無自覚なのだろう。彼女は自然に生きているだけ。その彼女と付き合ったからこそ得られた今の自分――土井垣はそこにある種の幸せを感じ、自然とにふっと笑みが漏れていた。