「…眠れないのか?」
「…ああ、今日は何だか目が冴えちまってな…」
 持ち回りの順番で火を守っていたテリー・ザ・キッドが傍に歩み寄ってきた男――ガゼルマンに声をかける。ガゼルは答えると、その隣におもむろに腰をおろした。じっと火を見詰めるガゼルにキッドが更に声をかける。
「…お前が眠れないのは…万太郎の事か?」
 キッドの問いに、ガゼルは火を見詰めたままゆっくりと答える。
「…ああ、俺たちと一緒に訓練してはいるが、それで本当にいいのか、と思ってな」
「しかし、万太郎を一人にするのは良くないだろう。せめて俺達が相手になってミートのボディパーツの奪還が成功する様、仕向けなければ…」
 キッドの言葉に、ガゼルはぴしりと言う。
「問題はそこだ」
「どこだ」
「混ぜっ返すな」
 使い古されたボケも今は癇に障るのか、ガゼルは苦々しげな表情でぴしりと続ける。
「俺たちがいくら相手になっても、アシュラマン達がタッグパートナーとして指名しているのはケビンマスクだ。俺達が何人いてもケビンの代わりにはなれん。むしろケビンを探し出して共に訓練させた方が良いんじゃないか、などと思ってしまってな…」
「…しかし、あの物別れの仕方ではたとえケビンを見付け出したとしても、万太郎もケビンも、そう素直に一緒にやるとは俺は思えんがな」
「まあ、それはそうなんだが。…本当に俺達が訓練の相手で大丈夫なのかと思ってな…」
 キッドの言葉をガゼルは肯定しつつ、少し弱気な口調で言葉を返す。その言葉にキッドは彼を元気づけるためにわざとからかう様に言葉を更に返した。
「何だ、随分気弱な発言をするじゃないか。『ヘラクレスファクトリー首席』を自慢にしているお前の言葉とは思えないな」
「気弱にもなるさ。あの凄惨な戦いを見てきてはな…」
「…」
 ガゼルの言葉に、キッドも自らが見てきた戦いの事を思い出し、肯定の意味を込めてか沈黙した。そしてどの位時間が経ったであろう、何やら考え込んでいたキッドがふと口を開く。
「…そうだガゼル、B&Bというカクテルを知ってるか?」
「『ビー・アンド・ビー』?…いや、聞いた事がないな。…しかし何でいきなりカクテルの話になるんだ?」
 話の展開が分からないガゼルはキッドに問う。キッドはそんなガゼルを宥めながらも更に続ける。
「いいから黙って聞け。…B&Bっていうのは2種類の酒を使って作るカクテルなんだが、酒の比重でグラスの中の酒を二分させるんだ」
「それがケビンと万太郎とどう関係があるんだ?」
「まあ待て。…つまりそのカクテルは二層になった酒の見た目と味の違いを楽しむ事も含めて、一つのカクテルとして確立してるんだよ。混ざらない事がカクテルとしてあるための必須条件…って事だ。…万太郎とケビンはそんなB&Bの様な関係にならば…なれるんじゃないかと思ってな」
「キッド」
 ガゼルは驚いた様にキッドを見詰める。キッドは夜空をぼんやりと眺めながら更に続けた。
「ただべったり仲良くしていればいいタッグになれるとは言えない。逆に反発しあうからこそいいタッグになれる事もあると俺は思うんだ」
「…」
「もちろん、あの二人のいさかいを何とかしなければならない事は分かってるさ。しかし、万太郎のいい所を伸ばしてやって、ケビンのところへ突き出せる様にする事は必要だろ?」
 キッドの言葉に、ガゼルは少し考え込んでいたが、やがて小さく頷いて口を開く。
「…そうか、そうだな。そうやって二人のいいところがうまく合えば、たとえ反発があったとしても、最高のタッグができるって事か」
「そういう事だ。ケビンが独力で実力を伸ばしてくるのなら、俺達は俺達のやり方で万太郎の実力を伸ばして、あいつのところへ突き出してやろうぜ」
 そう言うとキッドは明るく笑った。それを見たガゼルもにやりと面白そうに笑う。
「そうだな、その『ビー・アンド・ビー』の様なタッグを俺達が作り上げる…ってのは面白そうだな…」
「だろ?」
「ああ。友情と複数の者の知恵であいつの実力を伸ばしてやる事…それは俺達にしかできないからな」
 ガゼルは満足した様な表情でゆっくりと呟く。それを見たキッドも満足そうに笑い、しばらく暖かい沈黙が訪れた。そして暫くの後、キッドが一つの提案をする。
「…そうだ、どうせ眠れないんだろ?これから万太郎の修行プランについて少し練り直さないか?」
「そうだな、あいつに思い切り実力をつけてもらってケビンを驚かせてやろうぜ」

 草木も眠る丑三つ時、二人は楽しそうに語り合う。そんな二人の陰謀(?)も知らず日々の訓練で疲れている万太郎は、セイウチンと共にぐっすりと眠っていたと言う――