2月17日、今日は里中の誕生日。バレンタインでもチョコが相当来るが、誕生日には更にプレゼントやバースデーカードがキャンプ先に届く。それを嬉しさ半分、げんなり半分で里中は今年も受け取っていた。
「あ~あ、プレゼントもカードもありがたいんだけど、大変でもあるよな~カードとかはそれほどかさにならないけど、プレゼントはどう対処していいか分からなくってさ」
 里中の言葉に、星王が突っ込む様に言葉をかける。
「里中、そりゃ贅沢な話だぜ。ファンの気持ち、踏みにじる様なセリフ吐くなよ」
「でもさ~俺は山田に祝ってもらうだけでホント十分なんだぜ?」
「里中…」
 里中の言葉に山田は感動して言葉を失う。毎年恒例のやり取りにチームメイト達は呆れた様に苦笑していた。そんなこんなで一日練習を終わらせホテルに帰って来ると、不意に土井垣が里中に声をかけた。
「ああ里中。お前は着替えたら山田とロビーに戻れ、面会人がいるから」
「『面会人』?」
「ああ。珍しいが、きっとお前も喜ぶ面会人だぞ」
「誰ですか?一体」
「それは、会ってからのお楽しみだ。まあとりあえず着替えろ」
「はあ…」
 そう生返事を返すと里中はチームメイトと共に部屋へと戻る。その道すがら、彼は考え込む様に呟く。
「一体誰が来てるんだ…?」
 里中の呟きに、岩鬼が耳ざとく気づいてからかう様に言葉を紡ぐ。
「ドブスチビの奴やないのか?」
「でも、サっちゃんだったらあんな風に土井垣さん言わないと思うぜ?」
「それもそうだな…誰だろう」
「じゃあ誰なのか、俺達も見物させてもらうとするか」
 三太郎の楽しげな言葉に、里中はたしなめる様に言葉を紡ぐ。
「おいおい、呼ばれたのは俺と山田だけだぜ?皆で行ったらロビーだし目立って他の一般の宿泊客が大騒ぎするんじゃないか?」
「だ~いじょ~ぶ、ま~かせて!」
「…ったく、じゃあ、目立たない様にしろよ」
「オッケー」
 そうやり取りをしているチームメイト達を、山田はにっこり笑って見つめていた――

 そうして着替えた後、里中達は呼び合わせてロビーへ行く。すると、土井垣にエスコートされて短い髪を少し茶色く染めたチノパンに長袖のダンガリーシャツの男性と、漆黒の長い髪を一つにまとめ、ワインレッドのカジュアルなワンピースを着た女性と、肩をおおう位のやはり漆黒の髪にかわいらしいピンを留め、白に赤のアクセントのトレーナーにデニムのジャンパースカートを着た小さな女の子が彼らを出迎えた。
「久し振りだね、智君」
「お正月以来ね。元気そうで何よりよ」
「さ~るに~、こ~ちゃ~」
 その二人連れに岩鬼を除いた一同は驚く。それで里中も土井垣の言葉の意味が分かった。彼女達は里中にとって恩人と言っていい位の懐かしい人間の身内だったからだ。
「文乃さんに隆さんに美月ちゃんじゃないですか。どうしたんですか、こんな所に」
 里中の問いに、文乃がにっこり笑って悪戯っぽい口調で答える。
「実はね、今度ある岡山でのレースに隆君がメカニックメンバーに入る事になって、丁度あたしも今依頼されてる仕事がないから休暇がてら同行しようって事になって、じゃあそれならついでに足伸ばして智君の誕生日祝いをしようって事になってね。来たって訳」
「そうだったんですか…わざわざここまで来て下さってありがとうございます」
「いいんだよ。テレビでキャンプ情報見る度、美月が会いたい、会うのって騒いでさ。困ってたんだ。でも、こういう機会ができたからって俺達もさすがにキャンプ先に入るのはどうかなって思って駄目元で相談したら将さんが快く承知してくれて、嬉しいんだから。な~美月~、智お兄ちゃんに会いたかったんだもんな~」
「そ~よ」
 そう言ってにっこり笑う三人に、里中はファンとは違った心が温まる感じがした。それを見ていた緒方が問いかける。
「え~と、この二人は宮田さんのお姉さんとその娘さんだったよな。じゃあこっちの男の人は…そのご家族って訳?」
 その言葉に、隆はすまなそうに笑って挨拶する。
「ああ、文乃さん達は会った事あるって聞いたけど、俺は初対面だよな。初めまして、俺は宮田隆。ここにいる文乃さんの夫で美月の父親です。よろしく」
「あ、どうも。よろしくお願いします」
 隆の挨拶にチームメイト達も一礼して返す。その中岩鬼だけが悪態をつく。
「こ~んなええ男なのにこ~んなドブスを女房にもらうなんて、見る目ないなぁ、あんさん」
「こら岩鬼!悪口叩くのもいい加減にしろよ!」
 わびすけの言葉に、隆は笑って応える。
「いいよ。こういう人だって将さんから聞いてるから。それにブスだろうが何だろうがベタ惚れしたのは俺だし、気にしてないよ」
「そうですか。ならいいんですけど…」
 そう言って収まったチームメイトに続けて、美月が岩鬼に向かって手を振り、口を開く。
「ば~ば~」
「このガキ~!またわいをバカにしくさって~!」
「仕方ないだろ。大好きなママとパパを馬鹿にされたんだから美月ちゃんだって怒るさ」
「今回は岩鬼が完璧に悪い」
「まあまあおしゃべりはここまでにして…智君にプレゼントよ。み~ちゃん、あげようね~」
 そう言うと文乃は持っていた手提げの箱を美月に手渡して背中を叩く。美月はにっこり笑って大切そうによちよちと箱を持って里中に近づくと、一生懸命持ち上げて言葉を紡ぐ。
「さ~るに~、おめ~と~、あい!」
 里中は美月から箱を受け取ると、にっこり笑って美月の頭を撫でながら言葉を返す。
「ありがとう、美月ちゃん」
「あ~とっ」
 美月も笑って言葉を返す。美月はよちよちと文乃の傍に戻ると、スカートのすそを引っ張って更に声を掛ける。
「あ~や、あえも~」
 その言葉に、文乃はにっこり笑ってもう一つ包みを渡すと言葉を返す。
「そうだったわね~はい、み~ちゃん。これも渡してらっしゃい」
「あい!」
 美月は元気に返事をすると、今度は山田の所へよちよちと寄って行って包みを持ち上げて言葉を紡ぐ。
「や~らに~、あい!」
 美月の言葉に、山田も笑って言葉を返す。
「ありがとう、美月ちゃん。後は任せて」
「うん!」
 そのやり取りが分からず、チームメイト達は首を捻る。
「里中はともかく、山田まで?」
「どういう事ですか、文乃さん」
「ん~?ちょっとね。葉月からのプレゼントも頼まれてたのよ。それを山田君に代行してもらおうと思ってね」
「…?」
 文乃の訳の分からない言葉に、チームメイトだけではなく、里中も首を捻る。山田だけが恵心した様ににっこり笑っていた。そうして美月がよちよち戻って来たところで文乃は口を開く。
「じゃあ、あたし達はこれで失礼するわ。チームメイトの皆さんには将君にお土産託してあるから、後で食べてね」
「皆さん、残りのキャンプ頑張って下さいね。美月も『がんばれ~!』って応援しようね~」
「が~ばえ~!」
 そう言うと三人は手を振って去って行った。チームメイト達は山田と里中にわらわらと群がって口々に言葉を紡ぐ。
「で…何だ?『プレゼント』って」
「この箱は…もしかして」
 そう言うと里中はロビーのテーブルに行って箱を置くと開ける。そこにはババロアにイチゴが乗った可愛らしいケーキが二つ入っていた。
「やっぱり…」
 それを見た三太郎がうらやましそうに口を開く。
「あ~それ、宮田さんの地元のケーキ屋のケーキじゃないか。うまいんだよな~それ」
「三太郎、知ってるのか?」
「ああ。俺も一回食わせてもらった事あるんだけどさ、甘みがあっさりしててうまいんだよ」
「へぇ…まあいいじゃん、里中の誕生日プレゼントなんだから。俺達には俺達への土産があるらしいし」
「土井垣さん、何ですか~?」
「ああ、小田原の銘菓『虎朱印』だな。小田原名物の最中だ」
「渋いなぁ…セレクトが。甘いもんじゃなきゃ義経は好きそうだけど」
 呆れた様な国定の言葉に、義経がふっと笑って言葉を紡ぐ。
「ああ、それは甘い物が苦手な俺でも好むくらいうまいぞ。それに大きさも俺達には手ごろだし、小田原の歴史も分かって興味深い」
「何だよそれ」
 義経は説明する様に続ける。
「若菜さんの話だと、その最中の原型と包装紙に印刷されている虎朱印というのは小田原北条氏の当主のみが捺すことのできる印でな。それだけ歴史的価値があるんだ。包装を見て楽しんで、食べて楽しめるぞ」
「へぇ…結構面白そうだな、そう聞くと。食うのが楽しみだ」
「まあ夕食後に茶でもいれながら俺の部屋で食おうか」
「え~?土井垣さんのお茶がまた飲めるんですか?ラッキー!」
「早く夕食時間にならないかな~とりあえずそれ楽しみにして部屋に戻るか」
「ああ」
 そう言うとチームメイト達はそれぞれ部屋へ戻っていく、里中も部屋へ戻ろうとした時、山田がそれとなく声を掛けてきた。
「里中、夕食が終わったらそのケーキを持って俺の部屋へ来い」
「山田?」
 里中が問い返しても、山田はにっこり笑ったままだ。そうして里中はケーキを一旦冷蔵庫で冷やして夕食を食べ終わった後、言われた通りケーキを持って山田の部屋へ行く。ドアをたたくと、山田がにっこり笑って出迎えた。
「よく来たな。入れよ」
「ああ」
 山田は部屋のソファに里中を座らせると、にっこり笑ったまま言葉を掛ける。
「じゃあ…もうちょっと待っててくれ、今支度するから。ケーキは貸してくれ」
「『支度』?」
 里中が問い返すと、山田はケーキを受け取ってベッドサイドのテーブルのほうへ行って何やらカチャカチャと音を立てて作業を始める。しばらくするとふわりといい香りがしてきた。その香りに里中は驚く。この香りが出せる人間は自分が知っている範囲で二人しかいない。一人は土井垣、そしてもう一人は――驚きながら里中が様子を窺っていると、やがて山田がケーキを皿に移し替えて、湯のみと共に持ってくる。その湯のみには香りの元となる紅茶がいれられていた。里中は驚きながら問いかける。
「山田、お前いつの間に紅茶なんて…」
 里中の問いに、山田は照れくさそうに答える。
「いや…実は、俺は宮田さんから文乃さん達がケーキ持って来る事聞いてたんだよ。それで、宮田さんから、『自分の分も含めてにプレゼントとして紅茶をいれてあげて欲しい』って頼まれてさ」
「でもお前こんなに…いや、言い方悪かったな…葉月ちゃん並にお茶いれるのうまかったっけ?」
 里中の更なる問いに、山田も更に照れ臭そうに答える。
「いや…実は、宮田さんのあのおいしいお茶を飲んだら、俺もあんな風にいれられる様になりたくなってな。時々スケジュールが合った時にうちに呼んで教えてもらってたんだ。その…宮田さんが土井垣さんにいれるみたいに…お前に、うまい茶を俺もいれたくなって」
「山田…」
 山田のさりげなくも温かい心遣いに、里中は嬉しくて胸が一杯になる。その心のままに、里中は言葉を零す。
「…ありがとう」
「…どういたしまして。それから…誕生日おめでとう、里中」
「…ありがとう、山田。最高のプレゼントだ」
 そう言うと二人は顔を見合せて笑い、幸せな気持ちのままにケーキと紅茶を楽しんだ。