野球部員の練習が終わり、食事時間までの短い夕刻の時間、山田は雲竜と不知火が行った仮想坂田、緒方の投球を受けた。しかも不知火は予選敗退後に必死に覚えたフォークで自分に練習をさせてくれ、雲竜は坂田より速いといわれる『鳴門の牙』の情報を集めようと四国中を探してくれたという友情に感動し、絶対にベンチ入りして彼らを打つと決心した。そうして別れる直前、山田を探していたのだろうか、里中がグラウンドにやって来る。その雰囲気に何かを感じた山田はサチ子を合宿へ戻らせ、彼を迎える。グラウンドに来た里中はその場から去っていく不知火と雲竜を認め、山田に問い詰める。
「山田!あいつらと何やってたんだよ!」
山田は里中には正直に話さないとプライドが傷つくだろうと思い、正直に、甲子園の仮想練習をしていたんだと答える。そして誰も知らない『鳴門の牙』の事も正直に話した。里中はおとなしく聞いていたが、そのおとなしさが山田にはある種の危うさに見えていた。しばらくの気まずい沈黙の後、里中はポツリと答える。
「そうだよな…俺はものすごい速球が投げられる訳でもない、かといってアンダースローだからフォークだって簡単には投げられないからものにはしていない…俺は…山田の役には全然立たないんだよな…」
「里中…」
「俺だって…山田のバッティングの役に立てたらどれだけ嬉しいか…それに、山田の打撃やリードを徳川さんに認めてもらって一緒にバッテリーを組んで甲子園に出られたらどんなに幸せか…でも俺じゃ山田の役に立てない!それが俺は悔しい!」
歯を食いしばり涙をこらえる里中を山田はふわりと抱き締めると、囁く様に言葉を紡いだ。
「里中…俺はお前のその気持ちだけで十分だ。不知火君や雲竜君は確かに俺の助けになってくれた…でもな、里中は役に立つ、立たないが問題じゃないんだ。本当に頑張らなきゃいけないのは本番で、俺達がバッテリーを組んだら里中はピッチングで勝利へ貢献する事。そして同時にその中に俺のバッティングがある…そういう事さ」
「山田…」
「里中智は里中智のままでいいんだ。その代わり俺が万が一にでも正捕手になったら最高の球を投げてくれよ…約束だ」
「ああ、約束する」
「それからな…『鳴門の牙』の事は二人だけの秘密だ。話題になるまでは絶対に誰にも話すなよ」
「ああ」
夕闇のグラウンドの中、二人は長い間抱き合っていた。
「…まったく、見ていられんな」
不知火は呆れた様に呟く。不知火と雲竜は帰った振りをしてグラウンドの物陰から二人を観察していたのだ。
「里中の山田に対する執着はただ事じゃないな。恋する女よりある種性質が悪いんじゃないか?」
呆れる様な言葉を紡ぐ不知火に、雲竜は楽しげに応える。
「よかよか、あれだけ人に惚れ込めるっちゅう事は男も女も関係なくいい事タイ。そういうわしらも山田には特別の思い入れがあるからこそ、ああいう事をする気になったんだからのう」
「それもそうだな」
二人は笑う。
「しかし…別の高校を選んで正解だったな」
「おはん、どういう意味タイ?」
「もちろん第一の理由は山田と対戦したかったからだが…少し揺れていたんだ。土井垣はもちろんだが、山田とバッテリーが組めたら…とな。しかしあの里中の様子だと…チャンスは巡ってこないだろうな。山田は里中の実力を十分…いや、それ以上に引き出してしまう。しかし俺に対してそれができるかは…疑問だ」
「白旗を最初から揚げてる様じゃはなっから駄目タイ」
「ああ、敵わないんだよ、あの二人には」
そういうと二人はまた笑った。そして不知火のその言葉が言霊になったのかは分からないが、その後本当にこの二人には(岩鬼や殿馬や三太郎の活躍もあったが)、三年間勝つ事ができなかったというのは余談である。
「山田!あいつらと何やってたんだよ!」
山田は里中には正直に話さないとプライドが傷つくだろうと思い、正直に、甲子園の仮想練習をしていたんだと答える。そして誰も知らない『鳴門の牙』の事も正直に話した。里中はおとなしく聞いていたが、そのおとなしさが山田にはある種の危うさに見えていた。しばらくの気まずい沈黙の後、里中はポツリと答える。
「そうだよな…俺はものすごい速球が投げられる訳でもない、かといってアンダースローだからフォークだって簡単には投げられないからものにはしていない…俺は…山田の役には全然立たないんだよな…」
「里中…」
「俺だって…山田のバッティングの役に立てたらどれだけ嬉しいか…それに、山田の打撃やリードを徳川さんに認めてもらって一緒にバッテリーを組んで甲子園に出られたらどんなに幸せか…でも俺じゃ山田の役に立てない!それが俺は悔しい!」
歯を食いしばり涙をこらえる里中を山田はふわりと抱き締めると、囁く様に言葉を紡いだ。
「里中…俺はお前のその気持ちだけで十分だ。不知火君や雲竜君は確かに俺の助けになってくれた…でもな、里中は役に立つ、立たないが問題じゃないんだ。本当に頑張らなきゃいけないのは本番で、俺達がバッテリーを組んだら里中はピッチングで勝利へ貢献する事。そして同時にその中に俺のバッティングがある…そういう事さ」
「山田…」
「里中智は里中智のままでいいんだ。その代わり俺が万が一にでも正捕手になったら最高の球を投げてくれよ…約束だ」
「ああ、約束する」
「それからな…『鳴門の牙』の事は二人だけの秘密だ。話題になるまでは絶対に誰にも話すなよ」
「ああ」
夕闇のグラウンドの中、二人は長い間抱き合っていた。
「…まったく、見ていられんな」
不知火は呆れた様に呟く。不知火と雲竜は帰った振りをしてグラウンドの物陰から二人を観察していたのだ。
「里中の山田に対する執着はただ事じゃないな。恋する女よりある種性質が悪いんじゃないか?」
呆れる様な言葉を紡ぐ不知火に、雲竜は楽しげに応える。
「よかよか、あれだけ人に惚れ込めるっちゅう事は男も女も関係なくいい事タイ。そういうわしらも山田には特別の思い入れがあるからこそ、ああいう事をする気になったんだからのう」
「それもそうだな」
二人は笑う。
「しかし…別の高校を選んで正解だったな」
「おはん、どういう意味タイ?」
「もちろん第一の理由は山田と対戦したかったからだが…少し揺れていたんだ。土井垣はもちろんだが、山田とバッテリーが組めたら…とな。しかしあの里中の様子だと…チャンスは巡ってこないだろうな。山田は里中の実力を十分…いや、それ以上に引き出してしまう。しかし俺に対してそれができるかは…疑問だ」
「白旗を最初から揚げてる様じゃはなっから駄目タイ」
「ああ、敵わないんだよ、あの二人には」
そういうと二人はまた笑った。そして不知火のその言葉が言霊になったのかは分からないが、その後本当にこの二人には(岩鬼や殿馬や三太郎の活躍もあったが)、三年間勝つ事ができなかったというのは余談である。