「智君、ありがとう!これずっと欲しかったの!」
「やっぱりな、葉月ちゃんこれ探してたの覚えてたから代わりに買っといたんだ」
「良かったな、里中が気を利かせてくれて」
「ええ!」
 一緒にいた三太郎の言葉に葉月は心底嬉しそうな表情で頷く。それを見た里中は赤いリボンが首に巻かれた大きなテディベアを葉月に渡す。葉月は笑顔で受け取って、里中から言われた金額を払うと更に問いかける。
「じゃあお礼は何がいい?何でもいいよ」
「う~ん、そうだな…」
 葉月の言葉に里中は考え込むと、何かを思いついた様に頷いて応える。
「じゃあ、今度のオフの時でいいから『北条屋』のプリンをお袋と、山田とサッちゃん、山田のおじいさんの分含めて買って来てよ。あ、お袋とサッちゃんはババロアケーキの方が喜ぶかな。あそこのケーキ最高にうまいから、山田にも食べてもらいたいんだ」
「オッケーだけど…それでいいの?全然等価交換じゃないよ」
「何言ってるんだよ、こんな事言っちゃ悪いけど、稼ぎが違うだろ?だから気持ちで返してくれればいいんだ」
 里中の言葉に、葉月は一瞬驚いた顔を見せて、すぐににっこり微笑むと口を開く。
「…じゃあお言葉に甘えて。山田さん達喜んでくれるといいけど」
「大丈夫さ。山田もきっと喜んでくれる」
「あ~いいな~俺も食いたいな~」
 三太郎のうらやましそうな言葉に、里中は呆れた口調で言葉を返す。
「…全く、三太郎はうまいものには目がないからな。分かったよ。お前も混ぜてやる」
「じゃあ微笑さんの分も。その代わり生物ですからその日にはいて下さいね」
「ああ、分かったよ」
 そう言うと里中と葉月は詳しい日程をそこで決めて、彼女はこの後土井垣と会う約束があるからと微笑んで手を振ると去って行った。それを二人は見送ると、三太郎が呆れた様に口を開く。
「…智、お前土井垣さんと宮田さんがこれから会うって分かってて渡したろ、あれ」
「あったり前じゃん。俺からだって絶対葉月ちゃん言うだろうから土井垣さんも怒れないだろ?あれにどう対応するか見ものだな。本場ドイツのシュ○イ○の人形でも買ってやったりしてな」
「…全く、お前宮田さんと土井垣さんの仲を引っ掻き回すの好きだよな…もしかしてやきもちか?」
 三太郎の問いかけに里中はあっさり首を振ると、言葉を紡いでいく。
「いいや?土井垣さんにしっかり葉月ちゃんを捕まえてて欲しいからやってるだけだぜ。葉月ちゃんは沢山辛かったり、寂しい事があった娘だから、精一杯幸せになって欲しいんだ。その手伝いを俺が出来る範囲でしてるだけ。俺には山田がいるからな」
 里中の言葉に、三太郎はふと問いかける。
「でもさ…よくあるじゃん。小さい子が『結婚する』とかいう約束にもならない様な約束とかするって。智は宮田さんとそういう事したりしたとかじゃないのか?」
 三太郎の問いに里中は更にあっさり首を振る。
「いいや?なかったな。男友達としても俺は2番手か3番手だったし。一番仲が良かったのは別の男の子…って言っちゃ悪いな。随分年上だから…だったし。俺と葉月ちゃんはどっちかって言うと『同志』みたいで、お互いの道を頑張ろうって励ましあってたな。…そういうところは俺とお前との関係と似てるかもしれない」
「そういう事なら…そうだな」
 そう、里中と三太郎はバッテリーとしては今ひとつ息がうまく合わなかったが、友人としてはある種山田以上の親近感があったし、里中が山田に恋愛感情を持っているといち早く知っても、それを何の苦もなく受け止めてもくれた。そしてプロになってからもオフにこうして時折二人で会って近況を話しつつ励まし合うというのが恒例になっていた。そこではむしろ里中が話し、三太郎が話を聞くという事が多かったが、それはお互い心地よい時間で、里中は山田でも呼ばない『智』という三太郎の自分に対する呼び方も気にならず受け入れる事ができた。それは三太郎がお互いにとって心地よい距離を保つ事を知っているからかもしれない。そしてそうできる三太郎が里中はある種羨ましいと思っていた。里中はそれをぽつりと漏らす。
「俺…三太郎が羨ましいな」
「智?」
「皆と気持ちいい距離をうまく保ててさ、葉月ちゃんだって他のチームメイトには山田ですらまだ慣れないのに、三太郎にはもう懐いてるし。そんな風に皆とうまくやっていく方法を知ってるって、ある種の才能だぜ」
「智…」
 里中の言葉に三太郎はほんの少し里中を見つめ返すと、すぐに目を逸らして大きく伸びをすると、深呼吸をしてぽつり、ぽつりと言葉を零していく。
「でもな、俺はむしろ智の方が羨ましいぜ?…好きな奴にちゃんと好きって言えて、距離なんか考えないでぶつかっていけるのがさ。…人間好きな奴ができたら距離感を考えてたら負けなんだよ。そんな距離は…飛び越えなくちゃならないからな」
「三太郎…それって…」
 三太郎はいつもとは違うふっと寂しそうな微笑を見せると、すぐにもとの読めない笑みに変わって、明るく言葉を紡ぐ。
「俺も恋をしてるって事さ。それで、自分のこの距離をとる性格がうざったくなってるんだよ」
 そうやって読めない笑顔で笑う三太郎を里中は見つめていたが、やがてにんまり笑うと言葉を紡ぐ。
「そっか…じゃあ、その恋の話を聞かせてもらおうかな。チームメイトには黙っててやるから」
「智…ちょっと待て、どうしてそうなるんだよ」
「距離感をなくす訓練を俺がしてやる。それにはまずはその話を話す事から始めないとな~」
 楽しそうに笑って言葉を紡ぐ里中に、三太郎は低い声で問いかける。
「お前…面白がってるだろ」
「いいや?三太郎の恋の応援をしてやろうと思ってね。相手も大体想像つくし」
「智、お前…」
「ちなみに、口止め料は農○直営の焼き肉屋での食事って事で」
「~!」
 三太郎は雰囲気から思わず口に出した言葉で墓穴を掘った事に気づいたが、口に出した言葉は戻せない。これは根掘り葉掘り聞かれるなと頭を抱えたが、案外里中もちゃんと相手の事を考えてくれるし、的を射たアドバイスをくれるので、たまには自分が相談するのも悪くないと思い直し、ふっと笑って答えを返す。
「仕方ないな…負けた。じゃあ店に行くか。席が空いてればいいけどな」
「そうだな。あそこは人気高いし…じゃあ、行こうぜ」
 そう言うと二人は無意識だがお互いの友情を心に留めながら街を歩いていった。