「…申し訳ありません、お手数をおかけして」
「何、貴殿からも連絡を頂いていたからな。挨拶ついでに送り届けただけだ」
「そうですか」
酔いつぶれて寝こんだブロッケンJr.を担いで屋敷の扉を叩いたザ・ニンジャを、屋敷の執事が迎え入れる。彼の名はエルンスト・ベルガー。執事とはいっても彼らと年齢はそう変わらない男であり、主人であるブロッケンJr.とは親友という事もあって、ニンジャも彼には親交があった。
「それにしても、あなたでも玄関からお入りになる事があるのですね」
「こ奴がいるしな。それに拙者とて普通に出入りする事もある」
悪戯っぽい目で微笑むエルンストに、ニンジャはむっとした口調で答える。とはいえ初めてこの屋敷に来た時を含め、数回自分がこの屋敷を訪れた時は常に玄関から入らず突然屋敷の部屋に、しかもとんでもない場所から現れていたのであるからこう言われるのも無理はない。しかし使用人の多くがそうした彼に慣れる事ができずに慌てる中、エルンストと彼の妻だけは最初から何事もなかった様に「主人の客」として応対しているのも事実であった。
「そうだ、どうか今夜は泊まって行って下さい。あなたの事ですから野宿をするおつもりなのでしょう?こちらの冬を日本と同様に考えていたら凍死しますよ」
「いやしかし…」
「どうぞ、あなたは大切な主人の友人です。おもてなししなかったら、こんな状態のこいつでも怒りますからね」
「…」
ニンジャはエルンストを見つめしばらく何事か考えていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「…では、有難く泊まらせてもらおう」
「どうぞ、歓迎いたします」
エルンストはブロッケンJr.を寝室に寝かし付けると、ニンジャを客間に案内した。客間のソファにニンジャが座ると、エルンストが口を開く。
「お茶でもいかがですか。それともお酒のほうがよろしいですかね」
「貴殿のいれる茶は旨いからな…ここに来た時は飲まんと損だ。茶を頂けるか」
「ありがとうございます。ではすぐにいれましょう」
エルンストは紅茶の用意をし、ニンジャに出す。ニンジャはゆっくりと飲みながら屋敷を見回すと、ぽつりと呟いた。
「…寂しくなったな」
エルンストも寂しそうに応える。
「ええ、親衛隊はドイツが統一した事で役目を終え解散、使用人は全員に暇を出しましたからね。…皆最後まで仕えようとしてくれましたが、あいつの親族がこちらに色々と手を出し始めたので、暇を出さざるを得なくなってしまいました。…今ここで働いているのは、ここの管理をしている私と妻のルイーゼだけです」
「しかし、拙者が言うのも何だが貴殿の給金などはどうしているのだ。あ奴があれではろくに払ってももらえんだろうに」
ニンジャの問いに、エルンストは微笑みながら答える。
「私も妻も、普段は別の仕事をしておりますので」
「ほう…」
「この家の執事をしていれば、それを生かして外の仕事は何とかなるんです。外で仕事をした方が何かといいという事もあるので…まあ、外で住む家だけは、あいつの親族にきっちり提供して頂きましたが」
「ふむ…抜かりがないな」
「ええ」
二人は笑った。しばらく二人に暖かい沈黙が訪れる。やがて沈黙を破る様にニンジャが口を開いた。
「ところで、話題を変えるが。…拙者の問いに答えてはもらえまいか」
「問い…と申しますと」
「あいつの様子を聞くために、貴殿はどうして拙者を呼び出したのだ」
「…」
沈黙するエルンストに、ニンジャは紅茶を一口飲むと続けて言葉を掛けた。
「簡単な事だ。人知れず存在する忍の隠れ里を調べ上げ、拙者を直接呼び出す文を直に寄こしたのだからな。何もなく呼び出したと思う方がおかしい」
ニンジャの言葉に、エルンストはふっと真剣な表情を見せる。
「それは…」
エルンストが口を開こうとした刹那、ふとニンジャが窓の方を睨み付ける。その瞬間窓ガラスが割れ、手に棒やナイフなどを持った体格のいい男達が数人屋敷に侵入してきた。
「ぐへへへへ…とっくに出てったと思ってたが…まだおめぇいたのかい」
「お~お~、おあつらえ向きに客まで呼んで」
「悪ぃなぁ、あんたらに恨みはねぇが、ちょっと眠っててもらうぜぇ」
「…申し訳ありません、少々お手を貸して頂けませんか」
エルンストは男達を睨み付けながら口を開く。
「それはいいが、こやつらは一体…?」
「欲に目がくらんだ一族の差し金です…よっ!」
エルンストは咆哮をあげながら襲い掛かる男に、鮮やかな蹴りを入れる。
「野郎、やりやがったな!」
「ふむ…この程度なら忍術を使うまでもないな」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる!」
呟くニンジャにも棒を持った男が襲い掛かるが、簡単にいなされ床に転がる。彼がふと横を見るとエルンストも襲い掛かる男を簡単にあしらっている。誰が見ても実力の差は歴然であった。
「…畜生、人間のくせにちょろちょろとぉ!」
最後に残った男がナイフを振りかざし、エルンストに襲い掛かった。そしてその男を睨み付けながらエルンストが発した呟きが、ニンジャの耳に不思議な印象を持って残る。
「人間でも…あなたの様な超人にやられる事はできませんからね」
「エルンスト殿…?」
「何だとぉ!てめぇ甘く見てればつけあがりやがって!」
男はエルンストに襲い掛かったが、エルンストはさらりとかわすと男からナイフをいとも簡単に奪い取り、返す動きでそのまま何の感情もない様な冷たい表情を見せ、男の鼻先に突きつける。
「さあ…このまま出て行くのか、それとも懲りずにあいつを襲おうとするのか…」
「う…」
「命が惜しかったら出て行け。…そして雇った者に言うんだな。『ブロッケンJr.は、貴様らがどうにかできるものではない』と…さあ、行け!」
「ち…畜生、覚えてろ!」
男達は使い古された捨て台詞を残して逃げ出した。エルンストはニンジャに向き直ると一礼し、口を開く。
「一族の恥をお見せして、申し訳ありませんでした」
「いや。…しかし『一族の恥』とは…」
ニンジャの問いに、エルンストは苦々しげに答える。
「一族の者達のほとんどはあいつ…ブロッケンJr.を当主として動いています。しかし、一部にはくだらない理由であいつを当主として認めない輩がいるのです」
「くだらぬ理由…?」
「昔、先代であるブロッケンマン様は、一族の反対を押し切ってあいつの母親である奥様とご結婚なさいました。もちろん今ではほとんどの者達が、亡くなられた奥様やその子供であるあいつの実力も認めておりますが、私欲にまみれた一部の者には自分たちの思い通りにならなかった先代、その血と性質を受け継ぐあいつの存在が邪魔なのです」
「あ奴が荒れているのをいい事に、実権を奪おう…か。無駄な事を。しかし貴殿もなかなかやるな」
ニンジャが感嘆を込めてそう言うと、エルンストは微笑みながら答えた。
「執事は当主の不在時に、この屋敷を守る事も仕事ですからね。あの程度の相手をいなす位の心得は何とか。…私は違いますが、実際代々の執事には、主人と共に超人になった者もおりますし」
そう言って微笑んでいるエルンストをニンジャはしばらく見つめていたが、やがてその微笑に何かを感じ、それを込めて言葉を発した。
「貴殿は…もしや超人になりたかったのではないか」
その言葉にエルンストは一瞬戸惑う素振りを見せたが、やがて寂しげな笑みを見せて答える。
「いいえ。…人間であることに悔いはありません。…でも…そうですね…超人になればよかったかもしれない…とも思います」
「エルンスト殿、それは…?」
「超人なら…あいつの今の気持ちを、もっと分かってやれたかもしれませんから…」
「…」
寂しげな表情を見せるエルンストをニンジャは痛々しげに見つめる。しかしエルンストはニンジャに向かって柔らかい微笑みを返すとぽつり、ぽつりと言葉を零していく。
「先程あなたはどうして自分を呼び出したのか、と聞かれましたね。…それは、あなたが超人としてのあいつを一番分かってやれる、と思ったからです」
「何故だ。貴殿を含め、拙者以上にあやつと親しい者や、身を案じているであろう者は他に多勢いるだろうに…」
訳が分からずニンジャはエルンストに尋ねる。エルンストは続けた。
「私もあいつと共にあり、色々な苦しみを全て分かち合ってきたという自負はあります。しかし私は人間…超人としてのあいつというものを、分かってやれなかったと思うんです」
ニンジャはただ沈黙してエルンストを見つめる。
「私には、超人としてのあいつが分かってやれなかった。…あいつが荒れ始めた時、私はその事に気付いたのです。しかしあなたは超人であり、何より敵としても戦友としてもあいつと共にあった。…ですからあなたならきっと、あいつの事を分かってやれると思った。…それが、私があなたを呼び出した理由です」
そう言って寂しげに微笑むエルンストにニンジャは毅然とした口調で言葉を返す。
「貴殿は何か大きな誤解をしておらんか?」
「え…?」
「人間から超人になった身である、あ奴の人間としての心はどうなるのだ。超人としての身体と、人間の心の矛盾…それは貴殿の存在が補っていたのではないか?」
「そうでしょうか…」
戸惑うエルンストに、ニンジャは毅然とした口調で続ける。
「そういう事かどうかは分からぬが、貴殿の存在はあ奴にとって大きなものだと拙者は見ているし、あ奴の貴殿への信頼は、人間だとか超人だとかいう事はまったく関係ないとも思っている。むしろ貴殿が今申した様に考えるのは、あ奴の貴殿への信頼を疑っている事と同じではないか?」
「ニンジャ様…」
エルンストはしばらく戸惑う表情を見せていたが、やがて柔らかな微笑みに戻ると口を開く。
「ありがとうございます。…今日は余計な事を話してしまいましたね、申し訳ございませんでした」
「いや…拙者も余計な事を言いすぎたかもしれん。申し訳ない」
そう言うと二人は沈黙する。気まずい沈黙がしばらく二人を包んだが、やがてそれを破る様にニンジャが口を開く。
「貴殿は外に家があるといっていたな。…帰らんでいいのか」
「本日は屋敷の管理の仕事がありますので、泊まるつもりでおります」
「そうか。…では、拙者が相手で悪いが…しばらく貴殿の茶で茶会というのはどうだ」
「ニンジャ様…?」
驚いた表情を見せるエルンストにニンジャは悪戯っぽい笑みを見せて続ける。
「あ奴の昔の事を聞かせてくれ。あ奴が立ち直った時に、からかう具が欲しいのでな」
悪戯っぽい表情だが、その表情の裏にエルンストは彼が持つ、一つの確信を感じ取る。彼はしばらく考え込む表情を見せていたが、やがて微笑んで頷いた。
「そうですね…では新しいお茶をいれましょう。長くなりますからね」
「ああ、よろしく頼む」
『あ奴が立ち直った時』。それは『ブロッケンJr.は必ず立ち直る』という一つの言葉の裏返し。ニンジャの言葉にエルンストは迷いの消えた表情で彼に微笑むと、新しい紅茶をいれにかかった。
「何、貴殿からも連絡を頂いていたからな。挨拶ついでに送り届けただけだ」
「そうですか」
酔いつぶれて寝こんだブロッケンJr.を担いで屋敷の扉を叩いたザ・ニンジャを、屋敷の執事が迎え入れる。彼の名はエルンスト・ベルガー。執事とはいっても彼らと年齢はそう変わらない男であり、主人であるブロッケンJr.とは親友という事もあって、ニンジャも彼には親交があった。
「それにしても、あなたでも玄関からお入りになる事があるのですね」
「こ奴がいるしな。それに拙者とて普通に出入りする事もある」
悪戯っぽい目で微笑むエルンストに、ニンジャはむっとした口調で答える。とはいえ初めてこの屋敷に来た時を含め、数回自分がこの屋敷を訪れた時は常に玄関から入らず突然屋敷の部屋に、しかもとんでもない場所から現れていたのであるからこう言われるのも無理はない。しかし使用人の多くがそうした彼に慣れる事ができずに慌てる中、エルンストと彼の妻だけは最初から何事もなかった様に「主人の客」として応対しているのも事実であった。
「そうだ、どうか今夜は泊まって行って下さい。あなたの事ですから野宿をするおつもりなのでしょう?こちらの冬を日本と同様に考えていたら凍死しますよ」
「いやしかし…」
「どうぞ、あなたは大切な主人の友人です。おもてなししなかったら、こんな状態のこいつでも怒りますからね」
「…」
ニンジャはエルンストを見つめしばらく何事か考えていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「…では、有難く泊まらせてもらおう」
「どうぞ、歓迎いたします」
エルンストはブロッケンJr.を寝室に寝かし付けると、ニンジャを客間に案内した。客間のソファにニンジャが座ると、エルンストが口を開く。
「お茶でもいかがですか。それともお酒のほうがよろしいですかね」
「貴殿のいれる茶は旨いからな…ここに来た時は飲まんと損だ。茶を頂けるか」
「ありがとうございます。ではすぐにいれましょう」
エルンストは紅茶の用意をし、ニンジャに出す。ニンジャはゆっくりと飲みながら屋敷を見回すと、ぽつりと呟いた。
「…寂しくなったな」
エルンストも寂しそうに応える。
「ええ、親衛隊はドイツが統一した事で役目を終え解散、使用人は全員に暇を出しましたからね。…皆最後まで仕えようとしてくれましたが、あいつの親族がこちらに色々と手を出し始めたので、暇を出さざるを得なくなってしまいました。…今ここで働いているのは、ここの管理をしている私と妻のルイーゼだけです」
「しかし、拙者が言うのも何だが貴殿の給金などはどうしているのだ。あ奴があれではろくに払ってももらえんだろうに」
ニンジャの問いに、エルンストは微笑みながら答える。
「私も妻も、普段は別の仕事をしておりますので」
「ほう…」
「この家の執事をしていれば、それを生かして外の仕事は何とかなるんです。外で仕事をした方が何かといいという事もあるので…まあ、外で住む家だけは、あいつの親族にきっちり提供して頂きましたが」
「ふむ…抜かりがないな」
「ええ」
二人は笑った。しばらく二人に暖かい沈黙が訪れる。やがて沈黙を破る様にニンジャが口を開いた。
「ところで、話題を変えるが。…拙者の問いに答えてはもらえまいか」
「問い…と申しますと」
「あいつの様子を聞くために、貴殿はどうして拙者を呼び出したのだ」
「…」
沈黙するエルンストに、ニンジャは紅茶を一口飲むと続けて言葉を掛けた。
「簡単な事だ。人知れず存在する忍の隠れ里を調べ上げ、拙者を直接呼び出す文を直に寄こしたのだからな。何もなく呼び出したと思う方がおかしい」
ニンジャの言葉に、エルンストはふっと真剣な表情を見せる。
「それは…」
エルンストが口を開こうとした刹那、ふとニンジャが窓の方を睨み付ける。その瞬間窓ガラスが割れ、手に棒やナイフなどを持った体格のいい男達が数人屋敷に侵入してきた。
「ぐへへへへ…とっくに出てったと思ってたが…まだおめぇいたのかい」
「お~お~、おあつらえ向きに客まで呼んで」
「悪ぃなぁ、あんたらに恨みはねぇが、ちょっと眠っててもらうぜぇ」
「…申し訳ありません、少々お手を貸して頂けませんか」
エルンストは男達を睨み付けながら口を開く。
「それはいいが、こやつらは一体…?」
「欲に目がくらんだ一族の差し金です…よっ!」
エルンストは咆哮をあげながら襲い掛かる男に、鮮やかな蹴りを入れる。
「野郎、やりやがったな!」
「ふむ…この程度なら忍術を使うまでもないな」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる!」
呟くニンジャにも棒を持った男が襲い掛かるが、簡単にいなされ床に転がる。彼がふと横を見るとエルンストも襲い掛かる男を簡単にあしらっている。誰が見ても実力の差は歴然であった。
「…畜生、人間のくせにちょろちょろとぉ!」
最後に残った男がナイフを振りかざし、エルンストに襲い掛かった。そしてその男を睨み付けながらエルンストが発した呟きが、ニンジャの耳に不思議な印象を持って残る。
「人間でも…あなたの様な超人にやられる事はできませんからね」
「エルンスト殿…?」
「何だとぉ!てめぇ甘く見てればつけあがりやがって!」
男はエルンストに襲い掛かったが、エルンストはさらりとかわすと男からナイフをいとも簡単に奪い取り、返す動きでそのまま何の感情もない様な冷たい表情を見せ、男の鼻先に突きつける。
「さあ…このまま出て行くのか、それとも懲りずにあいつを襲おうとするのか…」
「う…」
「命が惜しかったら出て行け。…そして雇った者に言うんだな。『ブロッケンJr.は、貴様らがどうにかできるものではない』と…さあ、行け!」
「ち…畜生、覚えてろ!」
男達は使い古された捨て台詞を残して逃げ出した。エルンストはニンジャに向き直ると一礼し、口を開く。
「一族の恥をお見せして、申し訳ありませんでした」
「いや。…しかし『一族の恥』とは…」
ニンジャの問いに、エルンストは苦々しげに答える。
「一族の者達のほとんどはあいつ…ブロッケンJr.を当主として動いています。しかし、一部にはくだらない理由であいつを当主として認めない輩がいるのです」
「くだらぬ理由…?」
「昔、先代であるブロッケンマン様は、一族の反対を押し切ってあいつの母親である奥様とご結婚なさいました。もちろん今ではほとんどの者達が、亡くなられた奥様やその子供であるあいつの実力も認めておりますが、私欲にまみれた一部の者には自分たちの思い通りにならなかった先代、その血と性質を受け継ぐあいつの存在が邪魔なのです」
「あ奴が荒れているのをいい事に、実権を奪おう…か。無駄な事を。しかし貴殿もなかなかやるな」
ニンジャが感嘆を込めてそう言うと、エルンストは微笑みながら答えた。
「執事は当主の不在時に、この屋敷を守る事も仕事ですからね。あの程度の相手をいなす位の心得は何とか。…私は違いますが、実際代々の執事には、主人と共に超人になった者もおりますし」
そう言って微笑んでいるエルンストをニンジャはしばらく見つめていたが、やがてその微笑に何かを感じ、それを込めて言葉を発した。
「貴殿は…もしや超人になりたかったのではないか」
その言葉にエルンストは一瞬戸惑う素振りを見せたが、やがて寂しげな笑みを見せて答える。
「いいえ。…人間であることに悔いはありません。…でも…そうですね…超人になればよかったかもしれない…とも思います」
「エルンスト殿、それは…?」
「超人なら…あいつの今の気持ちを、もっと分かってやれたかもしれませんから…」
「…」
寂しげな表情を見せるエルンストをニンジャは痛々しげに見つめる。しかしエルンストはニンジャに向かって柔らかい微笑みを返すとぽつり、ぽつりと言葉を零していく。
「先程あなたはどうして自分を呼び出したのか、と聞かれましたね。…それは、あなたが超人としてのあいつを一番分かってやれる、と思ったからです」
「何故だ。貴殿を含め、拙者以上にあやつと親しい者や、身を案じているであろう者は他に多勢いるだろうに…」
訳が分からずニンジャはエルンストに尋ねる。エルンストは続けた。
「私もあいつと共にあり、色々な苦しみを全て分かち合ってきたという自負はあります。しかし私は人間…超人としてのあいつというものを、分かってやれなかったと思うんです」
ニンジャはただ沈黙してエルンストを見つめる。
「私には、超人としてのあいつが分かってやれなかった。…あいつが荒れ始めた時、私はその事に気付いたのです。しかしあなたは超人であり、何より敵としても戦友としてもあいつと共にあった。…ですからあなたならきっと、あいつの事を分かってやれると思った。…それが、私があなたを呼び出した理由です」
そう言って寂しげに微笑むエルンストにニンジャは毅然とした口調で言葉を返す。
「貴殿は何か大きな誤解をしておらんか?」
「え…?」
「人間から超人になった身である、あ奴の人間としての心はどうなるのだ。超人としての身体と、人間の心の矛盾…それは貴殿の存在が補っていたのではないか?」
「そうでしょうか…」
戸惑うエルンストに、ニンジャは毅然とした口調で続ける。
「そういう事かどうかは分からぬが、貴殿の存在はあ奴にとって大きなものだと拙者は見ているし、あ奴の貴殿への信頼は、人間だとか超人だとかいう事はまったく関係ないとも思っている。むしろ貴殿が今申した様に考えるのは、あ奴の貴殿への信頼を疑っている事と同じではないか?」
「ニンジャ様…」
エルンストはしばらく戸惑う表情を見せていたが、やがて柔らかな微笑みに戻ると口を開く。
「ありがとうございます。…今日は余計な事を話してしまいましたね、申し訳ございませんでした」
「いや…拙者も余計な事を言いすぎたかもしれん。申し訳ない」
そう言うと二人は沈黙する。気まずい沈黙がしばらく二人を包んだが、やがてそれを破る様にニンジャが口を開く。
「貴殿は外に家があるといっていたな。…帰らんでいいのか」
「本日は屋敷の管理の仕事がありますので、泊まるつもりでおります」
「そうか。…では、拙者が相手で悪いが…しばらく貴殿の茶で茶会というのはどうだ」
「ニンジャ様…?」
驚いた表情を見せるエルンストにニンジャは悪戯っぽい笑みを見せて続ける。
「あ奴の昔の事を聞かせてくれ。あ奴が立ち直った時に、からかう具が欲しいのでな」
悪戯っぽい表情だが、その表情の裏にエルンストは彼が持つ、一つの確信を感じ取る。彼はしばらく考え込む表情を見せていたが、やがて微笑んで頷いた。
「そうですね…では新しいお茶をいれましょう。長くなりますからね」
「ああ、よろしく頼む」
『あ奴が立ち直った時』。それは『ブロッケンJr.は必ず立ち直る』という一つの言葉の裏返し。ニンジャの言葉にエルンストは迷いの消えた表情で彼に微笑むと、新しい紅茶をいれにかかった。