ある町に、ドカベン幼稚園という園長先生とその家族を中心に運営している幼稚園がありました。園長先生からして特技は畳作りというだけあって、その家族の山田太郎先生と妹のサチ子先生はもちろん、働いている先生も、ここに入っている子ども達もひとくせ…ゴホンゴホン、個性的な皆です。そんな皆の一コマをちょっと覗いてみましょう。…おや、綺麗なオルガンの音と一緒にこわ~い声が聞こえていますねぇ。
「…岩鬼、緒方をいじめるな!…三太郎、またいぬ組に行ってごうみちゃんをからかって来たな!?ごろうちゃんが教えに来てくれたぞ!…義経!教室内を八艘飛びで飛び回るな!…星王!また勝手に家から持ってきたリンゴを食ってるな!?もう少しでお弁当の時間だろう!我慢しろ!」
 ここはほし組。担当の一人の土井垣先生が額に青筋を立てて怒っています。土井垣先生はドカベン幼稚園の中で一、二を争う(というより右に出る人がいない)生真面目な先生なので、ついつい怒ってばっかりに。でもホントの気持ちは優しい先生だってみんな分かっているから、怒られるのは怖いけど、安心して自由にしているのです。オルガンの音は園児の殿馬君が気が向いたのか弾いている音です。殿馬君は楽器がとっても上手。もしかすると先生以上に上手かもしれません。そんな殿馬君の音楽は先生も大好きで、殿馬君が弾きたいといった時には時々集会室のピアノも弾かせてあげています。さて、もう一人のほし組の先生は…怒っている土井垣先生を落ちつける様に声を掛けてきました。
「まあまあ土井垣さん、今は自由時間なんですから少しはのびのびさせてあげましょうよ」
 そう言って宥めたのはここの園長先生の孫で山田太郎先生。山田先生はその身体と一緒でとってもおおらか。だから厳しい土井垣先生とちょうどいいバランスが取れているのです。
「山田!そんな風に甘やかすから、みんな好き勝手になるんだぞ!少しは集団生活というもの…って、背中にかじりついてるのにも、いい加減そろそろ注意しないとつけあがるぞ」
 宥める山田先生にも厳しい口調で応える土井垣先生が、山田先生の背中にいつもそうする様にまるで子泣き爺(というにはとってもかわいい子なのですが)の様に張り付いているほし組の園児の一人を指して、ため息をつきながら言葉を続けます。山田先生はそれもあっさり受け流しながらも形ばかりの注意をその園児にかけます。
「ああそうですね。…智君、あんまり先生とばっかり一緒にいないでお友達と一緒に遊んできなさい」
 そう山田先生から言われて背中から下ろされた智君は、山田先生が大好きなので一緒にいたくて、少し不満そうに言葉を返します。
「え~…でもおれ、やまだせんせーといっしょにいたい~」
「また後で遊べばいいだろう?…ほら、行っておいで」
「…は~い」
 山田先生に優しく言われたので智君は少し残念そうにしていましたが、言う事を聞いて仲良しの三太郎君の所へ行って、一緒に遊び始めました。そのやり取りを見ながら土井垣先生はまた深いため息をつきました――

 そうして自由時間が終わった後、何とか二人の先生で皆を席に座らせると、皆に自分のクレヨンを出してもらって、土井垣先生が画用紙を配って皆に声をかけました。
「よ~し、じゃあこれから皆にお絵描きをしてもらうぞ~。その画用紙に皆の大好きなものを描いてくれ。もっといっぱい描きたいと思ったら先生に言ってもらえば画用紙はまた用意するからな」
『は~い!』
 みんなは元気良く返事をしてそれぞれに絵を描き始めます。電車を描いたり、動物を描いたり、大好きなお母さんの顔を描いたり。皆楽しそうに絵を描いている中、智君は一生懸命二枚、三枚と絵を描いていました。そうして絵を描く時間が終わると、皆の大好きなお弁当の時間。それぞれお母さんやお父さんの作ったお弁当を食べています。お弁当は先生も一緒。いつもの様に智君は忙しいお母さんが朝早く起きて一生懸命作ってくれたお弁当に目を輝かせた後、そのお弁当箱を持って山田先生の所へ行くと先生の大きなお弁当箱の中を覗いて声を上げます。
「あ~!やまだせんせー、またしろいごはんとうめぼしだけのおべんとうだ~!」
「あはは…忙しいと、つい…ね」
「こんなにおっきいおべんとうなのに、ごはんだけだとだめだよ?さちこせんせーにちゃんといわなきゃ!でもきょうはまにあわないから、またおれのおかずちょっとあげる!かあさんのつくるおかず、おいしいでしょ?」
 智君の優しい言葉に山田先生は気持ちがあったかくなりますが、智君の楽しみを無くしちゃいけないと思って優しく応えます。
「ありがとう。でも、それは智君のお弁当だからね。確かにおいしいけど、智君が食べなきゃ」
「え~…」
 山田先生の言葉に納得がいかない様に声を上げる智君をからかう様に、岩鬼君が今度は声をあげました。
「サト~そんなこといって、ほんとはきらいなおかずがあるんやないか~?」
「ちがうもん!きょうのおかずはだいすきなものばっかりだもん!そういういわきこそ、いっつもきらいだっていってるさんまばっかりじゃないか!きらいきらいっていってるんだったら、やまだせんせーにあげたらいいだろ!?」
「きらいなもんでもくわないと、おとこ・いわきのみりょくがみがかれへんのや。それに、おまえみたいにきらいなもんを、やーまだにあげるようなひきょうなことはせんわい」
「なんだと~!?」
 とっくみあいのケンカになりそうになった二人を、土井垣先生が止めに入りました。
「ああこら、楽しいお弁当の時間にけんかをするんじゃない…じゃあこうしよう。先生のおかずを山田先生にあげるから、里中はそれを全部食べるといい…山田、俺のうちの味付けだから口に合わんかもしれんが、それでいいか」
「ああ、土井垣さんがそれでいいならかまいません。そう言う事だから智君、大好きなおかずなんだろう?全部食べていいよ」
「…いいの?」
「ああ」
「…うん!」
 そう言うと智君は席へ戻ると目をきらきら輝かせながら、お母さんのお弁当を食べ始めました。それを見て山田先生は智君を優しいまなざしで見つめて微笑むと、土井垣先生から卵焼き一切れと鶏肉の肉団子をもらって自分もお弁当を食べ始めました――

 そうしてお弁当を食べた後は少しお昼寝をして、また自由時間の後おやつがあります。智君は、今度は何やら先生に頼んで折り紙をもらって一生懸命折っています。それを見た仲良しの三太郎君が、不思議に思って声をかけます。
「どうしたんだよさとる~、おりがみなんかやってて。おれとあそぼうぜ?」
「…」
 仲良しの三太郎君の言葉も気づかない位智君は折り紙に熱中しています。それを見た三太郎君は首を傾げながらも何を作っているのかと見ていました。そうして出来上がったのはチューリップ。出来上がりも上手で、満足そうに笑っている智君に、三太郎君が問いかけます。
「なんでちゅーりっぷなんかおったんだ?」
 三太郎君の問いに智君は三太郎君のいつもにこにこの笑顔以上ににっこり笑って答えます。
「ぷれぜんとするんだ!」
「ぷれぜんと?」
「きょうおえかきしただろ?あのえといっしょにぷれぜんとするんだ。かあさんと、おじさんと…それから」
 そう言うと智君は三つ折ったうちの一番綺麗に折れたチューリップと、描いた絵の一枚をくるくると巻いて一緒に持って、おやつの準備をしている山田先生の所へ行きます。
「やまだせんせー!」
「智君、どうしたんだい?」
 おやつの準備の手を止めて振り返った山田先生に、智君は巻いた画用紙と折り紙のチューリップを差し出して、にっこり笑いました。
「これ、やまだせんせーにあげる!」
「これは?」
「きょうかいたえと、いまおったちゅーりっぷ!きょうのおえかき、『だいすきなものをかきなさい』っていわれたでしょ?だから…ひろげて?せんせー」
「ああ。…これ…」
 言われるままに山田先生が丸められた画用紙を広げると、そこには優しいにこにこ笑顔の山田先生の似顔絵が、クレヨンで綺麗に描かれていました。それを見て驚いた表情を見せた山田先生に、智君はにっこり笑って言葉を続けます。
「おれ、やまだせんせーだいすきだから、かあさんと、おじさんといっしょにかいたんだ!でもそれだけじゃさびしいから、折り紙でちゅーりっぷおったの!それでそのえとおりがみ、だいすきなやまだせんせーにあげる!」
「…ありがとう。じゃあこれはおうちに飾るよ」
「えへへ…」
 山田先生はにっこりと笑顔を見せて智君の頭を撫でました。それを照れながら受けている智君を三太郎君も楽しそうに見ています。そうして一旦先生用の机に絵と折り紙を置いて、山田先生は智君と隣にいる三太郎君に声をかけました。
「じゃあおやつの時間だよ。皆に手を洗う様に言ってくれるかな?」
「うん!」
「まかせてよ!」
 そう言うと二人はほし組のお友達に声をかけて、皆で手を洗っておいしいおやつを食べた後はお母さんたちがお迎えにやってきて、今日も一日楽しく終わりました――


――おまけ――
「どいがきせんせー!」
 パタパタと廊下を走る音と一緒に、ほし組に帽子が特徴的ないぬ組の守君が、画用紙を持ってやってきました。守君は土井垣先生が大好きなのです。土井垣先生はいつもの守君の勢いに苦笑いしつつも好かれるのは嫌ではないので、優しく言葉をかけます。
「守、どうしたんだ?」
 守君は、土井垣先生の優しい笑顔にもじもじしながらも、丸めた画用紙を差し出します。
「これ…どいがきせんせーにあげる」
 土井垣先生は差し出された画用紙に描かれた自分の似顔絵を見てにっこり笑うと、守君の頭を撫でながら優しく言葉をかけます。
「ありがとう…守」
「うふふ」
「あま~い!甘いぞ不知火!」
 楽しそうな二人の間に割って入る様に強気で大きな声が響き渡ります。土井垣先生はその声の主を見るとげんなりした表情になりました。その声の主は犬飼小次郎先生。いぬ組の先生で、守君のある意味ライバルです。小次郎先生は強気な口調のまま大判の画用紙を広げて見せ、口を開きます。
「そんなガキのお絵描きなんざ土井垣にやるんじゃねぇ!やるならここまで徹底してやれ!」
 そこにはクレパスの柔らかい色彩で描かれた、土井垣先生のある意味肖像画と言っていい程緻密な上に…何というかメルヘンチックに描かれた似顔絵が。小次郎先生は勝ち誇った口調で言葉を続けます。
「どうだ土井垣、お前をこれだけ美しく描けるのは俺だけだぞ?それだけでも俺に惚れるだろう!…さあ、遠慮はいらねぇぞ。俺の胸に飛び込んで来い!さぁさぁさぁ!!」
「…」
 そうして絵を押しつける小次郎先生の絵を、土井垣先生は受け取って見てため息をついた後…
「…さて…と」
「ちょっと待て土井垣!どこから出しやがったその塩とゴミ袋!」
 そう、土井垣先生はゴミ袋を手にして小次郎先生の絵を捨てようとしていたのです。慌てて止めようとする小次郎先生に、土井垣先生は冷たい口調で返します。
「守の絵はとっても優しい気持ちがこもっていていい絵だが、お前の絵は何か変な念が籠っていそうだからな。塩で清めた上で焼却処分して、成仏させてやる」
「どいがきせんせー…」
「おい土井垣、そりゃないだろ!捨てるくらいなら、俺が家の部屋に飾る!返せ!」
「それも更に変な念が込められそうだから断る!…さあ、景気良く成仏してもらうか」
 土井垣先生の気持ちに守君は嬉しそうに笑い、小次郎先生は慌て、土井垣先生は守君には優しく、小次郎先生には冷たい態度をとります。それを見ていたサチ子先生が、呆れた様に呟きました。
「…まあ、いつもの風景だけど。…幼稚園児をライバル視して同レベルで張り合う大人、しかも幼稚園教師ってどうなのかしら…」

――笑いあり、ほのぼのした小さな恋あり、たまにはいざこざもあるけれど、それも楽しく笑顔が一杯。そんな楽しい所、ドカベン幼稚園――