「じゃあ、また明日な!」
「うん!また遊ぼうぜ!」
 夕暮れ時。家路を急ぐ子供達の嬌声。子供達はだんだん一人、二人とその集団から離れていき、そして二人の少年が残った。
「あー、今日は楽しかったなぁ!」
「そうだね。でも政宏、今日これから塾だろ?大変だね」
「そういうお前だって大変だよなー」
「何が?」
「明日はお前、学校終わったらすぐ帰って格闘技の稽古だろ?ほとんど毎日稽古なんてよく嫌になんねぇよな」
「全然。おれ、楽しくてしょうがないんだ。それに、うちの古武術は他の人にはできないしね」
「ホントお前、強いもんなぁ」
「父さんはもっと強いんだ。おれも早く父さんみたいに強くなりたいなぁ」
「えーっ!?冗談はよしてくれよ。お前これ以上強くなったらバケモンだぜ!」
「冗談じゃないよ。だって強くなきゃ大好きな人を守ってあげられないじゃんか」
「…お前時々すげぇ事言うよな。ま、いっか。じゃな、明日学校で会おうぜ」
「うん、じゃ明日な」
 少年は友人と別れると、家に向かって歩き出した。しばらく行くと、茜色に染まる河原に一人の少年がぼんやりと立っていた。自分と同い年くらいだが、少し大人びた感じにも見える寂しそうな瞳が印象的な少年―。少年はこちらの視線に気付いたのか、ふと振り向いた。二人の視線が重なる―。こちらが笑いかけると、少年は少し驚いた様に彼を見つめた。
「ねえ君、どうしてこんな時間にこんなとこに立ってるの?」
「…別に…」
「君、この辺の子じゃないよね。どこから来たの?…あっ、君ケガしてるじゃないか!!」「うるさいな!あっちに行けよ!」
 彼がその少年に近付いて手を取ると少年はそう言ってその手を降り払った。その時、その少年の手から青い炎が立ちのぼる。
「あっ…」
 『しまった!』という表情を見せた少年。しかし彼は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに嬉しそうな顔になり少年に話しかける。
「ねぇ、君も炎が出せるんだね」
「…『君も』って?…」
「おれも炎が出せるんだ!ほら」
そう言うと彼は自分の手から赤い炎を出した。少年は驚いた表情で彼を見詰める。
「…あ…」
「ね!でも炎が出せるのはおれ達だけだと思ってたけど、他にもいたんだなぁ」
 驚いた表情を見せる少年に、興奮した様子で彼は話しかける。
「…おれ達?…」
「うん。うちでこれができるのはおれと父さんとおじいちゃんなんだけど…君のうちは?」
 彼の言葉に少年もつられたのか口を開く。
「うちは、母さんもできるよ」
「へぇ、すごいなぁ!…あ、ごめん。初めて会ったのにこんな話しちゃって」
「ううん、別にいいよ」
「でもうれしいなぁ!他にも炎が出せる人がいたんだ!」
「そうだね、僕もうれしいよ」
 少年はそう言うと微笑んだ。
「あっそうだ!ケガしてたんだっけ、君」
 思い出した様に声を上げる彼に、少年は微笑んで応える。
「大丈夫だよ、これ位いつもの事だから」
「いつもの事って…」
 そう言うと少年は少し表情を曇らせる。
「うん、色々あるから…」
「ふうん…ちょっと待ってて、手当てしてあげるよ」
 そう言って少年の方を見ると、少年は不思議そうな顔をして彼を見つめていた。
「…どうしたの?」
「…初めて会った僕にどうしてこんなに親切なのかなって思ってさ」
「ん…なんか気になったんだ、君が。どうしてかな」
 そう言うと彼は笑った。つられて少年も笑う。と、すぐそばから可愛らしい声。
「にーさま、こんなとおくまできてたの?紫野、おむかえにきたのよ」
 ふと下を見ると、そこに声の通りの女の子が立っていた。少年は中腰になって女の子と目を合わせ、話しかける。
「紫野、よくここだって分かったね」
 少年の言葉に、紫野と呼ばれた女の子はにっこり笑って答える。
「そーよ。紫野はにーさまのことならなぁんでもわかるのよ」
「でも外に出て平気なのか?熱が下がったばっかりだろ?」
「だいじょうぶ、とーさまもいっしょだもん」
「父さんが…?」
 ふと少年が女の子の後ろを見ると長身のまだ若い感じの男性が走ってくる。
「はあ、はあ…、紫野は速いなぁ、でもはしゃいでまたお熱が上がったらお祖母さまにしかられるぞ」
「父さん…」
「ああ庵、母さんが心配してたぞ。さ、帰ろう…おや、そちらの子は…」
 少年の父親は彼の目を見詰め、頷いた。
「…そうか…」
 その様子に二人の少年は不思議そうな表情をする。
「父さん、どうしたの?」
「あの、おれが何か…」
「…えっ?…いやごめん、ちょっとね。ええと…君は庵の友達かい?」
「父さん違うよ、この子は…」
 少年があわてて否定しようとすると、彼はそれをさえぎって口を開いた。
「はい、そうです。ついさっき友達になりました」
「えっ、君…」
 少年は驚いた表情を見せるが、彼は笑って続ける。
「そうだろ?」
「そんな、僕…」
「え?君はそう思ってくれないの?」
「…いいの?」
「あたりまえだろ?」
 少年の父親はそんな二人の様子を優しい目で見詰めていた。
「庵、よかったなぁ。友達が増えて」
「うん!…あれ?紫野どうしたの」
 見ると紫野と呼ばれた先程の女の子がポロポロと涙を零している。
「わかんない…わかんないけど、にーさまとそっちのひとみてたらかなしくなってきちゃったの…」
 少年二人は不思議そうに女の子を見詰める。彼女の父親のみがその意味を分かったようだった。
「そうか…大丈夫だよ紫野、悲しいことなんて何にもないから」
「とーさま…」
 彼は紫野の頭をなでると二人と手をつないだ。
「さあ庵、帰るか。君ももう遅いから帰りなさい」
「はい。…じゃあね、またすぐ会えるかな」
「そうだね、きっと会えるよ…あっそうだ、君の名前を聞いてなかったよね。何ていうの」
「京…草薙京っていうんだ」
「僕は庵…八神庵だよ。じゃ京、また会おうね!」
「うん!きっとだよ、庵!」
 少年達は心底嬉しそうな笑顔を見せると、それぞれの方向に歩き出した――


――これは茜色の景色の中に封じられた記憶…哀しい運命が動き出す、ずっと前の物語――