春三月、今日は明訓高校の卒業式。里中は寄せ書きやプレゼントや握手や攻撃やボタン争奪戦から抜け出し山田を探して野球部の合宿へ足を運ぶ。思った通り、新たなるレギュラーを待ち、静かなたたずまいを見せている合宿の自分達の部屋の前で、その思い出を懐かしむかの様に山田は立っていた。里中はその山田に近づくと声をかける。
「山田」
「里中…」
 突然の里中の登場に山田は驚いた表情を見せる。里中はそんな彼に笑いかけながら問いかける。
「何してたんだ?」
 里中の問いに、山田はゆっくりと答える。
「卒業を…実感してたんだ」
「山田」
「ずっと…続くと思ってた。岩鬼や殿馬や三太郎と…そして何よりお前との時間が…でも、それももう終わりで…皆別れ別れになるんだって…改めて実感してたんだ」
「そっか…」
 里中は山田の想いを知って自分もふっと寂しい気持ちになったが、それ以上に自分の思っていた事を実行しようと彼に提案をする。
「なあ…山田、校舎の屋上へ行こうぜ。ちょっとやりたい事があるんだ」
「『やりたい事』?」
「ああ。だから行こうぜ。きっと…お前も喜んでくれる話だから」
「何だか分からないが…分かった。行くよ」
 そう言うと二人は女生徒達の眼をかいくぐって階段を駆け上がり屋上へ出る。屋上へ出ると、里中はポケットからタバコの様な物を山田に差し出す。
「ほら山田、これ吸えよ。すっきりするぜ」
「お…おい、里中、俺達未成年なのにタバコなんて…」
 慌ててそれを返そうとする山田の手の中に里中は笑ってそれを入れて言葉を紡ぐ。
「何言ってんだよ。よく見ろよ、それは禁煙パイプのミント味。俺一時期受験勉強してただろ?その時に眠気覚ましに使って気に入ったんだ。吸うと気分もすっきりして目もさめるぜ。吸ってみろよ」
「あ…ああ」
 そう言うと山田は言われるままにそのパイプを吸う。清涼感あふれる空気が山田の口に入って来て、ふっと彼は今までの寂りょう感から微妙に気持ちが切り替わる。それを察した里中も同じパイプを吸い始め、二人に沈黙が訪れる。そうしてしばらくパイプを吸いながら二人で黙って屋上の空や下に広がる景色を眺めていたが、やがて山田は里中が何故自分をここへ連れて来たのかという基本的な疑問に突き当たり、それを問いかける。
「なあ…里中」
「何だ?山田」
「お前…何でここに俺を連れて来たんだ?」
 山田の問いに、里中は一呼吸おいて、静かに言葉を紡ぎ出す。
「山田…さっきお前は皆と…何より俺と別れ別れになるって言ったよな。もしかしてお前…これで俺とのバッテリーの縁は終わりだって思ってないか?」
「…里中」
 山田は正に自分が思っていた事を言い当てられて絶句する。絶句する彼に里中は小さくため息をついて応える。
「…やっぱりな」
「里中…その…俺は…」
 山田は里中が持ったと思われる誤解を解こうと必死に言葉を探して狼狽する。しばらく里中はそれを見つめていたが、やがてくくっと笑って声を上げた。
「ほんっと、お前って正直だよな~!」
「里中?」
 里中の態度の意味が分からず更に狼狽する山田を、ふっと真剣なまなざしで見つめると、里中はまた言葉を紡ぎ出す。
「…俺を見くびるなよ」
「里中…?」
「確かに今は別れ別れになった。でも俺はいつかお前とまたバッテリーを組めるって思ってるぜ。この別れ別れの期間は、その時にもっといいバッテリーになるための修業期間なんだって…言っただろ?俺とお前がバッテリーを組むのは『運命』だって」
「里中…」
 またしばらく静かな沈黙が訪れ、やがて山田が呟く。
「そうだ…そうだよな。俺達は『運命』でつながれたバッテリーだったよな」
「ああ…でもこんな事言うの照れ臭いからさ、ここに呼んだんだ。それから…もう一つ…これを」
「…え?これは…」
 里中が差し出したのは一枚のルーズリーフ。そこには『いつかまた俺達がバッテリーを組める日まで、そしてまた組む時には更に一流でいられるように』と書かれていた。その紙を里中は器用に紙飛行機の形に折り、言葉を紡ぐ。
「これを…二人で飛ばそうと思って。空に願いを込めたらきっと神様が早く願いをかなえてくれるんじゃないかって…いい加減俺もロマンチストだと思うけどさ、そう思ったんだよ」
「里中…お前…」
 里中の自分を想う気持ちに、山田は胸が一杯になる。そしてふっと笑うとうなずいた。
「ああ…飛ばそう。二人で」
「じゃあ…行くぜ」
 そうして二人は紙飛行機を屋上のフェンスから空へ飛ばす。その紙飛行機はいつまでも、いつまでも空を飛び、二人はパイプを吸いながらそれをいつまでも空と共に見詰めていた――

――そして――
「ほら、願い…叶ったろ?」
 新球団でチームメイトになる事が決まった帰り道、里中は人込みをかき分けながら山田に振り返り言葉を紡ぐ。
「ああ…そうだな」
 山田も笑って頷きながら、二人で街の空を見上げる。そこに二人はあの日の紙飛行機が見えた気がした――