12月も半ばになった日曜日の都内某地下鉄の車内。山田と里中は骨休めと自分達の家族へクリスマスプレゼントの購入を兼ねて二人で都心に出てきていた。骨休めがてらとはいえこうして主だった繁華街を巡ってそれぞれに合ったプレゼントを考えながら買うのは中々大変ではあるが、同時にそうした形で手に入れたプレゼントを贈った時の相手の反応を想像するとその大変さがとても楽しく幸せである事は二人とも良く分かっていて、同時にお互い自分が贈る相手に思っているイメージを出しながら二人でああでもないこうでもないと言い合いながら選ぶ事もとても楽しいと思っていた。そんな気持ちで次の目的地に向かうために今こうして地下鉄の乗客になっているのだが、途中の駅で少し離れたドアから乗車してきたカップルらしき男女二人連れが目に入った時、里中はその二人がふと気になる感覚を覚えていた。この日この場では特に珍しくない存在がどうして気になるのだろうとそれとなくその二人連れの様子を伺いながら首を捻っていると、その様子に気づいた山田がその視線の先の存在を認め、ふと里中に問いかける。
「…なぁ、里中。あそこにいる二人連れ…土井垣さんと宮田さんじゃないか?」
「えっ?…ああ、そうか。確かに土井垣さんと葉月ちゃんだ」
 山田の言葉で里中は改めて二人をよく見て、彼も山田が言った事が当たっている事を理解する。その二人は確かに土井垣と彼の許嫁であると同時に里中の幼馴染でもある葉月だった。しかしいつも頻繁に顔を合わせている二人なのに何故一見して分からなかったのかと彼は考えて直ぐにその理由に辿り着く。葉月は長い髪を下ろしてベレー帽を被り、ウールのショートコートに合わせたマキシ丈のフレアースカートとローヒールのショートブーツというプライベートで彼女が着ている定番に近いスタイルだったが、土井垣はいつものラフすぎるほどラフな(言ってしまえば少々どころではない位センスに難がある)姿ではなく、ボトムはデニムパンツにスニーカーと変わらずだが、トップスは割合かっちりとしたネイビーのストライプシャツにウールのテーラードジャケットを羽織り、被っている帽子もいつもの野球帽やニットキャップではなくやはりウールの中折れハットといういつもなら考えられない洒落っ気を前面に出していたからだ。甘い笑顔をお互いに見せながら寄り添い合って楽しそうに話しているそんな二人は傍から見ても中々にお似合いで、山田と里中はそんな二人を苦笑混じりに微笑ましく見守りながら囁き合う。
「…土井垣さんがあの格好であの笑顔。絶対葉月ちゃんの好みで買ったんだぜ?あれ」
「いつもの土井垣さんだったら絶対しない格好だしな。まあでもいいんじゃないか?いつもの格好であの宮田さんと一緒にいたら折角土井垣さんのために精一杯お洒落してるだろう宮田さんが悪目立ちするだろうし」
「あの葉月ちゃんの格好で土井垣さんの『いつもの』ファッションと並ぶなんてある意味罰ゲームだもんな。まあ葉月ちゃん本人はそういうの全然気にしない子だからいいのかもしれないけど、傍から見たら可哀想だし。それに土井垣さんも何だかんだで幸せそうだからまあいいか」
「だな」
 そんな風に二人の観察にいつの間にか夢中になっていた山田と里中はうっかり自分達が降りようとしていた駅から乗り越してしまった事に気づく。自分達の目的地を過ぎてしまった勢いと滅多に見られない土井垣の姿やそうした二人がこれからどういう行動をとるのか見てみたいという興味本位が膨らんだ里中と山田は結局そのまま土井垣達を陰から観察する事にしてそのままこっそりと二人に着いていった――

 二人は里中達の目的地だった駅から少し先の駅で地下鉄を降りると、寄り添い何か話しながら迷う事なくまっすぐ広い駅構内を歩いてその中の出口になっている階段の一つを上っていく。山田と里中も二人で話しながらそれとなくその二人を気付かれない様にやはり追っていく。
「…俺、ここにはあんまり来ないから知らなかったけど、少し中心から離れてる割に駅は結構広いんだな」
「だな。…それから何だか少し甘い…シナモンみたいな匂いもしてないか?」
「ああ、確かに。でもこの匂いの元って何だろう…まあいい匂いだから別にいいけどさ」
 そんな事を話しながら山田達も二人が上った階段を上り、目の前に広がる広い道路を見回して先に上った二人を探す。休日のためか催し物も行っていたためもう一歩で見失いかけたが運良く見失う直前に二人の後ろ姿を見つけ、素早く見失わない程度の距離を保つ形でまた後を追う。二人は催し物の出店を時折立ち止まって覗き込みながら歩いて行き、更に先に進んだ交差点を渡った所にある神社らしき建物の入り口に続く階段を上っていく。彼らも続いて上っていくと、上り切った所にある境内は見れば女性には子供がいるのだろうと察せられるふっくらしたお腹をした夫婦らしき男女や赤ん坊や小さな子供を連れた家族達でごった返していた。そしてその参拝者達のほとんどは社のお参りはもちろん加えて祈祷を受けている。そんな中土井垣達も中にいる子供達を微笑ましく見守りつつ時折話しかけてきたりはしゃいでいてうっかりぶつかってしまう子供達の相手をしたりそんな子達の親や夫婦らしき男女に謝罪も含め話しかけられて照れた様子を見せ言葉を返しながらも二人で参拝をした後、境内の隅にある看板を二人で眺めながら楽しそうに何やら話し始めた。狭い境内とはいえ人が沢山いるおかげで自分達の存在が二人に気付かれない事に安堵しながらも目の前に広がる普通の神社とは明らかに参拝者の層が違っている理由と、何故二人がここに来たのかが分からず怪訝に思いながら里中と山田は境内を見回していたが、やがて里中が境内にあった親子の犬の銅像に気付いて手をポンと叩きながら声を上げた。
「…ああ、そうか!」
「どうしたんだ、里中」
 自分の反応を見て問いかけてくる山田に、里中は照れ半分の表情と口調で説明する様に言葉を返す。
「あの像で思い出した。ここって…その、安産とか子授け……に御利益があるって有名な神社だよ。俺がサチ子と結婚してすぐ位にうちのおふくろとお前のじっちゃんで確かここに…その、参拝と祈祷してもらいに行ったって…言ってて、境内の写真も見せてくれたから、その…俺も知ってるんだけどさ」
「…あ、ああ。そう言う事か。…道理ですぐ下の出店の売り物が『ああいう物』だった訳だ」
 山田もここにいる参拝者に足してこのすぐ下の出店の品が他ではほとんど見ない『産着』だった事を思い出して赤面しながら同意しつつ、改めて里中に言葉を掛ける。
「…って事は、その…土井垣さんと宮田さんも、ええと…『そういう』理由で来たって事なのか…?実質はどうあれ一応籍はまだ入れてないのにあの二人の性格でそういう事を願いはしないと思うんだが」
「だよな。何で…ああ、そういう事か。山田、二人が今見てる物お前も良く見てみろよ」
「どういう事だ?…ああ、二人の目的は『あれ』か。なら分かる」
 問いかけた山田に対して二人が眺めている物を確かめる形でそっと『それ』が見える位置に回り込んで見た里中の言葉に応じて、山田も同じく『それ』を見て納得する。『それ』はこの神社にちなんでだろうか、ボランティア団体に保護されて里親を募集している犬達の写真だったのだ。少し残念そうにしながらも全体的には楽しそうに写真を眺めながら話している葉月とそんな彼女に優しく相槌を打っている土井垣を観察しながら山田と里中も口々に話す。
「…宮田さん、そういえば犬はもちろん動物全般大好きだしな。小次郎監督からも嵐の写真もらったり話良く聞いてるらしいし、住んでる部屋はペット飼えるけど仕事が仕事だから責任もって世話できないって飼うのを我慢してるんだっけ」
「それに葉月ちゃんがちっちゃい頃から大学の時に死んじゃうまですごく可愛がって飼ってたシロちゃんの思い出がまだはっきりしてて、飼えたとしてもそのシロちゃんと比べちゃって新しい子をちゃんと受け入れられるかって躊躇してるのもあるみたいだぜ」
「『シロちゃん』って、宮田さんが前写真見せながら話してくれたあの柴犬っぽい白くて耳が垂れてる犬か。確かに可愛かったし写真を何枚か見ただけでも宮田さんが心底可愛がってたのがよく分かったな」
「おじさん達が「シロだって子犬の時捨てられてたのを拾ったんだし、こういう所から引き取るなら飼ってもいいかな」って言ってくれたのも「今はお父さん達二人暮らしでお世話も大変なんだから無理しない方がいいよ」って止めてるらしいし。それも確かに本音なんだろうけど、俺もシロちゃんが生きてた頃良く一緒に遊んでたからシロちゃんの人なつっこくて基本頭がいいのにちょっと抜けた所もあったキャラを知ってるし、そんなシロちゃんをすごく可愛がってた葉月ちゃん思い出すと、あの子と同じかそれ以上に可愛がれるかって葉月ちゃんが悩んで新しい子を飼うのを躊躇するのも分かる気がするぜ」
「へぇ…それだけそのシロちゃんが可愛くていい子だったのも確かなんだろうけど…融通効かないって言われそうでも飼うならそれだけちゃんと世話して可愛がりたいって考える所は真面目な宮田さんらしいって言えばらしいよな。…っと、また移動するらしいぞ」
「みたいだな」
 山田の言葉に里中も二人を見ると、二人が次の目的地に向かうらしく裏口の階段を降りていくのが目に入ったので、彼らもまたそれとなく後を追う。二人は裏道から元来た交差点を戻る形で渡り、その先にある菓子店で人形焼きを二箱とバラ売りで二個買い、バラで買った物を二人で一つずつ分けると楽しそうな笑顔で食べながら更に道を歩いて行く。山田と里中も同じ様にバラ売りの物を買って食べてみると、皮の程よい弾力に包まれた素朴な甘さの餡の味に加えほのかなニッキの香りが広がって全てが口の中で調和し、とてもおいしく味わうともに駅に辿り着いた時に香っていた香りの主はここだったのだと理解した。
「…ああ、駅のいい匂いってここから来てたんだ。確かに駅の入り口がすぐ傍にあるし、店自体も駅の真上にあるみたいだしな」
「これすごくうまいな。じっちゃん達に買って行こうか」
「ああ、そうだな」
 そんな事を話しながら自分達も更にお土産として一箱買うと二人を更に追っていく。二人は先程と同じ様に大通りを並んでゆっくり歩きながら道々の店で気になる所を眺めたり店内へ入ったりしている。安産祈願の神社が傍にあるからか、通りの服飾店も普通の服だけではなくマタニティウェアや産着も多種多様に取り揃えていて、元々下町でもあるせいか店の人間も気さくに通行人に声を掛けているためその雰囲気から夫婦だと思われたらしい二人もそうした店の人間に声を掛けられているが、二人はそんな店の人間の勘違いに照れた様子を見せつつも何故か否定はせず、二人でマタニティウェアやベビー服も含めた服の数々を眺めては幸せと面映ゆい感情が同居した甘い表情で何やら色々話していた。また劇場が少し離れた場所にあるためか舞扇も含めた和紙を扱う専門店等もあるためその店にも入って店の人間に色々話を聞いたりして、デートとしてもそうだが、そうではなくともこの町を満喫している風情だ。そんな二人を追いつつ山田と里中もこの町をそれなりに楽しんでいた時、二人が不意に途中の路地へと逸れていく。何かあるのだろうかと彼らも続けて同じ様に入っていくと、その路地の終点の少し広めの路地沿いに香の店舗があり、二人はその店に入って、しばらく後に店で何やら買ったのか葉月が幸せそうな表情で提げていたトートバッグに小ぶりの包みを丁寧にしまいながら店に入った時と同じ様に二人で店を出てきた。里中達は少し距離が近づいてしまったので見つからない様に身を隠しながらも二人でボソボソと話す。
「…宮田さんのあのとろけそうな笑顔。絶対土井垣さんに何か買ってもらったんだろうな」
「葉月ちゃん、香水は苦手だけどこういうお香とか匂い袋とかは大好きだからな。土井垣さんも『自分の国の物だからか、こっちは香水程苦手とは思わんな』とか何とか言ってるけど、実際は葉月ちゃんが大好きなのに自分が嫌がったら悪いだろうって合わせてるうちに慣れた…っていうか自分もそれなりに気に入ったらしくて最近は時々自分用に買ってるらしいし」
「ああ、本人の元々の仕事柄こういう物についても造詣が深い義経に色々聞いたりしながら知識を増やして、最近はハーブやアロマも含めて宮田さんと一緒に色々楽しんでいるらしいな」
「それだけじゃなくて多分葉月ちゃんのためにこういう知識をずっと前からばっちりマスターしてる『ライバル』に対抗してる面もあるんだろうけどさ」
「まあ、きっかけがどうあれ楽しんでいるならいい事じゃないか?」
「まあそうだけどな。…そうだ、ここの品物とかも後で見てプレゼントの候補に入れようぜ?お香もそうだけど香立てとかも最近は実際に使わないで置いておくだけでも可愛いのとか結構あるじゃん」
「ああ、確かにそれもいいな。それだけじゃなくてお互いの親の墓に供える線香もたまにはいい物を使いたいし」
「それもそうか。じゃあここはまた後で寄るって事で」
 そんな事を話しながら彼らは気付かれない様にまた二人を追う。二人は路地から大通りに出ると道路を渡り、傍にあった歴史を重ねていると一目で分かる喫茶店に入っていった。外の看板を見るとどうやらこの喫茶店はこの町と縁が深い文人が愛していた喫茶店らしい。店構え自体も町の喫茶店らしく小さかったため二人に気付かれてしまう事を危惧して彼らは店に入れないため、外から様子を伺う形でまた話す。
「『ライバル』の葉月ちゃんに対する理解度には負けるかもだけどさ、それでもさすが土井垣さん。ここのコーヒーが美味しい位は当然として、それに足した雰囲気とかも葉月ちゃんの好みばっちり押さえてる」
「確かに宮田さんは『皆で賑やかに食事』の時はともかく、一人とか二人でお茶飲んで過ごす時にはこういう昔ながらの静かに落ち着ける店が好みらしいからな」
「多分中では二人でのんびりおいしいコーヒー飲みながら、砂糖入れる代わりに今日の事含めた甘~い会話してるんだろうな。…でもさ、最初に結婚話が上がってから年単位過ぎてる上にここまで普段はべったりなんだからいい加減土井垣さんも籍入れちゃえばいいのに、どうしてこんなに葉月ちゃんを待たせるんだか。葉月ちゃんが必要以上に我儘言わない子なの分かってて、一遍俺らが土井垣さんの鈍さを煽った時だって土井垣さんをかばう形で葉月ちゃんがキレた後もこれじゃ、葉月ちゃんの本心がどれだけ分かっててもやっぱり可哀想になってくるよな」
「…もしかして、普段からこんな風に夫婦同然の過ごし方してるせいで、土井垣さん籍まだ入れてない事自体をすっかり忘れてるんじゃないか?」
「『そんな事ある訳ないじゃん』って笑い飛ばしたいけど…土井垣さんだと何だかあり得そうで何となく嫌だな」
「…だな」
 そう言って彼らがため息を吐いた所で二人が笑顔で店から出てきて、葉月が腕時計を示しながら何やら土井垣に話しかけ、土井垣もそれに応じて頷くと、足早にまた乗ってきた地下鉄の入り口へと歩を進めていく。彼らもそれで周囲が薄暗くなっている事に気づき自分達の時計を見ると、いつの間にか夕刻になっていた。彼らは二人をそれとなく追いかけながらもこれからどうするか考える。それぞれ家族に対しては帰りが遅くなる事も見越して夕飯の用意はいらない旨伝えてあるためまだ帰らずとも大丈夫ではあるが時間帯を考えると今後の『二人の行動』は普段通りなら大方予想がつくためこれ以上追いかけるのは野暮というものだ。それでも今回の二人の行動が彼らには何か引っかかっていたのだ。彼らはそれぞれその感情を口にする。
「…この時間だからさすがにもうどっちかの部屋へ帰るんだろうし。…後は二人の時間にしてあげた方が親切だよな」
「しかし、さっきの宮田さんの様子だとまだどこかに行く様な感じにも見えたんだが」
「ああ、山田もそう見えたんだ。…どうする?」
「…」
 二人は少し考えた後、その『答え』を口にした。
「…もう少し追いかけてみるか」
「ああ」
 そうして彼らは二人を更に追う事にして、二人を追って地下鉄に乗る。そうしてやはりそれとなく二人の様子を伺いながら地下鉄に乗っていると、最初に二人が乗ってきた駅をとうに通り過ぎても二人は降りず、更に先の駅で乗り継いで最終的に降りた駅は何と外苑前。確かに青山通り沿いにはファッションビルなども建ち並び、この時期はイルミネーションも点灯していてデートにはもってこいの場所とはいえ、同時にこの辺りはチームメイトである立花光の地元であり、その光も今丁度下宿先の山田の家から実家に帰っているのだ。それを考えればわざわざチームメイトのホームグラウンドに足を踏み入れて出くわすリスクを負ってまでここで過ごす理由はないはず。それなのに何故ここで降りたのだろうと二人は更に不可解に思いながら話し合う。
「…土井垣さん、何の理由があってここに来たんだろう。『あの』光と『こういう時』に出くわしたら何かと面倒だろうに」
「…それとも実際光本人に用事があるのか?…にしても時間的には少し遅いし、宮田さんが着いて行くまで急ぐ様な用事ってそうないだろう。かといって神宮球場にはもっと用事なんてないだろうし」
 そんな風にボソボソ話しながら二人を追いかけていると、二人は駅から少し歩いた路地にある古びたビルの前で何やら待つ様に並ぶ大勢の人間の一員になり、並んでいる人間とも気さくな笑顔で話しながら同様に何かを待ち始めた。ビルの前の路地は広くて見晴らしが良いので少し離れた物陰に隠れながら様子を伺っていると、しばらく後に件のビルの地下からかなりの人数の人間が出てきて、二人を含めた並んでいる人間達に気さくに挨拶をしながらこちらに歩いてくるのと同時に並んでいた人間が入れ替わる形でビルの地下に入って行く。訳が分からず二人が立ち尽くしていると、ビルから出てきた人間の中で一番小柄な男性がすれ違いざま二人に対して何故か気さくな笑顔で『よっ』と片手をあげてきた。更に訳が分からなくなりながらも彼らは目を白黒させながら何とか男性を含めた集団に会釈をして見送った後、二人でまた話し合う。
「…何だったんだあの人。全く面識ない俺らにあんな態度とるって」
「俺達がプロ野球選手だからって訳じゃなさそうだったが…ああいう風にされると何でああしたか気になって仕方がないな」
「その理由を知るとしたら…あのビルに行くしかなさそうだよな」
「だよな…行ってみるか?」
「ああ」
 最初は興味本位で土井垣達の観察をしていたはずなのに最後の最後にまるで今までの彼らの行動を知っていたかの様に二人から『トラップ』を仕掛けられた様な気がして何となく悔しい気持ちもあったが、先刻の『謎』を解かずに帰宅するのも何となくすっきりしない気がした二人はその『トラップ』にあえて踏み込む様にビルの地下に入って行った。

 階段を降りて開いていたドアをくぐると、そこはこぢんまりしたレストランで、またフロアの最前面には何本ものギター・ドラムセット・キーボード等が並んでいる所を見るとどうやら音楽も聞かせる所らしい。そして店内はテーブルやソファ席はもちろん臨時に置かれただろう丸椅子も全て埋まり、立ち見の客も数多く店のキャパシティの限界まで客を詰め込んでいる状態で、店員もその客の対応で忙しく立ち働いている。そんな中女性の店員が不意に彼らに声を掛けてきた。
「あの、申し訳ありませんが…そちら様は土井垣様のお身内でしたよね。ご予約か…土井垣様から追加の予約を頂いておりましたでしょうか」
 店員の問いに山田が申し訳なさそうに答える。
「あ、ああすいません。俺達は予約してなくて…」
「そうですよね、土井垣様のご予約はいつも通りお二人で承っておりますし。…大変申し訳ないのですが本日はご予約で席が一杯でして…立ち見か、あるいはお二人なら何とか詰めて土井垣様とご相席をお願いする事になりますが…よろしいでしょうか」
「あ、ああそうですか。でしたら立ち見…」
「うわっ!山田、里中もか!お前ら何でここにいる!!」
 店員に言葉を返そうとした時、何の偶然か店員の背後を通ろうとした土井垣が彼らを見つけ驚いた声を上げる。その言葉に二人はそれぞれ言葉を返す。
「いえ、クリスマスプレゼント買いに来たら偶然土井垣さんと宮田さんを見つけたもんで何となく着いてきたんですけど」
「そうしたらここに入ったんでじゃあ俺達も入ってみるかってつい」
「…」
 土井垣は彼らの返答に額を押さえてため息を吐くと、店員に言葉を掛ける。
「…今日の様な忙しい日にこんな乱入をさせて申し訳ありません。こいつらは自分が引き取りますんで、相席にしてもらっても大丈夫ですか」
 土井垣の言葉に店員はにっこり笑って言葉を返す。
「はい、丁度そう申し上げていた所でしたのでそうして頂けると助かります。狭くなって申し訳ありませんが…お願いできるでしょうか」
「はい、こちらが悪いのですからかまいません。こちらこそお願いします」
「では席にお二人分の丸椅子をお持ち致しますね」
「じゃあお前ら…こっちに来い」
 土井垣は渋い口調でそう言うと二人を促して右前方のソファ席へ二人を連れて行く。そこに座っていた葉月も彼らを見ると心底驚いた表情で目を丸くしながら経緯を聞いてきた。
「智君に山田さん…どうしてここにいるんですか?」
 土井垣は葉月の隣に、二人は丁度運ばれてきた丸椅子に腰を下ろすと里中が代表してそれまでの経緯を葉月が気を悪くしない程度に話す。それを聞いた葉月は恥ずかしげに顔を赤らめながらも楽しそうに言葉を返す。
「そうだったんですか…じゃあこんな形になったんですし折角ですから楽しんでいくといいですよ。今日はこのアーティストさんの忘年会兼ねた年に一度のゲスト勢揃いの大イベントですから。それにその方野球好きで曲のモチーフにしたりもしてますから山田さんと智君が来たのもきっと大喜びですよ?…ただしそんな日ですから終電には気をつけて下さいね。毎年楽しすぎて時間忘れたお客から何人か帰宅難民が出ますんで」
「そうなんだ。で、土井垣さんが葉月ちゃんに連れられて良くここのライブに来るから店の人もアーティストの人も俺らの事も分かったって事なんだな」
「じゃあ、さっき声を掛けてきた人が今日のアーティストの誰かって事になるのか」
「そんな事があったんですか?だとするとそれ誰かしら…まあ後で分かる事だからそれはお楽しみで」
「それもそうか」
「…お前ら、俺達の邪魔をしに来た割には随分と葉月に取り入って和んでいるな」
「まあまあ土井垣さん、もうこうなったらしょうがないじゃないですか。折角ですから皆で楽しみましょうよ。…そうだ、この人数ならここの名物全部入ったプレート頼めますよ?まだ食事のオーダーはしてなくて良かった。こんな事そうないんですからそれ頼みましょうよ、それから山田さんも智君も飲み物頼まなきゃ」
「ああ、そうだな」
「ありがとう、宮田さん」
「…」
 折角の甘い時間を邪魔されて不機嫌な土井垣を宥めつつ、それでも皆が楽しめる様に気を遣いながら葉月が料理や飲み物をオーダーすると、四人は(土井垣は多少不機嫌だったとはいえ)楽しく話し始めた。そんな中不意に葉月が残念そうな言葉を零し、土井垣もいまの状況はともかくとして彼女の言葉に同意する様な言葉を重ねる。
「…でも、折角のこの日だったら山田さんと智君だけじゃなくて微笑さんもいたらもっと面白い事になってた気がするなぁ…残念」
「ああ、確かにそれはありそうだ」
「宮田さん、どういう事だ?」
「だって今日のライブの出演者にカープの公式応援ソング作って歌ってらっしゃるアーティストさんがいるんですもの」
「え?嘘」
「いえホントに。…ほら、あの人です。後で名前調べてみて下さい。出てきますから」
「まあそれは関係なく、基本的に俺達の様な人間が来ても騒がれる事はないが、立場上ネタにされる事は覚悟しておけよ」
「…はぁ」
「…何か、俺ら考えてたのとは別の意味で『トラップ』にかかっちまったみたいだな…」


――そしてその後始まったライブは実際とても楽しく土井垣達だけでなく山田と里中も堪能したのは当然だが、同時に自分達に声を掛けてきたアーティストがその日のメインアーティストであり、ライブ中二人が彼やゲスト達に相当ネタにされたのは余談である――