「あ~、午前中は大変だったよな~」
昼時のロッカールーム、スーパースターズの選手達は着替えながら雑談を交わしていた。
「練習ならまだいいけど、健康診断だもんな~面倒だったらないよ」
「しかもあれだろ?体力測定やる業者と別らしくて、日程も別だもんな。更に面倒じゃん」
「何でそういう風になったんだろうな。まあ俺が今まで受けた健康診断の中では一番スムーズだったとは思うが」
「俺は初めてだから分からないけど、球団の健康診断ってどこもこうなのか?三太郎」
緒方の問いに、三太郎は少し考えて答える。
「いや、体力測定が別だって事もあるだろうけど、今回はスムーズな方だと思う」
「へぇ…そういえば岩鬼は一番に受けてたみたいだが、身長測る時にはその帽子、もちろん脱いだんだよな」
国定が岩鬼に問いかけると、岩鬼はいかにも心外だという口調でその問いに答えた。
「何でや、これはわいの身体の一部や。脱ぐわけないやろ」
「でもそれじゃ計測にならないんじゃないか?」
「わいは今までだって脱いだ事はあらへんし、今回も『これは男・岩鬼の身体の一部や』って言ったらちゃんと納得してくれたで」
「本当か~?無理やりねじ込んだんじゃないだろうな」
「何やて?わいがそんな事すると思うんかい!」
「まあまあ…身長って言えば、里中のあれ見たか?」
国定の言葉に怒りそうになる岩鬼を宥めながら、星王がおかしそうに口を開く。その言葉にそこにいた面々は健康診断時の里中の姿を思い出し、爆笑した。
「ああ、あれね。涙ぐましかったよなぁあの底上げ…笑えたが」
「必死に前髪上で束ねてな…結局つぶされてたのが更に笑えたよな」
「その里中はどうした?山田共々まだ帰って来てないみたいだが」
「どうしたんだろうな。もう戻ってきてもおかしくないのに」
「ガキやあらへんし、その内帰ってくるやろ」
「そうだな…そういえばサル、お前も健康診断受けてたよな」
「キ」
「お前のその態度で何にも言われなかったのか?」
「キ」
「…そうか」
「大変だったろうなこれじゃ相手をした方は…」
サルに対する対応の苦労を思い、それでもきちんと対応をしたであろう業者の面々を心の中で尊敬しつつ、一同は今日の健康診断を思い出しながら話に花を咲かせる。
「でも最近の医療ってすごいよな。聴診器胸に当てなくても音が分かるみたいだぜ。今日のドクター、聴診器を胸の前に持ってきただけで『いい音してますね』って言ってたし」
「そうだよな~でも聴力のところでそう話したら何か様子がおかしかったぞ」
「もしかして…本当は聞いてなかったとかだったりして」
笑いながらも疑惑の言葉を紡ぐわびすけに、賀間がその疑いを消す様に声を掛ける。
「まさか。医者がそんな事をするはずないだろう。そんな事をする人達にも見えなかったしな」
「そうだよな~皆個性的だったけど腕も気もよさそうな人ばっかりだったし」
「個性的って言えば、受付の男の人なんか言葉からしてたどたどしかったな…見た目俺達と変わらなかったから実は永年海外生活してた帰国子女とか」
「だったら面白いな。…でもあの人がリーダーだろ?担当の北さんと色々話してたし。中の案内してた女の子も北さんと話してたけど、周りの人間の年齢からしたらまさかあんな若い女の子がリーダーする訳ないもんな」
そこにいた一同が何やかやと話していると、不意に今まで黙っていた殿馬が口を開く。
「…リーダーは多分そうづらが、実際にあそこのリズムを作ってたのは案内の女性づらぜ」
「殿馬?」
「あそこのスタッフは全員、彼女のリズムに合わせて動いていたづら」
殿馬の言葉に一同は会場での事を思い出し、納得した様に言葉を重ねていく。
「そういえば監督が貧血で倒れた時も、あの女の子が真っ先に動いて指示出してたな」
「結構大変そうに見えたけど、受付の人は動かなかったな。確かに」
「『動かなかった』じゃなくて『動けなかった』んづらよ。現場の事は彼女が全部対応してるんだろうづらぜ。あそこで彼女のリズムを変えられる人間は、多分ドクターだけづら」
「へぇ…一見ぽわんとした感じの女の子だったけど、そうだとするとすげぇ娘だったんだな」
一同が感心していると、北がロッカールームに入って来た。
「皆お疲れさん…全員いるか?」
「山田達と監督がまだいませんけど」
「そうか。じゃあいない人間には後で伝えるとして…今の時点で具合が悪くなったり採血した所が腫れたりしている奴はいるか?」
「わいは大丈夫やで」
「俺も大丈夫です」
「俺も今の所は大丈夫みたいだが…何かあったのか」
山岡の問いに、北は説明する様に答える。
「いや、監督はその場で貧血起こしたが、終わった後色々な症状が出る人間もいるそうなんだ。で、監督の様子を聞くために明日向こうの業者から様子を聞く連絡が入るんだが、そうでなくても何かあったら対応するから連絡してくれって監督の対応した女性から言われたんだ。これから2~3日の間に何かあったら俺に言ってくれ。全部向こうに報告するから」
「…ああ、分かった」
北の言葉に、一同は今までの事が全て繋がった気がして納得した様に口を開いた。
「確かに…殿馬の言う通りかもな」
「づら」
「でもこの言い方だと、あくまで俺達はついでだとも聞こえるよな」
「だとすると監督に対する対応、かなり私情が入ってたんじゃないか?今から思うとあの女の子、倒れた監督すごく優しく介抱してたもんな」
「俺達がちょっとからかったら、かなり本気で怒ったし。あの程度ふざけた位で普通はあそこまで怒らないよな」
「そうだよな~だとすると、俺達が倒れてもああしてくれたかな」
「あの時の言葉だとやってくれるだろうが…どうだろう」
「やっと終わった~」
一同が考え込んでいると里中と山田がいつものごとく仲睦まじげにロッカールームに入って来た。
「里中、遅かったじゃないか。山田も付き合ってたのか?」
「ええ、血を採るのに少し里中が手間取ったんで」
「ちょっと不安だったから山田に血を採る時に傍に付いてもらったんだよな」
「…は?」
信じられない言葉に思わずそこにいた一同が言葉を返すと、山田が更に言葉を続ける。
「心電図も入れ替わりで一緒に撮ったしな」
「…よくそんな事許してくれたな」
「え?案内の女の子に頼んだらあっさり許してくれたぜ。心電図の時は狭いからって少し悩んでたみたいだけど、結局は入れ替わりで一緒にやらせてくれたし」
「里中…」
「…まさか、レントゲンまで一緒に撮ったとかじゃないよな」
「それは駄目だったけど…でも山田が終わるまで車の中で待たせてくれたぜ。な、山田」
「ああ」
「…」
チームメイトの呆然とした口調にも気付かずさらりと言葉を紡ぐ里中に、そこにいた一同は頭を抱える。この二人のこうした行動はいつもの事だとは分かっているが、球団内部だけでなくまさか初見の外部が関わってもここまで変わらないとは…一同が言葉を失っているとロッカールームのドアが荒々しく開き、そこには額に青筋を浮かべた土井垣が怒りの形相で立っていた。
「里中…山田…お前ら何をやってたんだ…」
「え?何をって…」
「健康診断を受けてきたところですけど」
あまりにあっさりした二人の態度に、土井垣の怒りのボルテージが更に上がる。
「だからあの受け方は何なんだという事だ!後で何を言われるか分からんのだぞ!外部の人間がいる時位いちゃつくのは…」
そこまで言いかけた土井垣の顔から血の気が引き、彼は額を押さえて壁により掛かる。それを見た北が宥める様に声を掛けた。
「大丈夫ですか?監督。駄目ですよ、貧血起こしたばかりなのに怒鳴ったりしたら」
「ああ…すまん」
北の宥めに土井垣は大きく溜息をつくと、怒りを抑えた静かな口調で里中達に注意する。
「…とにかく、二人とも行動には充分注意しろ」
「はあ」
気のない二人の返事に土井垣は大きな溜息をつくと、半分無意識の状態でズボンのポケットから飴を取り出し口に入れた。それに目ざとく気付いた三太郎が声を掛ける。
「あれ?監督、何で飴なんか持ってるんですか?」
三太郎の何気ない口調につられて土井垣はあっさりと答える。
「ん?いや…会場で案内をしていた女性が帰りがけに『食事までにまた具合が悪くなる様だったら当座はこれでしのげ』と渡してきたんだが…」
土井垣の答えに、三太郎はにやにやと笑いながら言葉を続けた。
「へぇ…あの女の子に特別サービスされてたんですね監督」
「…う」
にやにやと笑う三太郎に土井垣は『しまった』という表情で絶句する。絶句した土井垣を選手達は口々にからかい出した。
「いいよな~監督。若い女の子に優しく介抱してもらった上にプレゼントまでもらって」
「今日一番の役得じゃないですか~」
「ずるいですよ~監督だけ」
「やかましい!お前ら喋ってる暇があったらさっさと着替えろ!練習を始めるぞ!」
口々にからかう選手達の言葉を制する様な厳しい口調の土井垣に、北はさらりと声を掛けた。
「ああそうだ監督、監督は今日の練習見るだけにして下さいね。今日一日は激しい運動はしないで静かにさせてくれっていう指示が入ってますから」
北の言葉を耳ざとく聞いた選手達は、更に土井垣をからかう。
「へぇ~至れり尽くせりじゃないですか~」
「そんなに気遣ってもらえるなんて、うらやましいなぁ監督~」
「お前ら…いい加減にしろ~!」
選手達の笑い声と土井垣の怒声が昼時のロッカールームに響き渡った。