「今日もクレームなく終了する事ができました。皆さんから何かありますか?」
「一名具合が悪くなった方いましたけど…フォローは大丈夫ですよね」
「こちらの担当者には対応した草柳から詳細を報告してもらいました。保健師への報告も…いいんだよね?」
「はい。何かあった時の対応と、明日のフォロー連絡は私から依頼しておきます」
「ではお願いします。他には…ないですね。では解散です」
『お疲れ様でした~』
「じゃあ事務所組は車に乗って」
「は~い」
 お昼時の某所駐車場。仕事を終えた巡回健診のメンバーはまとめのミーティングが終わると、それぞれの駅に散っていった。事務処理が残っている正職員メンバー2人と拠点になる事務所が家に近いパートメンバー2人はそれを見送ると、荷物を積んだレントゲン車に乗り込み、帰る道すがら今日の仕事を振り返り、楽しくおしゃべりを始めた。
「今日の健診もとりあえず無事に済んで良かったですね~」
「俺はちょっと大変だったよ。でかい人がほとんどだって分かってたから優先的にこの車にしたけど、皆予想以上にでかくてこれでも胸撮りづらくてさ」
「確かに皆さん大きかったですもんね。面白い底上げしてた方もいましたけど、その方含めて私が計測だったら多分椅子乗りだなと思いましたもの」
「じゃあ、人数少ないからって他に回したなぎさ号で来たら…」
「あ~無理無理。皆頭がつっかえるわ俺は足挟むわで撮影時間が倍はかかるね」
「確かに」
 運転する男性の言葉に、その様子を想像して全員がおかしそうに笑う。ひとしきり笑った後、後部座席に乗った女性の一人が、助手席の女性に思い出した様に声を掛ける。
「そういえば草柳さん、皆から聞いたけど受診者様に啖呵切ったんだって?聴力に来た受診者様も『ちょっとふざけたら案内の女の子に怒られた』ってぼやいてたし」
「あ…はい、ちょっとやらかしました…すいません」
「まあ、別に怒った感じじゃなかったし一応フォローはしといたから大丈夫だと思うけどね。でも珍しいじゃない、いつもはおとなしい草柳さんがスタッフならともかく受診者様相手に啖呵切るなんて」
「…いえ、具合悪くなった方を茶化したんでつい…」
「ああ、例のフォロー入れる最後に胸撮りに来た坊主頭の兄さんだろ?…確かにあの状態を茶化されたんじゃきついもんな…でも草柳さん、注意するのは仕方ないとしても受診者様にきつく当たるのはNGだよ。あくまで丁寧な対応ね」
「すいません…気をつけます」
 男性に叱られてしゅんとする草柳を後部座席に乗ったもう一人の女性が宥める様に声を掛ける。
「でも全体からしたら対応はうまくなったわよ。高岡さんが消えたり動かない分ちゃんと動いてるし、具合が悪くなった方に対する対応だって、真っ先にパニック起こしてた昔に比べたら段違いに成長してるわ」
「全体はともかく、あんな事に慣れたくはないですけどね…何年も出てれば鍛えられますよ。でも受診者様に啖呵切っちゃう様じゃまだまだです」
「でも石井先生は叱らなかったし…あれ位ならいいんじゃない?」
 女性の言葉に男性は頷くと、不意に何かを思い出した様に言葉を続けた。
「草柳さんの性格分かってて、叱る時にはちゃんと叱る所長が叱らなかったんならまあセーフかな、確かに。…そうだ、石井先生って言えば久しぶりにやらかしたみたいだよ、『空飛ぶステート』。俺のとこで感心してた方がいた」
「ああ、あたしのところでも感心されちゃった。『最近の聴診器って当てなくても分かるんですね』って。笑ってごまかしちゃったけどね」
「…先生診るところはちゃんと診てるから別にいいんですけど…受診者様に事実がばれたらクレーム来そうですよね」
「まあね…今度俺からちょっと言っとくよ」
「お願いします城崎さん。…でも今日の受診者様達ホント面白い方多かったですよね~」
 草柳が楽しそうに口を開くと、それぞれ今日の受診者を思い出して楽しそうに続ける。
「最初っから自分を『スーパースター』とか言ってる人が来たしね」
「外人さんもいたけど、それ以前に人間の言葉しゃべんない方いたでしょ?視力で当たった福井さん、困り果てたみたいよ」
「ああ、あの猿みたいな方ですね、私もちょっと誘導戸惑いました。そういえばどうやって視力やったんですか?」
「考えた末に方向指してもらったみたい。まあそれでやったら1.5行ったらしいけど。採血ではどうだった?平野さん」
「あたしのところでも言った事はちゃんとその通りにしてくれたわね、その方」
「一応言葉の理解はしてたんですね…人間語話さないのには何か理由あるのかなぁ」
「さあね…まあ、今までにない類の方ではあるわね」
「草柳さんは他にも戸惑ってた方いたでしょ」
 その言葉に、草柳は思い出した様に苦笑いしながらぼそりと応える。
「…ああ、最後の方の二人連れですね…」
「…それってもしかしてちょっと可愛い感じのハンサムさんとかなり太った四角い顔の?」
「そうそう!小沢さんのところでも何かあったの?」
 平野の問いに、小沢は呆れた様な口調で答える。
「何だか妙に一緒にいたがってね~先にハンサムさんから聴力やったんだけど、もう一人が終わるまでそのハンサムさんが部屋の前でじーっと待ってるのよ。で、二人で楽しそうにレントゲンに行ったわ」
 小沢の答えを受け継ぐ形で平野と草柳が言葉を続ける。
「その方、採血も不安だからって寝て採るだけじゃなくて太った方についてもらってたのよね、草柳さん」
「ええ、しかも寝て採るから先に心電図撮ろうとしたら『心電図も一緒に撮っていいですか』って来ましたしね…」
三人の言葉に、城崎も納得した様に口を開いた。
「その二人なら、俺のとこでも待合で先に撮った方がもう片方を待ってたよ。撮影室にはさすがに一緒には入れなかったけどね。女性で連れ立って来た方達とか子供連れた夫婦とかではよくあるけど男同士じゃ珍しいなとは思ってたんだが…そんな経緯があったのか?」
「はあ…」
 草柳は気の抜けた返事を返すと、ふと考え込みながら両手で顔を覆って大きく溜息をついた。その様子に、平野が不思議そうに問いかける。
「どうしたの草柳さん、変な溜息ついちゃって」
「…いえ、いろんな話を聞いて、あの二人の雰囲気を思い出したらちょっと方向性がおかしい方に思考が行きそうになるもので…別に人様のプライベートをどうこう言うつもりはないんですけど」
 他の3人も草柳の言葉を理解し、車の中に気まずい静寂が訪れる。しばしの沈黙の後、ことさら明るい口調で3人は口を開いた。
「…考えるのはやめておきなさい、草柳さん」
「ほら、まあ人それぞれだから。外野があれこれ言う事はないでしょ」
「俺らは健診が無事に終わればいいんだし、そこまで踏み込まなくていいじゃん」
「そうですよね~」
 4人は笑った。しかしその笑いは無意味に明るく、しかも声が乾いていたのは言うまでもない。