「土井垣さ~ん!」
 いつもの様に聞こえて来るその声に俺は頭が痛くなってきた。声の主は不知火守――俺とバッテリーを組んでいるピッチャーで…その、俺に惚れていると臆面もなく言っている奴だ。その言葉通り、俺に何かあるとすぐに飛んでくる、俺が女性と話している時はもちろん、他の選手と親しく話していても嫉妬でメラメラと燃えた炎を眼差しに浮かべる程だ。最初のうちは後輩にただ好かれていると思っていただけなので、やっと俺にも可愛いまともな後輩ができたと喜んでいたんだが…その考えは甘かったという事だ。俺は溜息をつきながらくっついてきた守に声を掛ける。
「今日は何だ」
「試合後に飲み行きましょうよ。こないだのお店、気に入ったんでまた行きたいんです」
「駄目だ」
「じゃあ今度食事行きませんか?おいしい店見つけたんです」
「断る」
「それなら…お茶だけでもしませんか。ここの傍においしいコーヒー淹れる店あるんですよ」
「それも却下だ」
「冷たいですよ土井垣さん、たまには誘いに乗ってくれたって…」
「…あのなぁ守、そういう事は惚れた女性に対してやれ。俺に対してやる事じゃないだろう」
「だって俺は土井垣さんの事が好きなんです。だから土井垣さんとじゃなきゃ意味がないんです」
「…」
 俺は内心頭を抱えた。こいつのこの言動はバッテリーとしての好意なのか、まさか恋愛感情なのかと、いつも俺の頭を悩ませる。そんな思いで沈黙する俺に、先輩選手達はからかう様に俺達に声を掛けてくる。
「ほらほら土井垣、旦那のアプローチ、受けてやれ」
「せっかく色々なコースを見つけてきてくれてる不知火の努力も認めてやれよ」
「そんな事言ったって…」
 守と俺は男同士だ。男同士で恋愛というのはとりあえず俺の辞書にはない。ところが守はそんな次元を乗り越えて俺に対して好意を寄せてくれている。だから、中途半端に優しくして守を傷付けたくなかった。そんな風に考える俺の気持ちは後輩に対する配慮なのか、それとも――
「土井垣さん…土井垣さん!」
「え?…ああ、何だ」
「じゃあ賭けをしませんか?今度俺が登板する試合、俺が完封したら飲みか食事に行きましょう」
「できなかったらどうするんだ」
「そうですね…土井垣さんの好きなものを買ってあげます」
「それじゃどっちにしろお前のいい様な賭けじゃないか!断る!」
「いいじゃないですか。たまにはこういう事があっても」
「…」
 まるで守の俺に対する想いは、集中砲火を浴びせるガトリング砲だ。このガトリング砲に勝てる術はあるんだろうか。それとも、いつか当たってその想いに応える日が来るのだろうか――俺はまた大きく溜息をついた。