ある夜の事。ホークスとファイターズの試合が終わった後、小次郎は土井垣に呼び出されて都内のある小さな飲み屋で飲んでいた。小次郎と土井垣は世間では『宿命のライバル』と言われ対立しているかの様に報道されがちだが、実際は通ずる所も多々あって、時折ふらりと二人で飲みに行ったりしている仲である。しかし今回は事情が違っていた。飲みに行こうと声を掛けてきた土井垣の表情はかなり真剣で、小次郎は高鳴る鼓動を抑えるのに必死になる程だった。そう、小次郎は土井垣に惹かれているのだ。しかし男同士で恋愛と言う辞書はおそらく土井垣の頭にはない。だからこの微妙な距離を保つ事で土井垣と関わっていたいと彼は思っていた。そんな気持ちで二人はしばらく無言で飲んでいたが、やがて小次郎はあの表情の理由が知りたくて土井垣に問い掛ける。
「…おい、今回のお誘いはどうもいつも違うみてぇだが、どうしたんだ?」
 小次郎の言葉に土井垣は驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な表情になって問い返す。
「なあ…小次郎。お前、人を好きになった事があるか?その…人間的にとかじゃなく…恋愛…という意味だ」
「…っ!」
 小次郎は思わず飲んでいた冷酒を噴き出しそうになる。この万年天然朴念仁の土井垣から、『恋愛』という言葉が飛び出した。それだけでもびっくりだが、そんな恋愛相談を自分に持ちかけてきた土井垣に彼は驚くと共に、ある種の落胆で心が痛む。こんな相談を持ちかけるという事は、自分は恋愛対象ではないという事だろうから。まあいきなり告白されても困るには困るが…小次郎は一旦ぐいっと冷酒を飲み干すと、低い声で問い掛ける。
「どうしたんだよ、いきなり…誰か好きな奴でも出来たのか?」
 その言葉に土井垣は耳まで赤くしながらも、ぽつり、ぽつりと答えていく。
「それが…分からないんだ。その…相手は俺の知り合いなんだが…会えると嬉しいとか、笑いかけてもらえると嬉しいとか、話していると胸が高鳴るとかそういう気持ちはあるんだが…それが恋愛なのかと問われると本当に曖昧で…もし恋を知っているんだったら、俺の気持ちが何なのか教えて欲しいと思ったんだ…なあ、小次郎。俺の気持ちは恋なんだろうか」
 土井垣の言葉に軽い落胆を覚えながらも、彼の真摯な問いに答えなければという思いも同時に湧き、小次郎は彼に自分の持っている『回答を』返した。
「…あのな、土井垣。その相手が誰だか俺は知らねぇ。でもな、お前がそいつに会って嬉しいとかドキドキするって言うのは理屈じゃねぇんだろ?つまりだ、人を好きになるってのは、人間的にでも恋でも理屈じゃねぇってこった。そのまま素直に相手に気持ちを伝えてみたらどうだ?案外それで答えが出るかも知れねぇぜ」
「小次郎…」
 土井垣は小次郎の言葉に驚いた表情を見せていたが、やがてふっと笑うと口を開く。
「ありがとう、小次郎…そうしてみる事にする。…やっぱり小次郎に相談してよかった。小次郎はライバルだけに俺の一番の理解者だからな…感謝してるし、その…好きだぞ」
「!」
 小次郎は土井垣の言葉に絶句する。もちろんこれが恋愛感情だと思う程おめでたくはいできてない。おそらく人間的に好きだという事なんだろう。でもここで理屈じゃなく、自分が彼の事を好きだと伝えたらどうなるだろうと小次郎は考え、いつの間にか言葉が零れ落ちていた。
「土井垣、実はな…」