よく晴れて暖かな昼下がり、今日は修行は休みでジェイドとマノンは二人で屋敷の探検をしながら遊んでいた。そうしてあちこち部屋を覗いて歩いていると、師匠であるブロッケンJr.が不意に声をかけてきた。
「ジェイド、マノン」
「あ、レーラァ…」
「ブロッケンレーラァ…ごめんなさい」
 探検をしているのを怒られると思った二人は、素直に謝る。が、ブロッケンJr.はふっと笑うと二人の頭を撫でて言葉を返した。
「いいや、怒っているんじゃない。…茶の支度が出来たから捜していたんだ。探検して腹も減ったろう。今日はルイーゼがおいしいお菓子を焼いてくれたぞ」
「ホント?ブロッケンレーラァ」
「ああ」
「レーラァ、捜してくれてありがとうございます」
「いや…皆で食べる方が楽しいだろう。だからかまわん」
 ブロッケンJr.の『お菓子』という言葉に、まだジェイドより幼いマノンはすぐ嬉しそうに反応し、ジェイドは自分達をわざわざ捜してくれた師匠に対してお礼を言う。ブロッケンJr.は照れ隠しの様に無愛想に反応すると、更に言葉を重ねる。
「いつもの部屋に用意しているから、手を洗って来るといい。探検で手も汚れたろう」
「は~い」
「はい、じゃあ待っていて下さい」
「ああ」
 そう言うとブロッケンJr.は去って行った。マノンは楽しそうに口を開く。
「はじめは怖いおじさんかなって思ってたけど、ブロッケンレーラァって優しいね」
 マノンの言葉にジェイドは応える。
「あ。、修行の時は怖いけど、いつもはとっても優しいんだ。オレが熱を出した時も、マノンのお父さんとお母さんと一緒に、一生懸命看病してくれたし…それに」
「それに?」
「…何でもない」
「…?」
 ジェイドはこの話はマノンにするのは格好が悪いと思って、わざとそっけなく対応する。マノンは不思議そうに首を傾げてしばらくジェイドを見ていたが、やがてにっこり笑って口を開く。
「じゃあ、ブロッケンレーラァはヤーデにとって、お父さんみたいなんだね」
「ち…違うよ。レーラァはレーラァ、俺の師匠だ」
「そうなの?」
「そうなんだ」
「ふ~ん…とにかく手を洗いにいこ?早くおやつ食べたいもん」
「そうだな」
 二人は並んで洗面所へ手を洗いに行った。

「…二人を呼びに行く位、俺がやったのに。屋敷の主はでんとしてろよ」
 ブロッケンJr.の亡き母の部屋で、彼の親友兼使用人のエルンストがお茶を淹れながら呆れた様な、しかし心底優しい口調で口を開く。彼の父が彼の愛と共にずっと封印してきたこの部屋。その面影を偲び、この部屋の元主が寂しくない様にとお茶を飲む時にはこの部屋にする、といつの間にか決まっていた。彼の弟子に対する思いがよく分かっているからのエルンストの言葉に、ブロッケンJr.はぼそりと応える。
「師匠が弟子を迎えに行くのがおかしいか?別にかまわんだろう」
「まあ、そうなんだけどな」
 そう言うとエルンストは、傍でお菓子の準備をしていた妻のルイーゼと顔を見合わせて微笑み合う。それを見たブロッケンJr.は少し怒った様な口調で口を開く。
「…何だよ、何が言いたいんだよ」
 その言葉に二人はくすくすと笑いながら言葉を零していく。
「いやあ、何だかこうやってジェイドを捜しに行ったりしているお前って言うのが、信じられなくてな」
「まるで子どもを捜す親みたいなんだもの。クラウスは分かってないだろうけど」
「…」
 ブロッケンJr.は怒った様に無愛想な表情で沈黙する。二人はそれを見て優しく口を開く。
「ごめんね、馬鹿にしてるわけじゃないのよ。ジェイドのおかげでいい風に変わったなって思ったの」
「お前達二人は知らず知らずだろうが、親子と同じ様な絆をちゃんと持ち始めてる。大事にしろよ。ジェイドを」
「…分かってる。ジェイドは俺の大事な弟子で…」
「…弟子で?」
「…秘密だ」
「そう」
「了解」
 二人は彼の言いたい事が分かっているので、何も言わずに頷く。知らず知らずのうちに二人は師匠と弟子という絆を超えて、自分達と彼と同様家族になってきている。その絆を大切にして欲しいと二人は願ってまた微笑み合うと、子ども達が手を洗って部屋に駆け込んできて、賑やかなお茶会が始まる。奇妙だが暖かな一家のお茶会。それを皆それぞれに楽しんでいた。