若菜との結婚を困難はあったが何とか認めてもらい、更に嬉しい事に二人の仲も深められた帰郷も終わり、義経は試合があるためドームへと足を運ぶ。その心は様々なものが全て昇華した爽やかさで溢れていた。その心のままの軽い足取りでドームへ着くとロッカールームへ足を運び、着替えをする。とはいえ彼は気付いていなかったが、心が喜びに溢れているのだから仕方が無いのだが、かなりその雰囲気は浮かれたものであった。その雰囲気をすかさず察したチームメイト達が口々に義経に話しかける。
「よ~しつね♪」
「…えっ?…ああ、どうした」
「どうした、はこっちのセリフだぜ。随分と浮かれてんじゃん」
「そうか?別に俺としてはいつも通りだが…」
「い~や、どっか浮かれてるね。この三日間のオフで何かあったか?」
「いや?…別に何もない」
 下手に若菜を連れて帰郷した事などを話したら厄介な事になると分かっているので、義経は多少まだ浮かれた雰囲気を出してはいたがそれでも平静を装い、そっけなく答える。その態度にチームメイト達は不満そうに声を上げる。
「何だよ~怪しいな~」
「何かあるんだろ?絶対に」
「ええい吐け、吐くんだ義経~!」
「だから何もないと言っているだろうが!」
 しつこいチームメイトの追求を何とか逃れようと義経が声を荒げると、ロッカールームに入って来た土井垣が彼に声を掛けた。
「緒方、ちょっと…ああ義経、久し振りの帰省はどうだった。親御さん達は元気だったか?」
「監督!」
 そう、土井垣だけには万が一の事があるので、若菜を連れて行くとまでは言っていないが、帰郷するので連絡は取れなくなると話していたのだ。普通なら何でもない問いかけだが、今この場では余りに危険だ。万年天然朴念仁の土井垣の空気を読まない発言に、義経は慌てる。その様子を目ざとく察した三太郎が不敵な笑みを見せながら(とはいえ一見はいつもの通り変わらないが)義経の肩に肘を掛けて声を掛ける。
「そ~か~、そ~いう事か~」
「…何だ、その含んだ言い方は。性質が悪いぞ。言いたい事があるなら、はっきり言ったらどうだ」
 三太郎の態度に義経は虫の居所が悪くなって、思わず自ら口を滑らせた。三太郎はその言葉に更ににやにや笑うと、楽しそうに言葉を紡いでいく。
「帰省は、姫さんと一緒だったのか~?」
「三太郎…!お前何で分かった!」
「おやぁ~?俺は疑問形で言ったよな~?断定はしてないぜ~。お前、正直過ぎ。そうか~三日間姫さんと一緒、しかも同じ屋根の下だったからご機嫌って訳か~」
「!」
 三太郎の誘導尋問にすっかり引っかかった義経は、顔を真っ赤にして絶句した。すっかりボロが出た義経を更にチームメイトは尋問していく。
「…で?帰省の成果はどうだったんだ?」
「…別に、若菜さんとの結婚の承諾を得て来ただけだ」
「そうか、義経おめでとう。それで式はいつにするんだ?」
 チームメイトの様子に全く気付いていないお目出度い土井垣は、素直に祝いの言葉と事務的質問を義経に掛ける。この天然KY振りはいつもなら困るが、今回は体制を立て直すのにありがたいと、義経はわざと土井垣に答える。
「はい…今年のオフにと思っています」
「だとすると、今から式場を押さえるのは大変だぞ、神保さんと早く話し合って早急に決めた方がいい」
「はい、ありがとうございます。そうする事にします」
「式には呼んでくれよ。一応はお前の上司だからな」
 天然KYの彼の発言に便乗してこの場の空気の流れを変えようと、義経は素早く頭を回転させ、わざと悪戯っぽい口調で土井垣に言葉を返す。
「はい。…でも俺の事ばかり気にしている場合ではないでしょう?監督もそろそろ宮田さんと区切りをつけないと、気がつかないうちに横からさらわれてしまいますよ」
「義経、それは…?」
「分からないなら分からなくていいです。でも心当たりの一つや二つ、あるんじゃないですか?」
「…!」
 義経の更なる言葉に今度は土井垣が赤面して絶句する。それを見たチームメイト達は新しいネタができたとはやし立てる。
「あ~確かに宮田さん位いい人だったらそんな人が出てきてもおかしくないですね~」
「実際約一名候補がいますよねぇ?確か~」
「『22歳の別れ』ならぬ『34歳の別れ』か~。シャレになりませんよ~?」
「やかましい!…ああ、話がそれて本題を忘れる所だった…緒方、今日の先発の件で話がある。監督室へ来てくれ」
「はい。分かりました」
 そう言うと体制を立て直し土井垣はロッカールームを出て行く。続けて出て行こうとした緒方は三太郎にしっかり『じゃあ、後で顛末を教えてくれよ』と念を押す様に囁いていた。二人が出て行って、これで何とか空気が変わったと義経は安心したが、それは甘かった。二人をにんまり笑って見送ったチームメイトは、その表情をそのまま義経に向け直し、更に義経を追及していく。
「…で?三日間も同じ屋根の下にいてゆきさんとは何にもなかった、とは言わせないぜ~?」
「…何が言いたい」
「ヤったんだろ?」
「…何を」
「ズバリ直球、『夫婦のい・と・な・み』」
「~っ!!」
 からかう様なわびすけの言葉に、義経はこれ以上ない程顔を真っ赤にして、声にならない叫びを上げた。その様子に、チームメイト達は更にはやし立てる様に次々に声を掛けていく。
「あ~図星か~。ほんっと、お前って取り澄ましてる様で馬鹿正直だよな~?」
「でも良かったじゃん。ちゃんと健全な大人の男女交際になって」
「そうか~とうとう行く所まで行ったか~」
「苦節半年、義経もとうとう『やり遂げた』んだな~」
「いや~めでたい!誰かレトルトのでいいから今晩試合終わった後赤飯用意しろよ!」
「そうだな~義経囲んで宴会としゃれ込もうぜ!」
「お~ま~え~ら~……」
「何だよ~、恥ずかしがる事ないじゃん。めでたい事なんだからさ~」
「…やかましい…そこへ直れ!お前らの腐った性根を叩き直してやる!」
 羞恥心の限界値を越え暴れる義経と、笑いながら逃げ回るチームメイト達を、スポーツドリンクを飲みつつロッカールームの隅で傍観しながら、里中と山田はのんびり会話する。
「…なあ、山田」
「何だ?」
「義経って世間の評判だと『クールな美形』で通ってるけど、本当は一旦ボロが出ると、とことんボロボロになるんだな~。こんな姿、熱狂的な女性ファンが見たら驚くか、最悪だと泣くぜ~?」
「でも…むしろいい傾向なんじゃないかな。神保さんのおかげで喜怒哀楽がちゃんと出せる様にもなったみたいだし。どこか悟り澄ましていた最初の頃より、人間らしくていいじゃないか」
「それもそうだな~」
 そうやって二人がのんびり傍観していると、ロッカールームに今まで手洗いに行っていた岩鬼が怒鳴り込んでくる。
「やかましいでお前ら!ロッカールームの外まで怒鳴り声が聞こえとるやないけ!」
「…あ、岩鬼が乱入した。こりゃほっとくと長引くな」
「そうだな、適当な所で止めるか」
 そうして試合前のロッカールームは賑々しく時が過ぎて行くのであった。