「日本一に、アジアシリーズ制覇、本当にすごいな~将さん」
 葉月は心底から感心した口調で言葉を紡ぐ。秋季キャンプまでの短いオフの夜、土井垣は彼女のマンションで時を過ごし、夕食後『今日はお祝いにしよう』と二人でのんびり晩酌を楽しんでいる最中である。彼女の感心した言葉に、土井垣はほろ酔い気分も重なって楽しげにふっと笑いながら言葉を返す。
「今年は皆が例年以上に一体になって頑張ってくれた。それが結果に繋がったんだ…でも」
「でも?」
「あの第七戦は、今から思ってもヒヤヒヤものだったな」
 苦笑しながらの土井垣の言葉に、葉月は呆れた様に言葉を返す。
「でも、それは自業自得じゃない。いくら智君が故障したからって他の先発回さないで、星王さんとか、義経さんは別だけど…ピッチャー経験がないに等しいスタメンにピッチャーやらせるなんて無謀過ぎるわ。…まあそれであたしも久しぶりに、将さんのキャッチャー姿とか、絶対見られない様なピッチャー姿が見られたんですけど」
「確かに…無謀だったと思う。でもな」
「でも?」
 問い掛ける葉月の髪をすきながら、土井垣は優しい口調で答える。
「あれは…葉月の言っている事を思い出したからやったんだぞ」
「あたしの?」
 訳が分からず首を傾げる葉月に、土井垣は更に優しく言葉を重ねる。
「お前はいつも言っているじゃないか。『外に健診に行くと予想外の事が良く起こるから、それにいつでも冷静に対応できる機転と度胸をつけなければいけない』と」
 土井垣の言葉に、葉月は咎める様に言葉を返す。
「それとこれとは話が違うわ。確かに冷静な対応ができる様にならなきゃいけないですけど、あたし達は看護師の代わりに検査技師を使ったりはしない…違法だからっていう事もありますけど、専門外の事はやらせたら大惨事になる事だってあるって分かってるから…絶対にそんな事はしないわ。将さん、意味を取り違えてるわ」
 葉月の言葉に、土井垣は更に言葉を重ねる。
「確かに専門外の事をやらせたら、大惨事になる可能性の方が高い。…しかし、あの場合はあれがベストだと思ったんだ」
「何で?」
 訳が分からず問い返す葉月に、土井垣はふっと真面目な顔になって言葉を紡ぐ。
「確かに本業のピッチャーを使えば簡単だったろう。…しかし、こう言うと何だが、飯島達三人で9回を抑えるのは正直な所まだ無理だ。かと言って他の先発ピッチャーはもう手を読まれている。だから、打てて当たり前の野手をピッチャーに使う事で撹乱させて、最終回に三人を総動員して抑えれば、打撃が強いスターズなら、点さえ取ってしまえば一か八かでも勝てると思ったんだ。それに今言った様に俺自身もあいつらにも、何かあった時の機転と度胸をつけてもらうためもあった…ルール違反でもないしな」
 そう言って土井垣は悪戯っぽい表情を見せる。葉月はそれに抗議する様に言葉を返す。
「でもこっちの心臓が持たないわ。あんまりハラハラさせる様な事は止めて」
「それは俺の言葉だ。お前が倒れたと聞いて何度寿命が縮まったと思っている」
 二人はお互いにわざと怒った表情で見詰めあい、すぐにお互いに掛けた言葉でおかしくなって吹き出す。
「そうね、あたしも将さんの心臓に悪い事をしているのよね」
 そう言ってぺろりと舌を出す葉月の髪を土井垣はまたすくと、彼女を抱き寄せて囁く。
「そういう事だ。お前は少し自重しろ」
「はぁい…でもね」
「でも?」
「将さんがそうやってあたしの事をちゃんと見ててくれて、ちゃんと頑張ってるから、あたし…頑張れるの。…だから…それはありがとう、将さん」
「葉月…」
 土井垣は更に彼女をきつく抱き締めると、また囁く様に言葉を重ねる。
「俺だって同じだ。…お前がちゃんと俺を見て…心配してくれて…頑張り過ぎて倒れるのは困るが…それでも頑張っているから、頑張らなければと思うんだ。それに…」
「それに?」
「お前が側にいてくれたら、心に力が湧いてきて何だってできる気がするんだ。だから…あんな普通は無謀だと思う事もやろうと思えたんだ」
「将さん…」
 葉月は土井垣の顔を見上げて微笑むとそっとキスをして、こちらも囁く様に言葉を返す。
「あたしもね…将さんが側にいてくれたら、力が湧いてきて何でもできる気がするの。…だから、健診でどんなにトラブルがあっても落ち着いて頑張れるの」
「…そうか」
 二人はそうしてしばらく抱き合っていたが、やがて身体を離し、お互いに微笑み合う。
「あたし…ちゃんと将さんの力になれてるのね」
「ああ…俺もお前の力になれているんだな」
「うん」
「…ありがとう」
「あたしこそ…ありがとう」
 二人はもう一度キスを交わすと、幸せな気分で酒をまた酌み交わす。お互いがお互いの力になれる事への幸せを感じながら――