「すみません、あの…」
とある高校の放課後の廊下。少女が少年に声を掛ける。
「何だ?」
声を掛けられた少年――草薙翔如が振り向くと、声を掛けた少女は真っ赤になってきれいにラッピングされた包みを差し出す。
「あ、あの、これ…受け取ってください!」
「えっ?…おい…」
いきなりの事であっけにとられている翔如に、その少女は包みを押し付けるとくるりと向きを変えて走って行ってしまった。翔如はあっけにとられたままその少女を見送ると、大きな溜め息を付く。
「…またか…」
今日は2月14日。全国の恋する乙女の祭典、バレンタインデーである。翔如は朝からこれと同じ様な状況に数えきれないほど遭遇していた。それだけではない。下駄箱にも机の中にもこうした包みが大量に入っていた。中には手編みとおぼしきセーターやマフラーが御大層にも付いている物もあるが、包みの送り主の大半は翔如の知らない人物であり、どうしたものやらと考え込んでしまう。
「…みんな、考えるこたぁ同じってこったな…」
喧嘩っ早い性格に多少の問題はあるもののルックス良し、スポーツ万能、成績そこそこの翔如は元々女生徒達に人気があった。特にここ数年キング・オブ・ファイターズに出場する様になってからは一気に女生徒達の憧れの的となり、追っかけ的なファンも増えている。翔如自身もてる事に関しては悪い気はしないが、ここまでくると少々うんざりしてくる。それにもてている理由を考えると少々腹も立つ。
「あーあ、キング・オブ・ファイターズなんか出なきゃよかったぜ…」
「…翔、そりゃ贅沢な悩みってもんだ」
「そうそう、俺達なんかここでしかもらえないんだぜ」
「しかも義理ですしね」
翔如の友人である高岡雅輝と伊原卓哉、そして後輩である種田哲夫が教室の床に広げられたお菓子をつまみながら言った。ここは地学教室。翔如の双子の妹とその親友が運営している部活の活動場所でもある。
「タネ、そりゃひどいんじゃない?義理だって一生懸命作ったんだからね」
「そうですよぉ、高岡さんにも伊原さんにも、もちろんタネくんにも感謝の心は込めたつもりですぅ!」
三人の言葉に翔如にとってはやはり後輩である川野志穂と春沢亜由が文句を言う。二人の不満そうな表情に三人はあわてて取り繕う。
「…も、もちろん分かってるよ二人とも」
「一生懸命作ってくれたせいか余計においしい気がするぜ」
「特にこのブラウニー、春さんの感謝の心が込もってて特においしい。うん」
哲夫の言葉に亜由はうらめしそうな表情で口を開く。
「…それ作ったのあたしじゃなくて碧さん。あたしが作ったのはタネくんがさっき『いまいち』って言ってたクッキー」
「えっ…やべ…」
「どうせあたしはまずいクッキーくらいしかできないわよ。タネくん、馬鹿にしてるでしょ!ひどーい!」
泣きそうになる亜由を見て哲夫があわてる。それを見た翔如の双子の妹であり、この部の部長である都が口を開く。
「ほらほら哲夫くん、これ以上ボロが出ない内にちゃんと謝っちゃいなさい」
「…ごめん、春さん。俺が悪かった。『いまいち』って言ったけどそれは他の人がレベル高いだけで一般レベルから言ったらこれうまいよ」
「…ほんと?タネくん」
「ほんとほんと。だから泣くなよ、な?」
「うん」
「…あといつも言ってるが『タネくん』はやめてくれ。俺は種田」
「んじゃ新しく『タネピー』」
「もっと嫌だぁ!」
志穂の突っ込みに哲夫は絶叫する。その様子にそこにいた全員が笑った。こうやって活動中にお菓子を食べているあたり、いいかげんな部活かというとそうでもない。この高校屈指の伝統を誇り、活動の厳しさはある意味文化系なのに体力的にも精神的にも体育会系を超えるため、ドロップアウトする人数も体育会系並であると有名な部である。その名は児童文化部――通称ジャリ文という。雅輝、卓哉、哲夫、志穂、亜由は部員だが、翔如自身は部員ではない。ではなぜここにいるのかといえば翔如は主だった大会もなく暇な冬場に手伝いとしてメンバーに加わるいわば半部員であり、今がその冬場だからである。活動が厳しいこの部でこういった彼の存在が認められているのは彼女の妹を始めとする部員達の納得と、何とかまとまった時期に手伝える状況、そして何より彼自身の子供受けの良さのためであった。翔如は広げられた菓子の中から騒動のもとであるブラウニーをつまむと口を開く。
「とにかく、ここみたいに誰が作ったか分かれば返事も礼もできるしいいけどよ、大半は誰が誰だか分かんねぇんだぜ。その上手作りの物まであってみろよ、何か変な念がこもってそうで気味が悪ぃや」
「…もう、そんな事言ったら相手がかわいそうじゃない」
クッキーをつまみながら都が口を開く。
「皆決死の覚悟であげてるんだからその気持ちを少しは分かってあげなさいよ。恒例行事にして、男子全員に自動的にあげてるこことは違うのよ」
そうなのである。この部ではバレンタインに女子部員がお菓子を作って持って来て男子部員に送るというのが恒例になっている。つまり義理でも本命でも部員間なら気兼ねなくあげられるという訳である。まあ余ったら(というよりわざと余らせて)別に持ってきて女子も含めた部員全員に披露して試食しあうというのがおまけでついては来るのだが。
「…恒例行事ねぇ…だからここじゃ女も一緒に作った菓子を食ってるって訳だ」
「別にいいでしょ、男子には皆別に用意してあげてんだから」
翔如の言葉に心外だという感じで都の親友であり、会計としてやはりこの部の中心となっている八神碧が口を開く。翔如はそれを聞くとわざとらしく驚いた声で言う。
「へぇ…俺はもらってないぜ」
「あんたは部員じゃないでしょ。皆のお菓子が食べられるだけ有り難いと思いなさい」
「…んだよぉ、俺だって手伝ってるんだぜ」
「暇な時だけじゃない」
「…だとぉ?」
「まあまあ草薙さん、押さえてください」
「あたし達はちゃんと草薙さんの分も用意してますから」
むっとする翔如を志穂と亜由がなだめる。翔如はその言葉にまたわざとらしく感激する。
「ありがとう、志穂ちゃん亜由ちゃん。…まったくどっかのドケチ女とは大違いだぜ」
「…んですってぇ!?」
「ああもう二人ともやめてよ、喧嘩する体力あったら今やってる影絵に使ってちょうだい!」
「ごめーん、都」
喧嘩になりそうな二人を都が怒鳴りつけると碧はすまなそうに手を合わせた。都はそれを見て呆れた顔で口を開く。
「…まったく、『喧嘩するほど仲がいい』とは言うけどあんた達はやりすぎよ。なだめる方の身にもなってよね」
「時々ほんとのバトルになっちまうもんな」
「夫婦漫才にしてはちょっと過激ですよねぇ」
都の言葉に雅輝と亜由が相槌を打つ。
『うんうん』
その相槌に部員全員がうなずいた。この二人が喧嘩をしていても決して仲が悪いわけではない事を部員全員が二人との付き合いの中で熟知している結果である。
「…ちょっと待て、誰と誰が仲がいいって?」
「夫婦漫才ってどういう意味よ?」
「そういう意味だと思いますよ」
慌てる二人に志穂がさらりととどめを刺す。二人は真っ赤になって絶句した。それを見た都はくすりと笑うと手を叩いて声を上げる。
「はい、休憩終りっ!もうひとがんばりして今日は早く練習終らせるわよ!」
「あーあ、今日も働かされたわ、碧も都もほんとに人使い荒いのな」
「何言ってんの、あんたは冬期限定でしか動けないんだからその分働くの」
帰り道、不満そうに言う翔如に碧がぴしりと言った。
「へえへえ…しっかし、ここまでたまるたぁなぁ…」
紙袋一杯、しかも二袋ぶんのチョコレート(&プレゼント)を両手に下げた翔如は呆れた様に呟いた。
「リュックで来てて良かったね。おかげで両手が使えるもん」
終業式ぎりぎりまで荷物を持ち帰らなかった小学生の様な翔如の様子に碧がおかしそうに言う。
「近くの高校の娘達でわざわざ渡しに来たのもいたらしいわね。この分じゃ家にも届いてるんじゃない?」
「…だろうな」
都の言葉に翔如は大きな溜め息をつく。その様子に碧が感心した様に口を開く。
「しょうがないじゃない、有名税よ。…でも、キング・オブ・ファイターズってすごいわね。こんなにあんたのファンが増えちゃうんだもん」
「ああ。だから呆れるし腹が立つんだよ」
「ふうん…何で?」
碧が不思議そうに尋ねる。翔如は腹立たしげに言った。
「こいつらのほとんどは俺じゃなくて俺を通して『草薙京』っていう存在を見てるんだよ。京の方は彼女がいるからあきらめてフリーの俺を代用品にしてるって訳だ」
「そう言われればそうかもね。あんた、『京』として出てる訳だし。京君と間違えてる人もいるんじゃない?」
都がうなずく。翔如は吐き捨てる様に続けた。
「だろ!?…この中にどれだけほんとに俺自身に向けてくれた物があるんだか分かったもんじゃねぇな」
不機嫌になった翔如をなだめる様に碧が口を開いた。
「少なくとも志穂と亜由は義理とはいえあんたに対してあげてるわよ。それからもう一人…」
そう言うと碧は鞄から包みを取り出して翔如に見せる。
「はい、しぃから。『キング・オブ・ファイターズで庵兄が世話になったからお礼に渡して欲しい』って頼まれたの」
「…何だ、これも義理じゃん。しかも従姉からとは不毛だよなぁ…」
「『不毛』ねぇ…ってことはいらないの?」
碧は意地悪っぽく言う。翔如はあわてて首を振った。
「そんなぁ、紫野のはちゃんと真心がこもってるじゃねぇか。他のとはダンチだよ。有り難くいただきます」
そう言うと翔如は碧から包みを奪い取り大事そうにリュックに入れた。碧はその様子を笑いながら見届けると今度は都の方を向いて包みを二つ出すと口を開いた。
「…で、これは庵兄に。こっちの方がしぃからで、これがあたしから。あたしのは酒ビンだから持ってく時気を付けてね」
そこまで言うと碧は都に包みを渡す。今度は都が目を丸くする。
「…何であたしに渡す訳?」
都が尋ねると碧は悪戯っぽく笑って口を開く。
「どうせこれから行くんでしょ?」
「…!」
「へえ、図星みたいだな」
真っ赤になって絶句する都を翔如は納得した様にうなずいて見詰める。
「碧〜、あんたねぇ〜」
「だって事実でしょ?あたし、あんたの邪魔するほど野暮じゃないから頼んでんのよ」
秘密を暴露されて真っ赤になったまま怒る都に碧はしれっとした表情で言う。翔如も面白がって妹をからかった。
「都、親父とお袋は俺がうまくごまかしとくからお前、泊まってくれば?」
「もう…バカ!」
都はそう叫ぶと走って行ってしまう。
「がんばってね〜」
碧はそう言いながら笑ってひらひらと手を振り都を見送る。翔如はそれを見て口を開いた。
「なぁ…やりすぎたんじゃねぇかな?」
「大丈夫よ、あれくらいならあたしらの間じゃまだ冗談で通じるわ」
「ま…そうだな」
二人の仲の良さを考えて、翔如も碧の言葉に同意する。
「しっかし、あの都にも本命を渡す奴が現れるとはなぁ…」
翔如は空を見上げて呟く。それを見て碧はからかう様に口を開く。
「何?かわいい妹が離れてく様で寂しいの?」
「うんにゃ、相手が相手だから驚いてるだけだよ。お前だって最初は驚いてたじゃねぇか」
「まーね。倭姉が死んだ時の庵兄見てると、二度と彼女作るとは思えなかったからね。しかも相手が都だなんてさらに大穴よ…でもまあ都なら倭姉も認めてくれるでしょ」
そう言うと碧は姉の事を思い出したのか、寂しそうな表情をする。碧の表情に翔如は地雷を踏んでしまった事に気付いた。
「碧…」
翔如がどうフォローしていいか困っていると、碧は翔如の方を向いた。
「…何しけた顔してんのよ、翔如」
「…悪ぃ」
「何が」
「…倭樹さんの事…思い出させちまった」
「別にいいわよ。たまには思い出してあげないと倭姉がかわいそうだし」
そう言うと碧は翔如に笑いかける。翔如は複雑な思いで笑い返した。
「…しかしまぁ、皆さん青春してるねぇ…」
「何あんたじじいみたいにしみじみしてんのよ」
しばらくの沈黙の後、翔如は大きな溜め息をついてしみじみと口を開く。その翔如に碧が突っ込みを入れると翔如はぶすっとして続けた。
「いや、皆それぞれ今日という日を満喫してるなと思ってよ。…都は庵が本命だろ。亜由ちゃんにはテツがいるし」
「…なんだ、知ってたの?」
「まあな、いつもの様子見てれば分かるさ。それから志穂ちゃんはバスケ部の先輩にあげるとか言ってたし、それに今回は紫野も気合いが入ってるらしいときた」
翔如の言葉に碧は驚いた表情を見せる。
「へっ?あのしぃが?めったに外に出ないしぃにどんな出会いがあるっていうのよ。せいぜい芸事の師匠か仲間…とすると」
碧は少し考えると何か思い付いた様に明るい顔で手を叩く。
「…もしかして剣人君?しぃ、剣人君にもあげるって言ってたし。剣人君ていえば頭脳明晰、スポーツ万能、おまけに容姿端麗、最高レベルのいい男じゃない!しかも本人はしぃの事が好きらしいし。お似合いのカップル誕生だわ」
はしゃぐ碧を見て翔如は首を振った。
「うんにゃ…ご期待に添えなくて悪いが、剣人じゃねぇ」
「えー、つまんなーい…じゃ、うちの紅兄?」
「うんにゃ」
翔如はまた首を振る。碧はそれを見てうなずいた。
「だろうね。紅兄の分もしぃから預かってるけど、あんたのと全く同じラッピングだったし。タツ兄の分もあるけど麻由義姉がいるからしぃの性格からして自動的に却下だし…他に誰がいる訳?」
興味津々の碧に押されて翔如は名前を口にする。
「…矢吹真吾」
その名前を聞いて碧は表情一杯に不満を見せる。
「あいつーっ!?最近しぃん家に日参してるって聞いてたけど、あいつただのパシリじゃない。あんなのにしぃ、ひっかかっちゃったの?」
「『あんなの』って…おまえもボロクソ言うな。でも可能性大だぜ。これは都から聞いた話だけどよ、矢吹が来る様になってから紫野の雰囲気が変わった、なんかあるんじゃねぇかって庵が拗ねてんだと」
「何だ、未確認情報じゃない。おどかさないでよ」
碧は胸を撫で下ろした。
「それならあげるとしても義理の可能性の方が高いわよ」
「でも庵の勘が正しいとすると、俺達の義理よりも確実にレベルアップしてると見た」
「…そうなると哀れなのは剣人君だねぇ…」
「確かに…多分今頃謡の稽古場で俺達のと同じ物貰って何も知らずに感激してるんだろうな…ご愁傷様」
合掌。
「…とまあそれぞれバレンタインを満喫してる訳だ。それ見てるとよ、俺もこんなミーハーチョコに囲まれたバレンタインじゃなくて、もっと充実した一日を送りてぇなとか思うわけだわ」
しみじみ言う翔如に碧は呆れた表情を見せる。
「…あんた、雅と卓の言ってた事忘れてるでしょ」
「覚えてるよ。そりゃ贅沢な悩みだって事は分かってるぜ。でも俺も夢見たっていいじゃねぇかぁ〜」
「…はいはい、情けない声出さないの…ところで翔如、あんたこれから暇?」
翔如を軽くあしらいながら碧は尋ねる。
「まあ暇だけどよ…何だよ?」
「んー、これからハンバーガー食べに行かない?今日は特別あたしがおごったげるからさ」
碧の提案に翔如は驚いた表情を見せる。
「ドケチの碧がおごるって…天変地異の前触れか?」
「何よ。そんな事言うなら撤回するわよ」
そう言ってくるりと背を向ける碧に、翔如はすがりついた。
「そんなぁ〜、碧様、行かせて下さい〜」
「よろしい!じゃ、行こ」
碧は翔如の方を向いてにっこり笑うと、また向きを変えて歩き出した。
碧が選んだ店は少々値が張るもののおいしいと評判のファーストフード店で、翔如もお気に入りの店であった。『好きなものを頼んでいい』という碧の言葉に甘えて、翔如は一度食べてみたかった少々高めのハンバーガーとコーラを頼み、碧はオレンジジュースを頼んで席に着く。周りの席には本日の『戦果』を報告しあう女学生やいかにも『カップルです』といった感じの二人連れであふれていた。その中で袋一杯のチョコを持った翔如はかなり浮いている。
「…なぁ…なんっか俺達、浮いてない?」
「そう?」
周りの雰囲気に呑まれて居心地の悪そうな翔如に比べて碧は平然としている。
「仮に浮いてても気にしなきゃいいでしょ…ほら、来たわよ」
「まあそうだけどよ…おっと、ここでーす」
注文した品物が運ばれて来ると、居心地の悪さは悪さとして翔如は目を輝かせる。
「一遍これ食ってみたかったんだよなぁ…んじゃ有り難く。いただきまーす」
翔如はハンバーガーにかぶりつくと満面の笑みを見せる。
「うめえなぁ、ここのがやっぱ一番だわ」
「そう、良かったね」
翔如の表情に、碧は満足そうにうなずいた。
「…それにしても碧」
「何よ」
「言い出しっぺのお前が何で食わないんだよ…まさか、予算不足か?だったら俺払うぜ」
翔如の言葉に、碧は笑って首を振る。
「違うわよ。あたし、家帰ったらパーティーだから」
「パーティーってお前…あーっ!」
思わず立ち上がって叫ぶ翔如。その声の大きさに周りの視線が二人に集まった。
「お店の中で叫ばないの!…あ、すみません。何でもないですぅ」
碧は慌てて翔如の口を押さえ、周りに愛想を振りまいて注意を逸らす。翔如は座り直すとすまなそうに頭を掻いた。
「悪ぃ…今日お前の誕生日だったっけ…」
「当たり、やっぱり忘れてたか。…ま、都ですら忘れてんだからあんたに期待はしてなかったけどね」
碧は溜め息をつく。
「…でもそれならお前、何で俺におごってんだよ。ケチなお前ならむしろ俺におごらせるんじゃねぇのか?」
「あんたねー」
翔如の問いに碧は一瞬怒る素振りを見せたもののふとやめて、少し考える様に沈黙すると口を開いた。
「…あのさ、『バレンタインにチョコ』って日本のお菓子屋さんが考えた事なんだって」
「それと俺におごってる事と何の関係があるんだよ」
「話は最後まで聞く。…で、欧米だとプレゼントとか贈るらしいのよ。それであたし、考えたんだ」
「何を」
「別にチョコ贈らなくてもその人が喜ぶ物あげればいいんじゃないかって」
碧の言葉に翔如は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
「…って…」
「そういう事」
碧はにっこり笑う。翔如は居心地の悪さが消えた代わりに何だか照れ臭くなり、顔をそむけるとぼそりとつぶやいた。
「…これほんとにうまいわ…ありがとよ」
「どういたしまして」
二人に穏やかな沈黙が訪れる。しばらくの沈黙の後、翔如は口を開いた。
「碧」
「何?」
「今日はプレゼントやれねぇけど、小遣い貰ったら絶対一番にお前へのプレゼント買ってやるから待ってろよな」
翔如の言葉に碧は驚いた表情を見せたが、すぐに表情を戻して口を開く。
「あたしとしちゃプレゼントよりあんたがきりきり働いてくれる方が有難いんだけど」
「…お前、他に言い様はないのかよ。ほんとに色気のねぇ女だよなぁ」
翔如はぶすっとした表情をする。碧はそれを無視して腕時計を見てうなずくと席を立った。
「さてと…そろそろ皆帰って来る頃だし…じゃ、あたし帰るね。翔如はゆっくり食べてなよ」
「お、おい…」
いきなり見捨てられた形になり慌てる翔如に碧は悪戯っぽく微笑む。
「プレゼント、期待しないで待ってるからね」
「…」
碧は店を出て行った。翔如は何も言えずに彼女を見送るとぶすっとしてテーブルに頬杖をついた。
「ちぇーっ」
――結局今日の俺ってば女に振り回されっ放しって訳か――
そんな事をぼんやり考えながら食べかけのハンバーガーを見詰めると、先刻の碧の発言を反芻する。
「『その人が喜ぶものをあげればいい』…か。ほんとにあいつらしい考え方だよなぁ」
翔如はふと笑いが込み上げてきた。そして笑いとともに幸せな気持ちに満たされる。
「さーてと、何をあいつにプレゼントしてやろうかな…」
ひとしきり笑うと、幸せな気分で翔如はハンバーガーに手を伸ばし口に入れる。
――あいつのおかげで最後の最後に充実した日になったかな――