「…おい、それは何なんだ」
「見ての通りテディベアよ」
「だから何でそんな物を今持っているんだ!」
 今日は久し振りのデートの日。そんな日に待ち合わせに来た恋人の葉月は、首に赤いリボンを巻いた大きなテディベアを持って現れたのだ。土井垣は彼女の性格からして衝動買いした訳ではない事位分かっている。おそらく行きがけに誰かからもらったのだろう。彼は嫉妬心もあいまって声を荒げる。彼女はそんな彼に気圧されながらもあっさりと言葉を返していく。
「今日ここに来る前に、智君が『欲しがってたクマのぬいぐるみを見つけて買ったから取りに来なよ』って呼び出してくれてね、そこでもらったの。将さんとの約束まで時間あったし、中々智君とも会えないから今のうちにもらっておこうと思って。…あ、もちろん代金はあたし持ちよ」
「…」
 土井垣は彼女の言葉に絶句し額を押さえてため息をつく。恋人とのデートの前に他の男と会ってプレゼントをもらう彼女の思考回路が、彼には理解不能だった。とはいえ里中は葉月にとって幼馴染で親友と言っていい程の縁が深い人物なので、恋人ではないにしろ無意識上おざなりには出来ない相手なのだとも良く分かる。額を押さえて溜息をついている土井垣に、葉月は自分のした事を思い、うかつだったと今更ながら気付き、謝罪の言葉を述べる。
「…ごめんなさい」
 葉月の素直な謝罪は分かるので、土井垣も気を取り直し口を開く。
「いや…もういい。ただ、デートの間はそれはコインロッカーにしまっておけ。持ち歩くのも大変だろうし…何より」
「何より?」
「…俺が嫉妬してしまう」
「将さん…」
 葉月は、土井垣の言葉に赤面して沈黙する。しばらくの沈黙の後、葉月は頷く。
「…うん、そうする。ちょっと待っててね」
 そう言うと葉月は駅のコインロッカーにテディベアをしまいに行き、戻ってきて声を掛ける。
「うん、しまって来た。…将さん、ごめんなさい。でも本当に欲しかったから…」
 葉月の言葉に土井垣は無愛想な表情を見せながら言葉を返す。
「もういい、過ぎた事だからな。…でも」
「でも?」
「今度からはこういう時は俺にねだる事。里中じゃなくて…俺にだ」
 その言葉に葉月は土井垣の心が分かり、赤面しながら頷く。
「…うん」
「…よし。それじゃあ、これから買い物に行くか」
「え?」
 土井垣の言葉の意味が分からず首を傾げる葉月を抱き寄せながら、土井垣は言葉を紡ぐ。
「里中に負けない様に俺も何か買ってやる。ドイツの○ュタイ○の人形だっていいぞ」
「将さん…」
 土井垣の言葉に葉月は幸せそうに微笑むと、その微笑みのままの言葉を口に出す。
「じゃあ…おねだりしちゃおうかな。あれのちっちゃいのも欲しいの」
「どうしてだ?」
「あのね、大きいテディベアが欲しかったのはね…将さんに似てるなって思ったからなの。おっきくって、あったかくって…だから今度はあたしの代わりのぬいぐるみを将さんに持ってもらおうかなって思って…駄目?」
 葉月の可愛らしい言葉に、土井垣は赤面しつつも頷く。
「そうだな…それがいい。ただ」
「ただ?」
「葉月は熊と言うより猫やウサギの方が合っている気がする。だから…店で見て、一番イメージに合って…いいものを選ぼう」
「将さん…うん、そうしましょう」
 そう言うと二人は寄り添いながらデパートへ行き、あれやこれやと見て回り、最終的にワンピースを着たウサギのぬいぐるみを選び、土井垣は2体買った。彼がどうして2体買ったのかが分からない葉月は、その後落ち着いた喫茶店で土井垣に問いかける。
「どうして2体買ったの?あたしの身代わりだったら一体でいいじゃないですか」
 そう問い掛ける葉月に、土井垣は買ったぬいぐるみの1体を葉月に手渡すと、赤面しながら答える。
「里中が買った熊もいいかもしれんが…所詮は里中からのプレゼントだ。俺自身から俺の身代わりを買いたかったんだ。…それに、何でもいい。部屋を彩るおそろいのものが欲しかったんだ。今回のぬいぐるみの件はそれにいい機会だと思ってな。これは…二人の大切な身代わりだ」
「将さん…」
 葉月ははにかんだ微笑みを見せると、コーヒーを一口飲んで、呟く様に言葉を紡ぐ。
「…ありがとう」
「どういたしまして。…でもこれは俺の独断だからな。嫌ならそう言っていいぞ」
「ううん…嬉しい。将さんからこんな素敵なプレゼントがもらえて」
「そうか」
「うん」
 その後は穏やかな時間が過ぎて行き、二人は一生懸命テディベアを運んで、葉月のマンションで時を過ごした。

――そしてその後、土井垣の部屋に遊びに来た小次郎や不知火がソファの上に鎮座しているぬいぐるみを発見し、彼らに冷やかされて土井垣が幸せ半分、恥ずかしさ半分の思いをしていたのは余談である――