都内某所の公園、ニュージェネレーション一同とミートと凛子は『親睦のために』と集まって花見をしていた。それぞれ一品ずつ自慢の料理を持ち寄り、飲み物は万太郎とキッドが料金を徴収して缶で買って来て、一同は賑々しく花見を楽しんでいた。
「キッドのうちのビーフはやっぱりうまいな~」
「セイウチンの鮭の一口フライもうまいじゃん」
「ガゼルの油揚げの巾着煮もあっさりしててうまいだ」
「万太郎はおにぎりだが…具が色々あって面白いな」
「ミートに特訓されたもんね~。チェックのささみチーズフライも食べてやってよ。一生懸命考えて作ってたんだから」
「そう?…うん、おいしいわよ」
「ありがとう、凛子さん。凛子さんのサンドイッチもおいしいです」
「でも意外だったのはジェイドが料理上手だった事だよな。ソーセージしか食ってるイメージなかったから、筑前煮作って来たのは意外だったし、しかもうまいしな」
「ありがとうございます、先輩…あ、飲み物切れてませんか?飲みたいもの出しますけど」
「大丈夫だ。ジェイドは飲みきっちまったみたいだな」
「ええ、おいしい料理につい箸も飲み物も進んでしまって…」
「そっか~。え~と…ジェイド、今これしかないんだけどいい?レモンスカッシュ」
「あ、いいですよ。ありがたくもらいます」
「じゃあ…はい、ジェイド」
 そう言って渡す万太郎とキッドの眼が心なしか笑っていた事にジェイドは気づかず、缶のプルタブを開けると一気に飲み干した――

 しばらくして、チェックがジェイドの様子がおかしくなっている事にいち早く気づいた。
「どうしたんですか?ジェイド。顔が心なしか赤くなっているみたいですが…」
「いや…何だか…さっきから…ボーっとして…」
 そう言うとジェイドはがくんと頭を垂れた。それを見た万太郎とキッドが親指を立てて笑う。
「だ~いせ~いこ~う!」
「万太郎、グッジョ~ブ!」
「万太郎、キッド、あんたたち何したの?」
「えっへっへ~、いっつも真面目ちゃんなジェイドの羽目を外そうと思ってね~」
 そう言って万太郎は、先刻ジェイドに渡した『レモンスカッシュ』の缶を一同に見せる。なんとそれは――
「缶チューハイ!万太郎、それはアルコールじゃないか!」
「アニキ、ジェイドを騙しただか?」
「これくらいしないとジェイドは酒飲まないしな。まあ必要悪だと思ってくれ」
 そうしれっと言うキッドと笑って頷く万太郎に、ミートが説教をする。
「二世、キッド!あなた達は~!」
「いいじゃん、チューハイ位なら弱いからそんなに酔いもしないよ~」
「でも、騙して飲ませるのは良くないんじゃないですか?万太郎」
 そうしてワイワイ騒いでいると、ジェイドが俯いたままゆらりと立ち上がる。
「どうしたの?ジェイド」
 凛子が問いかけるのも聞こえているのかいないのか、ジェイドは万太郎の傍に寄って行くと――
「ぎゃあぁぁぁあ!」
 次の瞬間、ジェイドは万太郎にビーフケークハマーをかけていた。ジェイドは少しろれつの回らない口調で、万太郎に言葉を掛ける。
「しぇ~んぱ~い…らましてさけのませれ、らのしいれすか~?あ~~ん?」
「やべぇ。…こいつすげぇ酒乱だったんだ…」
「新発見は新発見だが…ちょっとヤバくないか…?」
「ちょっとどこじゃないよ~!ジェイド、ごめ~ん!ギブ、ギブ…」
「…」
 ジェイドは地面をタッピングしている万太郎を放すと、くるりとキッドとガゼルの方に向き直って歩み寄り、立っている足元を指すと口を開く。
「ガゼルしぇんぱいも…きっろしぇんぱいも…ここにすわっれくらさい」
「え…ええと…」
「いいから、すわっれ!」
「…はい」
 ジェイドは二人を座らせると、自分もどかりと座り込み、座った目で延々と説教をし始めた。
「らいらい、しぇんぱいらちはい~っつもふまりめれ…」
「おいおい…どうするんだ、キッド」
「まさかこうくるとは思ってなかったからな…」
「しぇんぱい!ききらさい!」
『はい!』
 二人はジェイドの勢いに思わず背筋をピンと伸ばして、ジェイドの説教を(半分以上は聞き流していたが)聞く。その様子を、セイウチンとチェックが不憫そうに見つめていた。やがて説教も佳境に入って来た時、ジェイドがふと言葉を止めて俯く。
「…こんらしぇんぱいらちから、なにをまなえっれいうんれすか、レーラァ…」
「ジェイド?」
「どうした?」
 ジェイドの様子に説教を聞かされていた二人も怪訝そうに問いかける。やがて、ジェイドは肩を震わせながら呟く様に言葉を零していく。
「レーラァ…ろうしれ、オレをおいれいっらんれすか…」
「おい、ジェ…」
「レ~ラァァァァァァ~!」
「うわぁ、ジェイド泣き始めたよ~!」
「しかもベル赤振り回し始めやがった!どうするんだキッド!」
「どうしようもないだろ!酒乱のベル赤止めるなんざできないぜ?俺!」
「どうすんのよ!収集つかなくなってきたじゃない!」
 ジェイドは絶叫し、号泣しながらベル赤を乱発する。おんおんと泣きながらベル赤を振り回すジェイドを一同は慌てて回避しつつ収まるのを待つ。やがて尋常でない騒ぎに気づいたらしい花見客が、わらわらと一同の周りに集まり、その正体が分かると、写メールまで撮り始める者達まで出てきた。一同はいたたまれない状態でぼそぼそと囁き合う。
「…どうすんのよ、万太郎達のせいよ!」
「…ごめん、今回は本気で謝る」
「…今回は完全に俺達が悪い、すまん…」
「れえぇぇらぁぁぁぁぁ~!」
「…やだ、ジェイド君じゃない。何絶叫してるの?」
「…ジェイド、どうしたの?」
 そんな阿鼻叫喚状態の一同の中に不意に人波をかき分けて、少し茶色に染め、軽くウェーブをかけたセミロングの髪の女性と、一つにまとめた長い黒髪に菫色の瞳の外国人らしい少女が入ってきて、臆せずジェイドの傍に近づく。一同はこの場では風変りな二人連れの正体が分からず、思わず問いかける。
「あの…あなた達は一体…」
「やだジェイド君お酒臭い!」
「お酒飲んだの?ジェイド」
「え…?エリカらん…マノン…なんれここに…?」
 二人連れの呼びかけに気づいたジェイドは、ふと動きを止めると二人を見つめる。その問いに答える様に、女性の方が静かに彼に声を掛ける。
「うちの病院の患者会の人達のお花見が今日でね、マノンも何かと関わってる事もあって、一緒に連れてきてた帰り道よ。それよりジェイド君、とりあえず座って」
「…はい」
 ジェイドは女性の言葉に、素直にその場に座る。それを確認すると、女性はジェイドに問いかける。
「お酒の怖さ分かってるあなたらしくないわね。あなた自分から飲んだの?」
「ちがいますエリカらん…しぇんぱいらちが、オレをらましれのまれらんれす…」
「…そう」
 『エリカ』と呼ばれた女性は、ジェイドの言葉を聞くと不意に静かになり、鋭い眼を一同に向ける。その視線の恐ろしさに一同は縮みあがった。エリカは低い声で問いかける。
「…誰?ジェイド君を騙してアルコール飲ませたの」
「…すいません、俺と万太郎です」
「で…でもぉ…チューハイ程度だから弱いし、こうなるって僕達も知らなかったからぁ…」
 その視線と口調の恐ろしさに、キッドは観念した様に頭を下げ、万太郎は弁解する様に言葉を紡ぐ。それを聞いたエリカはキッドと万太郎の傍に寄って行くと、間髪入れずに二人に平手打ちをして、厳しい口調で声を荒げた。
「痛い!何するんだよ!」
「『何するんだ』はこっちのセリフよ!なんて事したの!あなた達!」
「だ、だからぁ、これはちょっとしたおふざけでぇ…」
 なおも言い訳をしようとする万太郎に、エリカは激しい口調で言葉を返す。
「アルコールはおふざけで飲ませていいものじゃないの!飲めない人にアルコールはどんなに弱いものでも毒!そうでなくても一気飲みしたりすると、急性アルコール中毒で死ぬ事だってあるのよ!それだけじゃないわ!騙したり、脅したりして飲ませるのは強要っていう立派な犯罪!死んだら傷害致死よ!あなた達はそれだけ悪い事したんだって自覚なさい!!」
「…はい」
「…ごめんなさい」
「分かったらミネラルウォーター買ってらっしゃい!少しでも酔いを早く覚ましてあげないと。スポーツドリンクは駄目よ!酔いが余計に回るから」
「じゃあ、オラが買ってくるだ!」
 そう言うとセイウチンが駆け出して行った。エリカはそれを確認するとジェイドの顔を見つめ、その顔色に気づくと首筋に手を添え脈を測りながら、更に問いかける。
「…青くなってきたわね。ジェイド君、気分は?大丈夫?」
「きもりわるくれ…さむけがします…」
「ちょっとごめんね…プルスも早くなってるし、震えもあるか。まずいわ…急性アルコール中毒一歩手前まで来てるかも。お仲間さん!体温維持しなきゃいけないから、何か掛けるもの頂戴!」
「あ…じゃあ俺のジャケットでよければ」
「私のマントもお貸しします」
 ガゼルとチェックが各々マントとジャケットを脱いでエリカに渡す。エリカは渡されたマントでジェイドをくるんだ後、ジャケットを掛けて横向きに寝かせ、ジェイドに声を掛ける。
「ここだとこれしかとりあえずの応急処置はできないけど、何もしないよりはましね。…ジェイド君、無理に吐いちゃだめだけど、吐きたくなったら遠慮なく吐いていいからね」
 そう言うとエリカは携帯電話を取り出してどこかに電話を掛ける。どうやら病院らしい。
「…受付ですか?健診の美山です。急性アルコール中毒の疑いのある超人がおりますので、ICUの準備とボンベ先生に処置お願いしたいんですが…はい、症状は吐き気と寒気、震えに顔面蒼白、脈は110で意識は低下していますがあります。…はい…分かりました。じゃあ救急車呼ぶ間も惜しいので、ボンベ先生乗せて担架と往診車をこちらに寄せて下さい…場所はS公園の病院側です。…はい、私が交差点の前まで出ていますから…はい、お願いします。…よしっと。じゃあマノン、あたしひとっ走り行って担架とボンちゃん呼んでくるから、ジェイド君見てて。とりあえず昏睡体位とらせたから大丈夫だとは思うけど、万が一って事あるから。吐いた時の処置は知ってるわよね」
「大丈夫です。看護学校で習いました」
「オッケー、じゃあ頼んだわよ」
 そう言い残すとエリカも駆け出して行った。マノンと呼ばれた少女は、心配そうにジェイドの様子を見ている。その視線を感じているのか、ジェイドが苦しそうな息使いをしながら言葉を紡ぐ。
「わるい…マノン…こんなろこばっかり見せちまっれ…」
「いいから、ジェイドは何も悪くないから…静かにしていないと…苦しいでしょ?」
「ああ…う…」
 そう言うとジェイドはマノンのスカートの上に吐いてしまった。ひとしきり吐いた後、ジェイドは申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「わるい…すかーと…よごしちまった…」
「いいから、気にしないで。でも無理やり吐かないでね、吐くのは自然に吐けるだけよ」
「わかった…」
 甲斐甲斐しく世話をする『マノン』という少女の一生懸命な様子と、彼女とジェイドの親しそうな雰囲気に一同は何も言えなくなる。そうしてセイウチンがミネラルウォーターを買って来たと同時頃に、担架を連れたエリカが戻ってきて、ジェイドはKO病院に運ばれた――

「…とりあえず、急性アルコール中毒の処置は輸液をとにかく血液内に入れて、利尿作用でアルコールを排出させる方向しかないから、後はICUで様子見るとして…君達」
 ジェイドの処置を終えたドクターボンベJr.は向き直ると、少し厳しい眼差しで付いてきた一同に話しかける。
「お酒の怖さはこれで分かったね」
「…はい」
「分かったら二度とこんな事はしないんだよ。そうじゃなくても君達はまだ未成年。お酒を飲むのは、成長にもよくないんだからね」
「…はい」
「分かったならいい。後は僕に任せなさい」
 ボンベはにっこり笑うと、エリカとマノンの方に向き直り、にっこり笑いながら言葉を紡ぐ。
「美山さん、ベルガーさんも、応急処置ありがとう」
「いえ、まさか通りがかりで急性アルコール中毒患者に遭うなんて思ってもみませんでしたから。冷静に処置できたのが自分でも不思議です」
「まあ、美山さんは超人救急救命士の資格があるし、そうじゃなくても健診の事故で応急処置にはそこそこ慣れてるだろう?ベルガーさんも看護学校の勉強がきちんと身に付いている証拠じゃないかな」
 ボンベの言葉に、二人は静かに応える。
「かもしれませんね。こんな事には慣れたくないんですが」
「私も…こう言っては何ですが、いい勉強になりました」
「でも平手打ちは余計だよなぁ…」
 そう呟く万太郎を他の一同は睨みつけると、レディファーストができているガゼルがマノンに声を掛ける。
「しかし君、スカートが汚れてしまったが。…それでは帰れんだろう」
「ああ、大丈夫です。何とかしますから」
「そうね…じゃあマノン、うちの余ってるユニフォームのズボン貸すから、とりあえずそれ履いて帰ろうか」
「いいんですか?」
「いいのいいの。どうせ誰も使わないのを置いてあるんだから」
「じゃあ…お借りします」
「それにしても、あなた達は一体ジェイドとどういう関わりなんですか?」
 キッドの問いに、二人はそれぞれに挨拶する。
「ああ、自己紹介が遅れたわね。あたしは美山絵里香。このKO病院の職員で、ジェイド君とはこのマノン通して知り合いなの」
「私は、マノン・ベルガーと言って…ブロッケンレーラァの家の執事を代々務めている家系で…それで、ジェイドとは幼馴染なんです。今はこちらの高校と看護学校に留学しています」
「そうだったんだ~ジェイドにもこんな可愛いガールフレンドがいたんだ~」
「あの…」
 万太郎の言葉に、マノンは狼狽した様子を見せる。凛子はその二人の様子を苦々しげに見つめていた。その様子に気づいたマノンが気を遣う様に言葉を重ねる。
「ああ、では皆さん、これ以上こんな大人数でいると御迷惑でしょうから、後はボンベ先生に任せて出て行った方がいいと思います。…エリカさん、じゃあ着替えお願いします」
「オッケー、いらっしゃい。皆も気をつけてお帰りなさい」
 そう言うと二人は一足先に廊下を歩いて行った。一同もボンベにジェイドの事を頼むと、病院を出ていく。帰る道すがら、万太郎が呆れた様に言葉を紡ぐ。
「あ~あ、せっかくのお花見が台無しになっちゃっ…グェッ!」
「それは、あんたのせいでしょうが~!」
 ぼやく万太郎の頭に凛子がローリングソバットを一撃した。それを見て他の一同は乾いた笑いを上げ、そうしている内にキッドがふと言葉を紡ぐ。
「…まあ、今回の花見で分かった事は、ジェイドには酒は与えないって事と…」
「ジェイドのガールフレンドについて、尋問ができる…って事だな」
 その続きを取ってガゼルが言葉を紡ぎ、二人は共犯者の様ににやりと笑う。
「しかし、マノンさんと言いましたか。…高校生らしいですが、あの年齢であそこまでできるとは、しっかりした人なんですねぇ」
 チェックは見当はずれの天然発言をする。
「ジェイド、早くよくなるといいだな~」
 セイウチンは素直にジェイドの心配の言葉を出す。そうしてそれぞれの感慨を持って大騒動だった花見は終了した。

――そしてその後のジェイドには、『危険物、アルコールを与えるべからず』の警告が出されたと共に、幼馴染の少女について先輩達からかなりしつこく尋問されたというのはまた別の話――