――暗闇の中で愛しい女が自分を哀しげな表情で見詰めている。俺は彼女を抱き締めようと手を伸ばすが、いくら近付こうとしても手が届かない。俺は彼女の名を呼んで何とか彼女に近付こうとするができない。彼女は涙を零し俺を見詰めたまま急速に遠ざかっていく――
「…っ!」
俺ははっとして起き上がった。脂汗が身体から流れ、シーツが裸身に張り付いている。大きく息をついた俺に横で寝ていた男が声を掛けた。
「…やっと起きたか」
そうか、今見ていたのは俺の罪悪感から来る夢。最愛の女を裏切っているという――無言でいる俺に男は更に声を掛けてくる。
「うなされていたな…しかもあの女の名前を呼んでやがった」
「小次郎!彼女を『あの女』呼ばわりするのは…」
そこまで言いかけた俺の唇を小次郎は乱暴に塞ぎ、俺を組み敷くと、鋭い眼光で俺を見詰める。闘犬を思わせるその眼光に俺はなす術もなく引き寄せられ、小次郎は組み敷かれているままの俺を嘲うかの様に声を掛ける。
「そんな事をお前が言える立場か?俺と今こうしているお前がな」
「…」
小次郎の言葉に俺は言葉を失う。そうだ、俺には小次郎に抗える立場じゃない。俺は自ら望んで彼女を裏切っているんだ。こいつとの悦楽を得るために――言葉を失っている俺に、小次郎は更に俺を嘲う様ににやりと笑うと、荒々しい愛撫を俺に与えながら舌と唇を体中に這わせ、俺を翻弄する。俺がその愛撫に反応し、声を上げると、小次郎は満足そうに更に俺自身に刺激を与える。俺は更なる悦楽に抗しきれず、意識が混濁してくる。小次郎の顔と愛する女の顔が重なり、混ざり、俺は罪悪感と悦楽の間で揺れ、また彼女の名を無意識に声に出す。小次郎はそれに反応し、また鋭い眼光で俺を見詰め、噛み付く様なキスをすると、俺をうつ伏せにして貫き、口を開く。
「あの女の事は考えるな…今のお前は…俺だけのものだ」
「こ…じ…ろ…」
小次郎に貫かれ、突き上げられるうちに俺は更なる悦楽の中に引き込まれ、彼女の顔は完全に消え、小次郎の眼光だけしか見えなくなる。俺はただ悦楽に溺れ、声を上げ、更なる悦楽を求めようと自分も腰を動かす。その反応に小次郎は満足そうに更に俺を突き上げる。理性と罪悪感はもうどこかへ行ってしまった。俺はただ悦楽を求めるだけの存在に堕ちていく――
「こじ…ろう…もう…」
俺は悦楽の世界へ完全に堕ち込み、欲望を放出する。それに合わせて小次郎も俺の中に欲望を放出し、俺達はほぼ同時に果てる。俺の意識に残ったのは、ただ悦楽と小次郎の鋭い眼光のみだった――
『愛しているのは誰だ?』と聞かれたら、ためらわず俺は彼女の名前を挙げる。それは俺の本心だ。しかし、同時にこうして小次郎との悦楽の時間を求める俺もいる。彼女との肌を合わせる行為が、お互いを愛し、慈しみあうものだとするならば、小次郎との関係は愛でもなく、慈しむ事でもなく、ただ悦楽を求めるだけのもの。それなのにその悦楽から自分は逃れる事ができない。いや、逃れようとするどころか更に求めようとする俺がいる。こんな俺の本当の姿を彼女が知ったらどうなるだろう。軽蔑されるだろうか、悲しむだろうか、それとも――果てた後の混濁した意識の中で、また俺は考える。優しく、明るく、時に甘える面もあるが、本質では年下なのに、まるで聖母の様な暖かさと清らかさで俺を包み込む様に愛してくれる彼女。その彼女を裏切り、悦楽を求め、愛のない行為を小次郎と続ける自分。自分がこんなに恥知らずな男だとは、彼女と愛を交わすまで知らなかった。彼女との愛のある関係が続いていけばこんな感情は失うと思っていたのに、失うどころか更に悦楽に、そして何より小次郎の眼光に魅せられ、小次郎を求める自分――止めたいと確かに思っているのに小次郎とその悦楽を求める衝動が制御できない事に俺は罪悪感と困惑が混じった感覚を覚えながらシャワーを浴び服を着ると、それを見ていた小次郎は投げやりな口調で俺に言葉を掛けた。
「さあ、帰るんだろ?…帰れよ…あの女の…お前が愛する女の所にな」
「…小次郎」
「帰れよ。…早く、帰っちまえ…」
「…」
俺は無言でホテルの部屋を出た。俺はこうして日常へ、そして愛する女の元へ帰って行く。しかし小次郎は――?俺を抱いている時は、いつも悦楽を求める俺を嘲う様な、小馬鹿にする様な態度だが、一旦行為が終わると、いつも投げやりな態度で俺を突き放す。その態度を思い俺は自分が彼女を裏切っているだけでなく、悦楽を得るために小次郎をも利用しているのだと自覚して、愕然とする。俺は自分の欲望を満たすために二人の人間を傷つけているんだ。愛する女を裏切って、そして悦楽を得るために一人の男を出口のない迷宮に置き去りにして――そうして俺は自分だけ愛と悦楽を手に入れ生きている。自分の貪欲さに気付いた俺は思わず背筋が寒くなる。俺はどこまで罪深いのだろう――自らの罪深さに打ちのめされながら、俺は家路を辿る。罪深さを忘れる様に頭を振り、歩を速めながら――
…と、いう訳で、やってしまいました人生初の本番付き801…元ネタはチャットで私が同性カップリングを推しときながらオリキャラノーマルカップリングで話を書いていていいのかしら…?と発言したら『それはそれで本命はそうしておいてただれた不倫ネタとかはいかがですか?』とインスピレーションを下さった方がいらっしゃって、考えている内に発作的に書きたくなって書いたものです。お勉強不足なもので描写がおかしいとかあったらご愛嬌(笑)。それに『こんなぬるいエロはいらん!』とおっしゃる方もいるかもしれません。でも私にはこれが精一杯。何せ清らかな乙女(爆死)ですので…←よく言うなおい
…今回は土井垣さん視点で書きましたが、小次郎さん視点でもこの件についてはネタが浮かんできているので書きたいかなと思ってます。二人のただれた関係とその葛藤をお楽しみ下さいませ。
[2012年 05月 27日改稿]