「さあ、帰るんだろ?…帰れよ、あの女の…お前の愛する女の所にな」
「…小次郎」
「帰れよ…早く、帰っちまえ…」
 俺はそう言って奴を追い出す。奴は俺に対して哀しげな眼差しを見せながらも、無言で部屋を出て行った。奴が出て行ったのを確認して、俺はベッドに勢い良く倒れ込む。ほんの今さっきまで、ここで俺と奴はお互いの身体を貪り合っていた。しかしその行為に愛はない。ただ悦楽を求めるだけの関係だ。少なくとも奴はそうだろう。奴が本当に愛しているのはただ一人の女。俺もその女と親交を持っている。気が優しく清らかで、暖かな愛を奴に与え、奴を包み込んでいるその女。そして奴が本当に求めているのはその女の全てだとも俺は分かっている。俺との関係は、その女の全てが得られない事から来る欲望を処理するための手段でしかない。それを知っていても俺がその関係を拒む事ができないのは…その理由を奴が知ったら俺とのこうした関係は変わるのだろうか――そう考えて俺はくくっと笑う。そんな事はありえない。何故なら奴は、俺の本当の気持ちなど絶対に気付かないだろうから。奴は俺に抱かれて悦楽に溺れていても、本当の意味では俺を見ていない。それに俺がいくら強引に奴を蹂躙して悦楽を与えても、結局の所奴の心から完全には『あの女』を消せない。俺はそれが分かっていて尚、奴との関係を続けているのだ。自分の届かぬ想いを、それとは悟らせず奴にぶつけるために――自分の卑怯な部分を感じながらも、俺は奴とのこうした関係を断ち切ることが出来ない。奴にとっては俺との関係はどこまで行っても悦楽を得るための手段であるだけで、それ故奴を抱いた後に自分がとてつもなく空しくなる事が分かっていても、俺は奴を抱く事が止められない。こんな空しい関係でも、俺には奴とのこうした繋がりを断ち切れない…いや、断ち切りたくないんだ――自分の気持ちを隠し、奴を強引に抱き、奴の求める悦楽を与え、欲望を満たしてやる事で奴と自分との繋がりを留めようとする自分。そうやって決して届かぬ想いをぶつけつつも、俺は結局、空しさに取り残されたまま、その重石の様な想いを胸に抱えて生きていくんだ。奴が俺の与える悦楽を求め、すがってくるのを利用しながら――俺は渇いた笑いを上げる。その笑い声が空しく部屋に響いた。

 奴と俺とのこうした関係は表には知られていない。一般に言われる俺と奴の関係は『宿命のライバル』だ。確かに表面上はそうだ。しかし実際はそうした関係を超え、こうしてお互いの身体を貪り合い、悦楽を求め合う関係に堕ちている。こんな関係だと人が知ったら世間は大騒ぎになるだろう。そんな危険を孕んでいる事が、更に俺達の欲望を刺激する。そうしてお互いを貪り合い、悦楽に堕ち込み、心の闇を二人で背負っていく――そういう意味では奴と俺は共犯者だ。しかし俺達が共に持てるのはこの心の闇のみ。そして奴はその闇を俺と共有しながらもうまく隠し、最愛の女と幸せに過ごしている。反面俺は独り、心の闇に取り残されたままだ。取り残されて尚闇を共有し続けるために奴に悦楽を与える自分が空しくなり、いっその事全てを周囲に、何より『あの女』にぶちまけてしまいたくなる事がある。そうできたらどんなに楽だろう。しかしそれは決して出来ない事も分かっている。何故ならそれを実行したら、俺は奴を完全に失う事になると分かっているから。どんなに空しい関係でも、独り闇に取り残されても奴を失うよりは数千倍、いや数万倍ましだ。そこまで内心では奴を求める自分が、おかしくも哀しい。奴の愛は俺には絶対に向けられない。奴の愛は全て『あの女』に捧げられているのだから――。そう思った時、俺は『あの女』に思考を移す。俺と奴の関係を知ったら、清らかな心を持つ『あの女』はどうするだろうか。いや…もしかすると、本当はもう勘付いているのかもしれない。今思うと何度か会った時、『あの女』は時折無意識だろうが俺に対して哀しげな、痛々しげな眼差しを向けていた。もし勘付いているとして、それでも奴を責めずにいるのは何故なのだろう。自分が愛されているという自負があるからなのか、自分の所に奴を留めきれない事に負い目を感じ黙認しているのか、それとも――考えている内に俺はどうでも良くなった。勘付いていて知らぬ振りをするなら、それを利用させてもらうだけだ。奴の光の部分が全て『あの女』に捧げられているとするならば、闇の部分は俺だけのものだ。そう、俺は闇に取り残される代わりに、奴の闇を手に入れ、俺だけのものにする。それは奴が俺との関係を続ける限り続くんだ。ずっと、ずっと――俺はシャワーを浴びるため浴室へ行く。闇に取り残された空しさと、俺をその闇に取り残した男の残り香を洗い流すために――

 …と、いう訳で『罪深き身に』の小次郎兄さんサイドです。直接描写がないから表でもよさ気ですが、裏の続編ですし、やっぱりどこかいかがわしい雰囲気があるのでこちらへ奉納。土井垣さんが自分の欲深さに自己嫌悪しているのと同様、小次郎兄さんも自分の土井垣さんへの想いはあるものの、土井垣さんの気持ちを利用している事にどこか負い目を感じている…という設定で書かせてもらいました。土井垣さんを強引に抱いて、闇にまぎれてただれた関係を続けていても、最後にはその闇に取り残される事を知っているので、そこに空しさを感じる小次郎兄さん…ちょっと切なげモードです(笑)。
 …で、ここで言っている通り、土井垣さんのお相手は二人の関係に気付いているのでしょうか…?いずれそれも書きたいと思っています。そしてこれは『罪深き身に』の感想で言われたのですが、『ここに不知火が絡んできたら大変ですね』とも言われ、調子に乗って絡ませてみようかとも…土井垣さん総受けになるか?さあ行方は神のみぞ知る…(爆笑)

[2012年 05月 27日改稿]