「…じゃあ、もう元気一杯なんだ」
「ええ、でも大泣きするかと思えばぐっすり寝る子達で、葉月は少し助かっているみたいです。…な、葉月」
「ええ、でもとにかくミルクはよく飲む子なのは困るかな。母乳だけじゃ足りなくって…でも太りもしないしすごく大きくもならないんです。かと言って吐く訳でもないしお医者様に聞いても何にも異常はなくって…どこに入ってるのかな」
「でも、大変以上に可愛くって仕方ないでしょ?二人とも」
「はい」
今日は葉月が『合唱の練習に挨拶がてら出たい』という事で俺もオフだったのでレッスンの見学がてら付いて行って、レッスン後の飲みに少しだけ付き合っているという次第である。焼酎の水割りを飲みながら問い掛ける合唱団の面々に、俺と葉月はウーロン茶を飲みながら笑って答える。多分俺達二人とも相当顔が緩んでいるだろう。面々は俺達の反応にニコニコ笑って飲みながら、同時にこれからしばらくの合唱団での葉月の事を話し合っていった。
「じゃあ、しばらくは個人レッスンと、二人を連れて来られるうたごえ喫茶の参加だけって事だね」
「はい。柊は『預かるから子育ての気晴らしに行ってこい』って言ってくれてるんですけど、仕事に復帰したら離れる時間が多くなるし、折角育休たっぷりもらえてますから、もうちょっと大きくなるまでは付いていたくて」
「何か本当にお母さんになってるよ。宮田ちゃん」
沼田さんが葉月に優しく声を掛ける。本当はもう彼女は『土井垣葉月』なのだが、チームメイトも合唱団の面々も『二人一緒の時ややこしいからそのままにする』と彼女の事は旧姓で呼んでいる。葉月はその言葉に問い返す。
「そうですか?」
問い返す葉月に沼田さんは更に続ける。
「うん。…実はね、生まれても仕事はもちろん合唱も頑張ってやり通しちゃうんじゃないかって皆心配してたんだ。でもちゃんとその時に選ぶべきものを選んでる。大人になったね、宮田ちゃん」
「沼田さん…」
「お母さん一杯してあげなよ。土井垣ちゃんも宮田ちゃんに負けずに、お父さんをしっかりしてね」
「はい」
俺達は頷いた。その内に桐山さんが残念そうに声を上げる。
「…でも、結婚式に出られないのが残念だなぁ。皆で祝ってあげたかったんだけど」
「すいません、式を挙げる12月でも子供はまだ小さいですし、寒い時期だけに葉月のお母さんの心臓の事も心配だったんで、双方の親兄弟だけで式を挙げて披露宴も無し、と決めてしまったものですから…」
「でもそれで大丈夫なの?こんな事言っちゃ何だけど、土井垣君の方の関係者は難しい事が多いんじゃない?その辺はどうする訳?」
「それは葉月が『筋を通したい』と言ったので自分がちゃんと教えて、葉月が少しづつ直接訪問して挨拶してくれました。おかげで逆に『礼儀正しい、いい奥さんをもらった』って自分も葉月も株が上がってます」
「宮田ちゃんらしいね。義理と人情を忘れない、いい娘だから」
「皆さんったら…褒めても何にも出ませんからね」
「で、結婚式はどこでやるの?」
「葉月の地元で、毎年祭で巫女をしている白神神社でする事になってます。宮司さんも『巫女を毎年やってくれてるのに、ここにしてくれなかったらうちの面目が立たなかったから嬉しい』って喜んでくれましたよ」
「そうなんだ。…で、巫女はもう宮田ちゃんやらないの?」
高槻さんの問いに、葉月は少し困った様に言葉を返す。
「そのつもりだったんですけど…『今年宮田さんが指名した別の人に頼んだらやっぱり怪我人が出たから来年からまたやって。で、生まれた女の子が大きくなったらその子に継いでもらう』って言われちゃって…一応氏子って言ってもあんまり普段は私関わり持ってないんですけどねぇ…」
「宮田ちゃんも大変だねぇ…」
「まあ、私はいいんですけど鈴が大きくなってからやりたがるかは分かりませんから、そっちが気になりますね」
「まあ、とりあえずはそんな遥か先の事は考えないで、まずは元気に二人が育つ事を考えなきゃね」
「そうですね…ああ、そろそろ帰ろう。葉月」
「そうね。いくらお姉ちゃん達が見ててくれてるって言っても、あの子達勘が鋭いから、きっと今頃大わらわだろうしね」
「じゃあ、盛り上がってるところを悪いですけれど、自分達はこれで…」
「いいよ、色々言ってるけど子供が心配なんでしょ?早く帰ってあげな」
「…はい、失礼します」
俺達は面々の言葉に照れつつも、自分達のお金を払うと一礼して店を出て、寄り添い合って家路を急ぐ。部屋に帰って来ると、二人分の赤ん坊の泣き声と共に、文乃さんが俺達を出迎えた。
「…あ、お帰り。やっぱりね。今まで寝てたのに急に薫君、鈴ちゃんの順番で泣き出したから帰って来たんだってすぐ分かったわ」
「やっぱりですか?不思議ですよね。いつも家を空けたり戻ったりする時に泣く順番が決まってるなんて」
「しかも鈴ちゃんって、ちょっと我慢してから泣くのよ。お姉ちゃんをちゃんとしてるみたいね」
「そうだよね…ああ、今の泣き方だと甘え泣きだから、早く行かないと本泣きになっちゃうわ二人とも」
俺達は部屋に入ると、子供部屋へ急ぐ。そこではぐっすり眠っている美月ちゃんと、隆さんと御館さんがそれぞれ二人を抱いてあやしていた。入って来た俺達を見ると、二人は口々に子供達をあやす様に声を掛ける。
「ほ〜ら、薫く〜ん。お父さん達帰って来たからね〜笑ってご挨拶しようね〜」
「鈴〜ちゃんとお母さんも帰って来たんだから、もう泣くんじゃねぇぞ〜」
「ありがとうございます、隆さん。じゃあ引き取りますから」
「柊、ありがと。鈴は任せて」
「ああ、頼むよ」
「任せた、葉月」
俺達は二人から赤ん坊を引き取ると揺らしながらあやしていく。と、不意に泣いていた二人は泣き止むと笑って、その内に眠り込んだ。眠り込んだ所を見計らって俺達は布団に二人を寝かせると、三人にお礼の言葉を紡ぐ。
「ありがとうございます、見ていてくれて。おかげで葉月もガス抜きができます」
「ありがとう、お姉ちゃん、隆兄、柊。皆がいなかったらあたし育児ノイローゼになっちゃってたかも」
「いいのよ葉月。結構この子達赤ん坊なのに聞き分けいい子だし、『最終兵器』もいるから」
「『最終兵器』?」
言葉の意味が分からず俺達が問い掛けると、隆さんが苦笑して答える。
「美月がね、けっこうああ見えて役に立つんだ。泣いて泣いてどうしようもなくなって困ると、二人に『め〜よ』って言って何か分からない事を話し出してね。そうすると不思議と泣き止むんだ」
「でも、美月ちゃんにしたらお父さんとお母さん取られちゃって寂しいとか思ってないのかな」
心配そうに言葉を紡ぐ葉月に、御館さんが笑って応える。
「いや、何か『自分はお姉さん』っていうプライドの方が先にできたみてぇだぞ。あやしてると色々二人にやろうとしてるしな」
「でも柊が抱っこすると『め〜!しゅ〜はみ〜の!』って言って怒るのよね。やきもち妬いてるみたい…どう?柊。美月をお嫁さんにでもしてみる?」
「おい…どう考えたって犯罪的な年齢差じゃねぇか!からかうのもいい加減にしろ!」
コロコロと笑って言葉を紡ぐ文乃さんに、御館さんは声を荒げる。と、美月ちゃんが起き上がって、寝ぼけ半分といった感じでトコトコと御館さんの所に行くと、膝の上でこてんと横になり、また眠り始めた。
「…どうやら本当に柊が好きみたいね。16になったら問題なく結婚もできるんだし、年齢差考えないで考慮に入れてもいいんじゃない?鈴よりは差がないんだし」
「葉月までそんな事言うなよ〜俺は一生葉月一筋で独身を通すんだからな〜」
葉月の言葉に、御館さんはむくれた様な言葉を紡ぐ。その様子に俺達は笑った。そうしてしばらく穏やかに話し合った後、四人は帰る。四人が帰った後、葉月は二人を優しく見詰めながらしばらく子守唄を歌っていたが、やがて静かに口を開く。
「こんな風に…幸せになれるって思ってなかった」
「葉月…」
「これからどうなるかは分からないけど…今の幸せをちゃんと心に刻むわ、あたし。そうしたら…将さんとの別れが来たとしても、今度はもう大丈夫だと思う」
葉月の言葉に、俺は彼女を抱き締めると、囁く様に言い聞かせる。
「また…そんな事を言っているな。俺はもう迷わない。ずっとお前と一緒だ…死ぬまでな」
「将さん…」
俺は彼女にキスをすると、更に悪戯っぽく囁いた。
「幸せを…もっと実感させてやろうか?」
俺の言葉に、葉月は俺の意図が分かったのか一瞬顔を赤らめて絶句すると、困った様に消え入りそうな声で応える。
「すぐに三人目…なんて事にはしないでね。ただでさえ二人で今は精一杯なんだから」
「…ああ」
そう言うと俺達はもう一度深くキスをして、久し振りに肌を合わせた。
…すいません。前回大嘘ぶっこきました(土下座)。本当はこれと次の話を合わせて最終回にしようと思ったのですが、短編連作と言っているのに長くなってしまったので分けました。…という訳で、最終回の前の閑話休題的な話です。今までの苦労の分、幸せボケしている二人でございます(笑)。で、今は葉月ちゃん育休中で、御館さんにいい保育園を探してもらいつつ、子育てに奮闘の毎日を送ってますが、結構扱いやすい子の上、文乃さん達のフォローがあるため大分助かっている様です。それに最終兵器美月ちゃんもいるし(笑)。で、どうやら美月ちゃんは御館さんがお気に入りの模様。このままなら光源氏計画もできますが、この二人の行く末もどうなる事やら…(爆笑)。
そして二人は子供がいつつもラブラブ生活を満喫している模様。表にも通ずるバカップル夫婦になりました(爆笑)。こんなのに振り回された小次郎兄さんや不知火の立場って…(苦笑)。誰か二人に幸せを…傷をなめあうカップルでコジシラとかにするか?←こら
で、次回で本当に最終回です。迷路に迷った皆の行く末はどうなるのでしょうか?
[2012年 05月 27日改稿]