12月の最初の日曜日、私はずっと憧れだった白無垢に綿帽子を被り、将さんとの結婚式に臨んだ。紋付袴の将さんもすごく似合っていて、私は幸せな気持ちになる。大安吉日でもないし、身内のみの小さな式だけれど充分幸せだった。そうして式を挙げるために白神神社の鳥居をくぐろうとした時、お義母様がお父さんに申し訳なさそうに言葉を掛けた。
「全く、『先に授かっても構わない』とは申しましたけど…子供のお宮参りより後に結婚式だなんて、そちら様の大事な葉月さんに恥ずかしい事をさせてしまって。本当に申し訳ありません」
 その言葉に対してお父さんは私の言葉を受け取ったかの様に、私の思っていた事を口にした。
「いいえ、あの子はずっと入院していましたし、この位子供達が大きくなってからの式の方がお互いに余裕が持てていいと思っての判断でしょう。それに、おめでたい事はどちらが先で、どちらが後でもいい事です」
「宮田さん…ありがとうございます」
 頭を下げるお義母様に私も会釈をすると、神社の鳥居をくぐり、神輿を担いで駆け上がり、また巫女として上がってきた急な石段を登る。そして本殿の中へ入り、結婚式が始まった。祓言葉、祝詞奏上、三々九度の盃を交わし、今回は宮司様が『巫女をやってくれている感謝を込めて』とわざわざいつもはやらない神楽奉納までやってくれた。私は嬉しくて泣きそうになるけれど、涙は零したくなかったので必死に我慢する。その後誓詞奏上で将さんが誓いの言葉を述べてくれた時、もう一緒に暮らし始めてから数えると二年近く経つし、子供だっているのに本当に自分はお嫁に行くんだという気持ちになってきた。すると、今までにあったいろいろな事が頭の中を駆け巡る。将さんの裏切りも、愛も、全て――式は粛々と進められ最後まで無事に終わり、今度は写真を撮りに行くために本殿を出て階段を下りようと歩を進める。と、不意に法被や浴衣を着た集団、スターズのユニフォームを着た集団、そして、カラーシャツに黒ズボンの集団が階段の下に集まっているのが目に入って来た。驚いて私達が足を止めていると、その中にいた柊が大声で私に声を掛ける。
「お〜い!約束通り白龍の皆が集まってくれたぞ〜!それだけじゃねぇ、ここの地区の代表やら道祖神さんや昇龍会さんの皆もだ〜!それにな、お前の叔父さん木遣保存会だろ?来てくれたぜ!」
「柊…」
「白神の大巫女が結婚式となりゃ、世話になってるおら達が祝わねぇってのは筋が通らねぇべ!」
「地区の皆さん…」
「これからも神輿担いでもらわねぇといけねぇからな〜!ここで恩を売っとくべと思ってな!」
「道祖神さん…」
「これからは一家で神輿担ぎに来いよな〜!」
「昇龍会さんに、正太郎叔父様…」
「木遣やるって聞いたし、それでここまで集まって保存会の…しかも役員の身内だってのに来ねぇ訳にはいかねぇからな〜!そうじゃなくても正太郎だけ来て俺が来ねぇ訳にはいかねぇし、何よりこの浴衣はお前のひいじいさんの型だ!ひいじいさんが祝いてぇ、祝わせろって騒いでやがるぜ!」
「龍也叔父様…」
 嬉しい闖入者に私は胸が一杯になる。将さんもチームメイトの来襲に驚きながらも内心は嬉しさで胸が一杯なのが良く分かった。チームメイトの皆さんも大きな声で私達に呼びかける。
「間に合いました〜!やっぱり皆監督と宮田さんの事祝いたいって言い出して、でも来て正解でしたね〜!」
「お前ら…」
 そしてカラーシャツの集団は合唱団の皆だ。緒川龍男さん――通称アコタツさんがアコーディオンを持って、こっちも笑いながら声を掛ける。
「僕らを甘く見ちゃ駄目だよ!『お呼びとあらば即参上、呼ばれてなくても現れる』が僕らの信条でしょ!」
「皆さん…」
 私はもう堪えられなかった。こんなに私達を祝ってくれる人達がいる事が本当に嬉しくて涙が零れた。と、柊が何かを龍也叔父様と話して一礼した後、私に向かって声を掛ける。
「じゃあ、約束の木遣だ!本当なら身内の人間が口火切りだが、今回は俺が口火を切る!いいだろ葉月!」
 柊の想いのこもった言葉に、私も涙を拭うと大声で返す。
「ありがとう!お願い!」
「おお!じゃあ口火二本で行きますから、その後は順番に一本づつお願いします!」
『おお!』
「じゃあいくぜ!…そ〜おぉれんえ〜えぇ」
『おお!』
「木遣者〜に〜ぶでぇ〜もよ〜おおぉぉ」
『そりゃやっとこせ〜のぉよぉ〜お』
「そ〜おおりゃ、掛け声〜たのぉ〜む〜ぞぉ、よ〜おいとなぁ〜」
『そ〜りゃ、ありゃりゃ、よいよい、よ〜いと〜こよ〜いと〜こせ〜』
「そ〜おぉれんえ〜えぇ」
『おう!』
「めでた〜め〜でた〜のよ〜おおぉぉ」
『そりゃやっとこせ〜のぉよぉ〜お』
「そ〜おおりゃ、若〜松〜様〜だ〜ぞぉ、よ〜おいとなぁ!」
『そ〜りゃ、ありゃりゃ、よいよい、よ〜いと〜こよ〜いと〜こせ〜』
 そうして柊が口火を切った後は龍也叔父様、正太郎叔父様、地区の皆さんがそれぞれ木遣を唄い、小田原流の一本締めをして終わった。と、今度は道祖神さんが声を上げる。
「今度は俺達だ!」
 道祖神さんは得意の江戸木遣を唄ってくれる。小田原の木遣と違った荘厳さに、私は背筋が伸びる思いがした。そうして一本締めた後に、今度は昇龍会さんが声を掛けた。
「じゃあ、ここまでやったらどっこいもやらねぇとな!」
「ちょっと待って下さい!」
 と、どっこいの甚句を口にしようとした時、不意に神社の入口から声がする。そこにはワンピース姿のヒナともう一人の親友のお姫、そしてスーツ姿でに花束を持った犬飼さんと不知火さんがいた。驚いて私が見ていると、ヒナが口を開く。
「この人達案内するのに時間かかっちゃって、遅れちゃった。ごめん!…で、いきなり来て申し訳ないんですけど、どっこいの甚句唄うなら、私達にもやらせてもらえませんか?」
 ヒナの言葉に、柊がうまく混ぜる様に口を開く。
「そうか、弥生ちゃんは真鶴だったな。昇龍会さん。彼女達は葉月の親友なんです。混ぜてやって下さい」
「そうけ…じゃあお願ぇするけ!」
 そうしてしばらく話し合った後、昇龍会さんとヒナとお姫は唄い始める。唄ったのは何と嫁入りする娘に向けて決して戻るなと言う親に対して縁がなかったらそれは無理、と娘が返す甚句の『嫁入り』。ヒナ達の悪戯に思わず私は声をあげる。
「ひど〜い!別れるって言いたいの〜!?」
 私の言葉にヒナとお姫はそれぞれ笑って声をあげる。
「違うわよ、反面教師にしなさいって事!」
「幸せになんなきゃ許さないんだからね!」
「ヒナ…お姫…」
 二人の思いやりに私はまた涙が出そうになる。そうしている私の肩を、将さんは抱いた。と、今度はスターズの皆さんが声を掛けてくる。
「じゃあ、今度は俺達です!土井垣さん、聞いてて下さいよ!」
 そうするとスターズの皆さんは、アコタツさんの演奏でチームの応援歌と将さんのヒッティングマーチを斉唱する。将さんも胸が一杯になっているらしく、目の縁が赤くなっていた。
「あいつら…」
「じゃあ、最後は僕らがいくからね!皆さんも是非一緒に!」
 そう言うと合唱団の皆が歌詞コールをしながらアコタツさんの演奏で皆と一緒に歌ってくれる。それは『上を向いて歩こう』の替え歌だった。

――前を向いて歩こう
    涙が こぼれたっていいじゃないか
    思い出す 春の日
    一人ぽっちじゃなかった夜
    前を向いて歩こう
    にじんだ 星を数えて
    思い出す 夏の日
    一人ぽっちじゃなかった


    幸せは 目の前に
    幸せは その手の中に

    前を向いて 歩こう
    涙が こぼれたっていいじゃないか
    泣きながら 歩く
    一人ぽっちじゃなかった夜
――

 歌い終わると拍手と歓声が沸きあがった。私は幸せな気持ちに溢れて涙も止まり、傍でお姉ちゃんと隆兄が抱いていてくれていた薫と鈴に微笑みかけると、将さんに呟く様に言葉を掛ける。
「…幸せね、こんなに盛大に祝ってもらっちゃって」
「…そうだな」
「…それに、薫と鈴も今日はご機嫌よね。一度も泣かないどころか、ずっと笑ってるわ」
「…きっと、幸せな気分が伝わっているからだろう」
「…そうね」
 将さんの優しい言葉に、私はまた微笑む。と、花束を持っていた犬飼さんと不知火さんが不意に階段を上がってきて私達に声を掛けた。
「…花嫁に、祝いだ。とはいえこれじゃ持てねぇな。土井垣、代わりに受け取れ」
「俺も…宮田さんにお祝いです。土井垣さん、受け取って下さい」
 その花束は、犬飼さんは白百合、不知火さんはかすみ草だった。驚きながらも受け取る将さんに犬飼さんはふっと笑いかけると、呟く様に口を開く。
「俺達を蹴散らして結婚したんだからな。…絶対に幸せになれ」
「小次郎…」
「幸せにならないと…許しませんよ。宮田さん」
「不知火さん…」
 二人の想いを知っている私は更に胸が一杯になる。こんなに沢山の愛を受け取ったんだ。何か返したい――そう思った時、私はお父さんに声を掛けていた。
「お父さん…あたし、木遣一本唄いたい」
「おい、祝われる側が唄うのは前代未聞だぞ!できる訳がないだろう」
「でも…少しでも恩返しがしたいの。…こんなに幸せをもらったから」
「葉月…」
 お父さんは額を押さえていたけれど、やがて顔を上げると石段の下に声を掛けた。
「お〜い!葉月が木遣一本唄いたいそうだ!受けてくれ!」
『おお!今年の祭は宮田の木遣が聞けなかったからな!喜んで受けるべ!』
 お父さんは私に向かって笑いかけた。
「さあ…唄うといい。精一杯の感謝を込めてな」
「うん…じゃあ皆!いくね!」
『おお!』
「そ〜おぉりゃんえ〜えぇ」
『おお!』
「富士の〜し〜らゆ〜きゃよ〜おおおぉ」
『そりゃやっとこせ〜のぉよ〜お』
「そ〜おぉりゃ、朝日で〜とけ〜ぇる〜ぞぉ、よ〜おぉいとなぁ!」
『そ〜りゃ、ありゃりゃ、よいよい、よ〜いと〜こよ〜いと〜こせ〜!』
 私は思った。この木遣に込められた願いの様に、全てが溶けて流れて、全ての人が幸せになればいいと、そして自分達も幸せになろう、ううん…ならなければと――


 葉月の柔らかな声が青空に溶けていく。そしてこの唄が空から皆に注がれ、全てが溶けて、皆が幸せになれる様な気がした。結局は傷つけることしかできなかった小次郎も、守も、皆――そして俺は彼女と子供達とともに幸せにならなければと思った。そしてまた一本締めた後、皆はそれぞれ口を開く。
「じゃあ次は記念撮影だべ!」
「誰かカメラは持ってないかい?」
「でもこの人数じゃ普通のカメラじゃ駄目じゃないですか?」
「そうだべな…そうだ!なあ宮田さんよぉ、写真はいつものとこで撮るんだべ?」
「え?ああ、そうだが…まさか」
「呼び出しちめぇ!あそこのおっさんなら呼べば来てくれらぁ!」
「ああ、何だか大事になってきちゃったね…お父さん、お母さん」
「まあ…祝ってくれてるんだからいいべな。…しかし土井垣さん、こんなとんでもない娘ですが、本当にいいんですか?」
「ええ、こんなに慕われているお嬢さんを迎えられるなんて、将は本当に幸せ者です」
「ありがとうございます。ふつつかな娘ですけど、気立てだけは保障しますから」
「ええ、分かります。あの方達の笑顔で。こちらこそふつつかな息子ですが、心根だけは保証します」
「お互い、素晴らしい孫を持ちましたな」
「ええ、本当に」
 そう言ってくれる互いの両親や祖父母の言葉に胸が一杯になりながらも、俺は涙を堪えて葉月に微笑み掛ける。葉月は分かっている様で俺に微笑みを返す。お義父さんは下の皆に声を掛けた。
「じゃあ、呼び出すべぇ!皆、よろしくな!」
『お〜よ!』
『はい!』
『ラジャー!』
 そうして呼び出された写真屋さんはあくせくしながらも皆との集合写真と、宮司さんのご厚意で本殿を使って俺達二人と子供達での結婚写真を撮ってくれた。この結婚式は後々の語り草になるのだろう。最高に幸せな記憶として――

 …はい、という訳で本当に最終回です。結婚式と皆が集まった所で木遣を唄って終わらせようというのは『二人のマリア』の頃から決めていた事でした。考えていた通りに着地できて良かったです。本文に書いた通り、この木遣でそれぞれの迷路から、皆がそれぞれ出口へと向かっていく始まりになって欲しいという願いを込めていくつか候補を挙げていた木遣の中からこれを選んだ次第です。小次郎兄さんも、不知火もこれからそれぞれに迷路から抜け出していくのでしょう。それは番外編になるのでまた次の機会に…
 とりあえずは本編はこれで終了です。最後までお付き合いありがとうございました(最敬礼)。

[2012年 05月 27日改稿]