守の愛撫を受け、狂った様に反応する自分。しかし意識と視覚に浮かぶのはただ一人の愛する女。彼女と何故か面影が重なる守の愛撫は彼女がもう自分の所にいない事を思い出させ、絶望の淵に落とされると共に、彼女の面影を更に増幅させる。守に貫かれ、快楽が更に強まると共に、俺は無意識に彼女の名を出していた。
「はづき…」
その言葉に反応した様に、守は更に俺を強く突き上げる。まるで、俺の中の彼女を消してしまおうとするかの様に
――しかしそうして快楽が強くなる度に逆に俺は彼女の面影が更に鮮明になってくる。聖母マリアの微笑みと、最後に見せたラプンツェルの笑顔、そして最後のキスの唇の感触や温度すら生々しく思い出され
――その心のままに俺は腰を動かし、更に彼女の名を呼び続ける。
「はづき…は…づき…愛して…いるんだ……いかない……で…」
その言葉を言い切る前に俺は果てて、快楽の底へ堕ちていった
――
「どうして…彼女を迎えに行かないんですか?居場所は分かってるんでしょう?」
守は静かに俺に問い掛ける。その口調の奥には、彼女を愛しているのに行動を起こさない俺に対する歯がゆさと、いくら自分が俺を愛しても自分には愛を返さない俺に対する絶望が滲み出ていた。俺はビールを飲みながら静かに答える。
「…葉月は、俺の手からすり抜けてしまった。確かに、お前の言う通り迎えに行って…無理矢理連れ帰る事はできると思う。でも…そうやって連れて帰っても、気持ちがすれ違ったまま壊れてしまった俺達じゃ、もう…一緒にいても、お互いが苦しくなるだけだ」
「…そうですか」
ミネラルウォーターを飲んでいた守は一気にそれを飲み干すと、激しい口調で更に俺に言葉を掛ける。
「それで、俺や…『あの人』に逃げるんですか?俺達は…宮田さんの代用品じゃありません!」
「守…」
「宮田さんは…待ってます、絶対に。土井垣さんが迎えに来るのを…たとえ表に出さなくっても…待ってます。それ位、土井垣さんだって…分かってるでしょう!?」
「…」
俺は何も言えずに守を見詰める。守は俺のその眼差しから目を逸らすと、呟く様に言い捨てた。
「出て行って下さい。…今の土井垣さんは…見たくありません」
「…分かった」
俺はそれを素直に受け入れて、シャワーを浴びて着替えるとホテルの部屋から出て行き、自分のマンションへ戻った。
「…ただいま」
部屋へ戻ると誰もいないのが分かっているのに、いつもそう言ってしまう。そうしてまず俺は俺と彼女の寝室を覗く。彼女が戻ってきているというかすかな望みを託して…しかし、そこには誰もいない。俺は失望したが、荷物がまだ残っている事を確認して、たった一つの希望に縋る。彼女はまだ荷物を引き上げに来ていない。つまりまだ戻って来る可能性はある。そんな奇妙な安心感を抱きながら、俺は冷蔵庫からビールを出してまた飲み始めた。飲んでいると『そんなに毎日飲んじゃ駄目。身体に良くないわ』と口を酸っぱくして注意しながらも、『おつまみ作ったからこれも食べて。何にも食べないで飲むと良くないもの』と世話を焼き、俺と他愛もない、しかし愛のある言い争いをしていた頃が思い出される。言い争いの後、表面上は確かにお互いわざと拗ねた表情を見せたりしていたが、そうやって言い争いながらも、そうしながら飲むビールや酒は最高にうまくて、彼女も俺がそんな風に飲んでいる様子を本当に嬉しそうに見ていて、時にはあまり飲めない彼女はホットミルクやお茶でそんな俺に付き合ったりして
――俺達はそうしたやり取りを確かに楽しんでいた。俺はビールを一気に飲み干すと、今度は酒を取り出し、コップに注いであおる様に飲む。こんな風に飲んでいるのに、口うるさく止める彼女はいない。自由に好きなだけ飲めるじゃないか、それに同じ種類のビールや酒じゃないか。こんな楽しい事がそうあるか?なのに
――いつも感じていたはずのうまさがない。俺は彼女がどれだけ俺の中に入り込んでいたのかをそれで痛感する。
――宮田さんは…待ってます、絶対に。土井垣さんが迎えに来るのを…たとえ表に出さなくっても…待ってます。それ位、土井垣さんだって…分かってるでしょう!?――
守の言葉が不意に俺の脳裏を掠める。俺もそうだと信じたい。しかしその反面、俺には自信がなかった。彼女は俺の裏切りを見詰め続け、心を壊して出て行ったんだ。もし迎えに行ったとして拒まれたら?
――俺は怖かった。彼女に拒まれるのが
――迎えに行きたい、しかし拒まれたくない
――俺はどこまで卑怯者なんだろう。こんな風になったのは全て俺のせいなのに
――俺は笑う、渇いた笑いと共に涙が零れてきた。愛しているのに、俺はその愛を自分で壊してしまった。あの、鋭い闘犬の様な眼差しに惹かれる自分が抑えられなかった
――そうして零す涙と共に彼女が残した『ある言葉』が浮かび上がってくる。
――あたし、妊娠してるの。…双子よ――
俺と彼女との、新しい、愛おしい生命
――それすらも俺は手放してしまったんだ。自分の罪で
――俺は涙が更に溢れてくる。これだけ今涙を流すのなら悦楽の誘惑を拒めば良かったのに、俺は拒む事ができなかった。どうしてこんな風に全てが狂っていってしまったのだろう。彼女を心から愛し、女房に迎えると誓ったのは確かに俺の意思だったのに、その意思とは裏腹に悦楽の誘惑に堕ちこんでしまった自分。そんな自分を感じながら俺は酒を三杯あおる様に飲み干すと、彼女が出て行った時に置いて行ってからいつも持ち歩いている二つの指輪を取り出して見詰める。一つはペリドットがはまった婚約指輪。七夕生まれの彼女だとルビーが本来は誕生石だが、色味も名前にも合うと思ってわざと買った、8月の誕生石の指輪。これを贈った時彼女は泣き笑いの顔で受け取って、普段は大切にしまい、デートの度に似合った服を選び着けて来て、俺と暮らす様になってからはペンダントの様に鎖に通し常に身に着ける様になった。もう一つは結婚が延期になった時に、絶対に彼女を女房に迎えると誓うために買ったマリッジリング。これは俺と暮らす前は俺のものと交換してお互い身に着け、俺と暮らし始めてからはずっと彼女の左手の薬指に輝いていた。仕事中はさすがに外していた様だが、俺といる時には必ず着けて俺の事を時折『あなた』と呼ぶ彼女が愛しくて、俺達はとても幸せで
――俺との愛の結晶と引き換えに、そんな愛の証を置いていった彼女。俺はまた涙が零れてくる。そうして泣いていた時、ふと振り向いたら『将さん』と微笑んでいるのではないかと不意に思って
――振り向いた先の暗闇を見詰める。もちろんそこには誰もいない。俺はおかしくて哀しくて
――また渇いた笑い声をあげた。彼女は本当にいないんだ
――今の行動で改めてそう思い知らされる。
「…葉月」
俺は不意に思いついて彼女の名を呼んでみた。もちろん返事など返って来ない。
「葉月……葉月…」
それでも俺は暗闇に向かって彼女を呼び続ける。呼び続けていればあの柔らかな優しい声で『どうしたの?将さん』という言葉と共に彼女が現れるのではないか、という絶望的な望みを込めて
――
…はい、『想いの迷路』番外編でございます。
ちなみに今回は土井垣さんが登場。本編コメントに書いた通り荒れてる頃のお話です…が、思いっきり情けない男と化してしまいました(爆笑)不知火にまで追い返されて…そして葉月ちゃんの過去を知りながら裏切って傷つけて、出て行ってしまった彼女を求めつつも取り戻しに行けず、酒と男(笑)に溺れながら思い出に逃げ、タイトルの様に心が彷徨っている状態です。こんな男が傍にいたら、私なら即背中から蹴り一発ですがまあ書いてしまったものはしょうがない。とことん情けなくなって下さい←酷ぇ…
次回は不知火視点のお話です。
[2012年 05月 27日改稿]