『…今日も一緒になったな』
 土井垣はカウンターで冷酒を飲みながら、後ろのテーブル席に座っている5~6人の集団を気にしていた。自分がここに飲みに来ると大抵一緒になり、多い時には10人以上にもなり楽しげに過ごしている集団。時折興が乗ったらしい状態になると周囲に遠慮がちにだが歌ったりもしている。しかしその様子に土井垣は全く嫌悪感は感じず、むしろ好感やその楽しそうな様子に羨ましさすら感じていた。今日もそんな様子で一緒になり、ずっと気になっていたのだ。彼はなじみになっていた店主にカウンター越しにそれとなく問いかける。
「マスター」
「何だい?」
「あの人達って、一体何なんですか?」
 土井垣の問いに、店主は笑って答える。
「ああ、彼らね。彼らはわかくさ合唱団のメンバーだよ」
「『わかくさ合唱団?』」
 土井垣が問い返すと、店主は説明する様に続ける。
「彼らはね、この辺りに住んでたり、働いてたりする人達なんだ。で、皆歌が好きで思いっきり歌いたいって集まってね、ここを中心にして合唱団を作ったんだ。ここには土井垣君が来る前かはもちろん、合唱団ができる前からの馴染みのお客も多くてね。練習が終わると皆ここに来てくれたり、演奏会の打ち上げ会場にしてくれたり随分贔屓にしてくれてるんだ」
「そうなんですか…」
 納得した様にうなずく土井垣に、店主は心配する様に口を開く。
「何、うるさくて嫌だとか?」
 店主の言葉に、土井垣は慌てて宥める様に口を開く。
「あ、いえ…逆です。あんな雰囲気もいいなと思って…」
「そう、なら良かった。でも皆気がいい人達だし嫌な事があったらちゃんと言えば分かってくれるから、何かあったら僕が言うよ。土井垣君もここでは気を遣わないで楽しく飲む事だけ考えてね」
「あ、はい…」
 店主の気遣う言葉をありがたいと思いながらも彼らの楽しげな雰囲気がやはり何となく羨ましくて、彼らを良く見てみようと振り返る。と、不意に土井垣の肩が後ろを通っていた男性に当たり、男性は持っていた荷物を落としそこからガラスの割れる音が聞こえて来た。
「あっ…すいません!」
 土井垣はすぐに立ち上がると男性に頭を下げて謝罪する。男性はのんびりした態度でそれに応えた。
「いいよ。不可抗力だったんだし…でもやっちゃったな~」
 男性は落とした袋状の布を持ち上げる。布からは液体が滴っていた。それに気が付いた土井垣が気にしていた集団の一人が声を掛ける。
「あ~割っちゃったか~」
「ああ。残りは少なかったみたいだからもったいなくはないけどさ~これどう洗おうか」
「いいですよ、うちで洗って干しておきます」
「本当?奥さんありがとう!じゃあお願いするよ。後割っちゃったからいつもの一本!」
 『奥さん』と呼んだ店の人間に集団は感謝の声を上げ、新しいボトルを注文している。その様子を見ていた土井垣はとっさに集団に声を掛けていた。
「あの…自分が割ってしまったんでこのボトル代は…自分が出します!」
 土井垣の言葉に集団は土井垣の方を見ると、笑って答える。
「いいよ。残り少なかったみたいだし、わざと割ったわけじゃないでしょ?気にしないで」
「でも…それではあんまり申し訳なくて…」
 土井垣の様子に集団の一人がふと考える素振りを見せると、悪戯っぽい表情で口を開く。
「じゃあ…君も今から僕達の飲み仲間って事にしようか。で、ボトル代割り勘で払えばOKだよね」
「えっ?」
 驚く土井垣にその男性は更に続ける。
「君、日ハムの土井垣選手だよね。で、良く僕達と一緒になってた。何か一人で時々寂しそうに飲んでるからさ、皆ずっと気にはしてたんだよ。でもここの作法があるから簡単には声も掛けられないしさ。有名人だからとかじゃなくって折角こうやって縁ができたんだから、一緒になった時は一緒に飲まない?もちろん嫌ならそう言ってくれていいよ」
「いいんですか…?」
「うん」
 彼らの思いもよらない言葉に土井垣はボトルを割った申し訳なさも吹っ飛んで返事を返していた。
「ありがとうございます。実を言うと自分は皆さんとずっと飲みたかったんです。だから…ぜひ一緒にさせて下さい」
「そうなの?じゃあこの事件はいい縁だったね。これからよろしくね、土井垣君」
 楽しそうに笑う面々の表情を見て土井垣は嬉しさに思わずまた大声で返事をしていた。
「はい、ありがとうございます!よろしくお願いします!」
「うっわ~大きくていい声だな~じゃあよろしく。…そうだ、こんないい声なんだ、折角だから合唱団にも入らない?」
 驚きながらもおどけた様に勧誘活動をする面々に、土井垣も含めた皆が笑う。こうして土井垣の大切な一つの出会いに繋がるもう一つの出会いが出来たのである。