今年も夏がやって来て、もうすぐ夏の甲子園が始まる。予選が始まるとチームメイト達の間で『どこどこの選手がいい』とか『今年はこの学校が見逃せない』等の話題が満載になってくる。そんな話の中に、なるべく静かに様子を見守りたい土井垣も不知火も巻き込まれていく。適当に話をあわせつつ二人で飲む段になると、その事でお互い辟易している事を苦笑しながら話し合っていた。
「全く…でも、あの高校球児に戻った様なみんなの顔を思うと、高校野球の思い出は…いつまでも忘れられないんだな、皆」
「そうでしょうね。甲子園は…選ばれた学校しか行けませんから」
そう寂しく言って酒を飲む不知火に、土井垣は地雷を踏んでしまった事に気付いた。不知火は自分達の学校のせい(と言うと語弊があるだろうが)で、甲子園の土を踏んだ事が無い。その事はやはり不知火の心残りになっているのだろうとふと土井垣は胸が痛み、謝罪の言葉が零れ落ちていた。
「…すまない」
「何がですか?」
「お前の事を、何も考えず…無神経な事を」
その言葉に不知火はふっと悪戯っぽく笑うと、土井垣に言葉を掛ける。
「いいんですよ…俺は言ったでしょう?『あれは夏祭りだ』って」
「しかし…それはお前の本心じゃないだろう?」
「土井垣さん」
土井垣の心から不知火を労わる言葉に、不知火は言葉を失う。そうしてしばらく居心地の悪い沈黙が続いた後、不知火はぽつり、ぽつりと言葉を零していく。
「確かに…この言葉はほんの少しの負け惜しみも入っていました。…俺は知っていましたから…山田達には絶対勝てないって…」
「守?」
「もちろん、チームメイト達は頑張ってくれました。でも明訓の連中はそれ以上だって…心のどこかで思っていました。そう思った時点で…負けなんですよ」
「…」
「だから、俺の高校野球の思い出は…そんな明訓とほぼ互角で戦えた…って事なんです…でも」
「でも?」
「一つだけ、もしもって思っている事が…あるんです」
「守、それは…?」
問い掛ける土井垣に不知火は寂しげな目を見せたまま応える。
「もしも…あそこで自分の心に正直になって、山田と対戦する事を選ばずに明訓に入って、惹かれていた土井垣さんとバッテリーを組んでいたら、どうだっただろう…って」
「守…」
「山田と対決する事を選んだ事に後悔はありません。…でも、もしそんなプライドを捨てて土井垣さんと野球をする事を選んでいたらって…あの最初の予選の時の里中の土井垣さんを信頼しないピッチングで…そう思っていたのも…確かです」
「でもあの時はお前、俺に対して憎まれ口を叩いてたじゃないか」
「あれは『俺だったら土井垣さんのリードををもっと光らせる事ができる』って事の裏返しのつもりだったんです」
そう言うと不知火は酒の酔いも手伝ってか赤面して横を向く。その仕草が余りに男には失礼だとは思ったが可愛いと思って、土井垣は顔を向き直らせるとにっこり微笑んで口を開く。
「ありがとう…守。そこまで言ってくれて」
「いいえ…でも絶対この思いは当たってますね」
「どうしてだ?」
「だって、俺たちは今こうやって実際プロでバッテリーを組んで、現に山田を抑えたりしてるじゃないですか。だから俺の思いは当たってたって事です」
「そうか…そうだな」
「だとする…もう一つの思いも当たってるのかもしれないな」
「『もう一つの思い』?」
「あそこで土井垣さんに自分が惹かれてるって事を告白したら、受け入れてくれるんじゃないか…って思いです」
「…っ!」
不知火の言葉に、土井垣は思わず酒を噴き出しそうになる。やっとの事で飲み込んで、土井垣は重い口を開く。
「お前…何考えてるんだ…?」
「言った通りです。…俺はずっと土井垣さんに惹かれてたんです…だから、今こうやって想いを返してくれるのが嬉しい…そういう事です」
「…」
土井垣は感情を隠す様な無愛想な表情で黙り込む。不知火はそれを見てふわりと微笑むと、更に口を開いた。
「土井垣さんとバッテリーが組めて…俺の想いも受け入れてくれて、俺は最高に嬉しいです」
「…守」
「はい?」
「…そういう嬉しくても恥ずかしい事を、臆面もなく言うな」
「ウフフ」
その後はしばらく無言で二人は飲み続けた。気恥ずかしいながらも、お互いの大切さを心に染み透らせながら――
「全く…でも、あの高校球児に戻った様なみんなの顔を思うと、高校野球の思い出は…いつまでも忘れられないんだな、皆」
「そうでしょうね。甲子園は…選ばれた学校しか行けませんから」
そう寂しく言って酒を飲む不知火に、土井垣は地雷を踏んでしまった事に気付いた。不知火は自分達の学校のせい(と言うと語弊があるだろうが)で、甲子園の土を踏んだ事が無い。その事はやはり不知火の心残りになっているのだろうとふと土井垣は胸が痛み、謝罪の言葉が零れ落ちていた。
「…すまない」
「何がですか?」
「お前の事を、何も考えず…無神経な事を」
その言葉に不知火はふっと悪戯っぽく笑うと、土井垣に言葉を掛ける。
「いいんですよ…俺は言ったでしょう?『あれは夏祭りだ』って」
「しかし…それはお前の本心じゃないだろう?」
「土井垣さん」
土井垣の心から不知火を労わる言葉に、不知火は言葉を失う。そうしてしばらく居心地の悪い沈黙が続いた後、不知火はぽつり、ぽつりと言葉を零していく。
「確かに…この言葉はほんの少しの負け惜しみも入っていました。…俺は知っていましたから…山田達には絶対勝てないって…」
「守?」
「もちろん、チームメイト達は頑張ってくれました。でも明訓の連中はそれ以上だって…心のどこかで思っていました。そう思った時点で…負けなんですよ」
「…」
「だから、俺の高校野球の思い出は…そんな明訓とほぼ互角で戦えた…って事なんです…でも」
「でも?」
「一つだけ、もしもって思っている事が…あるんです」
「守、それは…?」
問い掛ける土井垣に不知火は寂しげな目を見せたまま応える。
「もしも…あそこで自分の心に正直になって、山田と対戦する事を選ばずに明訓に入って、惹かれていた土井垣さんとバッテリーを組んでいたら、どうだっただろう…って」
「守…」
「山田と対決する事を選んだ事に後悔はありません。…でも、もしそんなプライドを捨てて土井垣さんと野球をする事を選んでいたらって…あの最初の予選の時の里中の土井垣さんを信頼しないピッチングで…そう思っていたのも…確かです」
「でもあの時はお前、俺に対して憎まれ口を叩いてたじゃないか」
「あれは『俺だったら土井垣さんのリードををもっと光らせる事ができる』って事の裏返しのつもりだったんです」
そう言うと不知火は酒の酔いも手伝ってか赤面して横を向く。その仕草が余りに男には失礼だとは思ったが可愛いと思って、土井垣は顔を向き直らせるとにっこり微笑んで口を開く。
「ありがとう…守。そこまで言ってくれて」
「いいえ…でも絶対この思いは当たってますね」
「どうしてだ?」
「だって、俺たちは今こうやって実際プロでバッテリーを組んで、現に山田を抑えたりしてるじゃないですか。だから俺の思いは当たってたって事です」
「そうか…そうだな」
「だとする…もう一つの思いも当たってるのかもしれないな」
「『もう一つの思い』?」
「あそこで土井垣さんに自分が惹かれてるって事を告白したら、受け入れてくれるんじゃないか…って思いです」
「…っ!」
不知火の言葉に、土井垣は思わず酒を噴き出しそうになる。やっとの事で飲み込んで、土井垣は重い口を開く。
「お前…何考えてるんだ…?」
「言った通りです。…俺はずっと土井垣さんに惹かれてたんです…だから、今こうやって想いを返してくれるのが嬉しい…そういう事です」
「…」
土井垣は感情を隠す様な無愛想な表情で黙り込む。不知火はそれを見てふわりと微笑むと、更に口を開いた。
「土井垣さんとバッテリーが組めて…俺の想いも受け入れてくれて、俺は最高に嬉しいです」
「…守」
「はい?」
「…そういう嬉しくても恥ずかしい事を、臆面もなく言うな」
「ウフフ」
その後はしばらく無言で二人は飲み続けた。気恥ずかしいながらも、お互いの大切さを心に染み透らせながら――