試合前の東京ドームのロッカールーム。東京スーパースターズの選手の面々が楽しそうに話している。
「…最近面白いよな~」
「ああ、あのポスターと限定CM効果な」
「本人は多大なる迷惑みたいだけどな。毎度取材に来た女子アナやら番組で一緒になるタレントやら時々無理やり連れてく女の子のいる店の女の子とかが、携帯番号とかメアド交換したがってさ」
「毎度毎度律儀に『俺は携帯を持っていませんので』って答えてさ。じゃあポスターやらCMのあれは何なんだって追及されて『あれはあくまで業務用で、個人のものは持っていないんです』って白状させられて」
「で、今じゃ裏で『業務用の携帯の会話であんな表情をするなんておかしい』『業務用っていうのが本当だとしたら恋人がいるって話があったけど実はホモでその携帯の中に入ってる選手にその恋人か最低限好きな奴がいるんじゃないか』『もっとぶっちゃけちゃえば、恋の相手はよく傍にいる土井垣監督か』とか流れてるらしいぜ」
「うわ~そりゃひでぇや~でもおもしれ~」
 そう言うと面々は爆笑した。面々が話しているのは今年企画されたスターズのメンバーによるラブアンドピースフォン社の新機種PRポスターと期間限定CM放映の義経版の事。その中で義経は『遠くにいるあなたと、つながる』というキャッチフレーズと共に試合後の少し汗ばんだ義経が爽やかだが試合後のためか、それとも電話の相手に対しての照れのためか上気した顔といつもは見せないどこかはにかんだ笑顔で会話する様子(会話の内容は音声を切ってイメージソングを流していたので分からない)のCMと、その場面が撮られたポスターが作成されていた。その見た事がない爽やかだが同時にどこか艶っぽい義経の表情にときめく女子や、こんな二人にあやかりたいというカップルでの乗り換えが元々のファンに加え一気に増え、相乗効果で一時期停滞していたラブアンドピースフォン社のシェアもある程度の右肩上がりになり、更にスターズの試合の観客数もそれなりに増加し、親会社も球団もホクホクしていた(多分に追っかけ的ファンの契約や観覧ではあったものの、とりあえず利益が上がればよかったらしい)。

「義経選手、守備はもちろんですが、打撃もこの所好調ですね」
「はい、何とかチームの足を引っ張らない様にはできていますね」
「今日の試合に関して抱負は」
「月並みな言葉ですが、自分の持てる全力を出すだけです」
「そうですか。ありがとうございました…ところで義経選手」
「何ですか?」
「確か携帯持たれたんですよね?これは私の個人携帯の番号なんですが…義経選手のものと交換して頂けたらと…」
「ああ、僕は個人用の携帯は持っていないんです。チームの業務用だけで。ですからそれも頂けません」
「そうですか…残念」
「…失礼します」
 義経は女子アナの猛アタックをかわし、ため息をつきながらロッカールームに向かう。あの『不意打ち』映像を流す許可を与えた事を、今となっては心底後悔していた。そう、CMやポスターの映像はある人間が作った『トリック』を使った『不意打ち』というより『隠し撮り』に近い映像だったのだ。しかし義経にとってはある意味普通の撮影だったらうまくいかないと自分でも分かっていたので、仕方がなくそれを表に出す許可を出したのである。とはいえ本当に『隠し撮り』同然で撮られたものを全国に流された上、そのせいで携帯を持った事が世間もそうだが、今まで携帯を持っていないと通していた業界にも中途半端に知られてしまい、余計に周囲が騒がしくなったり、望んでもいない取材後の女子アナやら時折出るテレビ番組で一緒になった女子タレントの猛アタックなどを、今まで以上にかわさなければならなくなってしまったのだ。『緊急連絡の時に困る』と土井垣に説得され仕方なく業務用のものだけ持った携帯で、『ほんの少しの幸せ』と引き換えに、こんな大きな災禍に見舞われるとは…義経はまた大きくため息をついた――

 そして試合後。今日も接戦の末勝利で終わり、一同は着替えてパラパラと帰っている中、義経は着替えると携帯を手にして無意識だろうがふっと考え込む素振りを見せていた。それを見た三太郎がからかう様に声を掛ける。
「どうしたんだよ義経~携帯片手に考え込んで~」
「あ…いや…別に。いいんだ」
「そっか~今日は金曜日だもんな~。どうせ姫さんが今日はこっちに来てるから帰るコールしようか悩んでたんだろ?」
「!」
 三太郎の言葉に顔を真っ赤にして絶句する義経に、残っていたチームメイトが更にからかう様に畳み掛けていく。
「あ~図星みたいですね~」
「でも業務用だから、一応まだ実質の『家族』じゃないおゆきさんにはかけらんないって迷ってたってところですか~」
「いいじゃないですか。オーナーも監督から事情聞いて理解してくれて、彼女の番号とメアドの登録は許可してくれたんですし」
「『CMの時』はあっちから掛けてくれたんだろ?いいじゃんか。名字決まればすぐ籍入れる事は決定してる『内縁の妻』なんだし、もう家族って事で」
「うるさい!人の事情を勝手に加味して考えている事を予測するな!」
 義経は声を荒げる。そう、彼が考えていたのは携帯を持った事で得られた『ほんの少しの幸せ』である今自分の部屋で帰りを待っている恋人の事。恋人とは言っても親同士の強硬な名字譲り合いでまだ籍が入れられないだけで、実質はもう妻に近いというか妻そのものであり、オーナーも土井垣からその事情を聞いて彼に業務用携帯を持たせた時に、チームメイトと球団関係者と家族のみの電話帳に彼女もあえて『家族』として入れる事を許し、彼女にも彼の番号とメアドは渡っている。しかしまだ籍を入れていない気後れからこの携帯を彼女のために使う事はあえてしないし、彼女もそれで納得している。そんな時にCM撮影の話が上がり、普通に撮ったら義経の性格だといいものが撮れないだろうと見越した(妙なところで鋭い)土井垣が『撮影が難航しているから協力してくれ』と裏から説得し、その時だけ彼女から試合に勝った日を狙って突発的に義経の携帯に電話を掛けるという『トリック』を作って、件のCM撮影を断行したのである。何も知らなかった義経は試合勝利の嬉しさに加えて、一番に祝って欲しい彼女から試合直後に電話が掛ってきたというそのサプライズが嬉しくて、その日は試合で大活躍したことも相まって思わず会話が弾んでいたその場面を見事『撮影』されたのだ。そんな形の上二人が互いに携帯を使ったのはその後は自重した事もあり、今の所それ一度きり。でも二人とも分かっている。もう少しすれば気兼ねなくこの携帯で『帰るコール』が互いに掛けられる日が来る事を。だからもう少しだけこのもどかしくて寂しいけれど、帰った時の喜びが深い日々を噛みしめよう、と声を荒げた後義経はふっと笑った。