「あ~っ!もう最低だぜ!」
ある日の東京ドーム。ロッカールームに里中が不機嫌な表情で入って来た。そのいつにない不機嫌な様子に何があったのかと、先にロッカールームにいて着替えていたチームメイト達が問いかける。
「どうしたんだよ、里中」
「そんな不機嫌な顔してさ。何があったんだ?」
チームメイト達の問いに、里中は憂さを晴らす形で荷物を乱暴にドサッとロッカーに下ろすと、不機嫌な表情のまま『理由』を話し始める。
「どうしたもこうしたもないぜ。ここに来る前にどうしても用があって渋谷に寄って来たんだけどさ。道歩いてたら客引きに合ったんだよ。しかも何だと思う?『まつ毛パーマしませんか?』だぜ?しかも立て続けに3人も!しかもどいつもこいつもしつこくてさ。『絶対に似合って綺麗になりますよ』とか言いやがって!俺を誰だと思ってんだよあいつら!この天下の東京スーパースターズのエースピッチャー里中智を!どこをどう見たらまつ毛パーマの対象者なんだよ!」
「あ~…」
「そういう事ね…」
里中が吐き捨てた『理由』を聞いて、一同は生温かい眼差しで内心ではその理由に同意しながらも、里中にばれると怖いのでばれない様に、彼の怒りに対し納得した様に頷いた。今日の里中のファッションは、黒のラフかつわざと少し着崩す着方をするきつめのシャツにスキニージーンズ。スニーカーもシャツに合わせた色合い。確かに鍛えた身体であるし野球道具は持っていたとしても、荷物を考慮に入れなければ鍛えているとはいえバランス的には細身といえるその身体にこの顔立ちなら、俯いていた結果里中だと気づかなければ、パッと見では『背の高いマニッシュな女性』に見えない事もない。しかしそのままそれを言ったら里中がキレることは分かっているので、チームメイト達は婉曲に表現しながら宥めていく。
「まあまあ…客引きってのは基本見境ないから」
「目立つ奴にそういうのはくっついてくるもんだし」
「里中は良くも悪くも華があるって事だよ」
「まつ毛パーマというのは、そんな普通にするものだったんだな。知らなかった」
『え?』
ぶすっとしたままの里中をどうやって宥めようかとチームメイトが四苦八苦していると、不意に見当違いの発言が飛び出したので一同はその発言の主――義経に、怪訝そうに問いかける。
「何だよ義経、まるで自分も勧誘に遭ったみたいな事言いやがって」
「ああ、俺も勧誘に遭ったんだ」
『はぁ!?』
義経の爆弾発言に、そこにいたチームメイトは里中も含め全員素っ頓狂な声を上げる。いくら端正な顔立ちでまつ毛は長くけぶる様であるとはいえ、義経は全体的には男前と言っていい見た目だ。何がどうしてそうなったんだとチームメイトは訳が分からず経緯を聞いていく。
「義経…どういう経緯でお前が勧誘に遭ったんだ…」
チームメイトの様子に気づいていない義経は、さらさらと経緯を話していく。
「いや、この間の試合の後、若菜さんが原宿を見てみたいと言っていたから待ち合わせしたんだが、そこで先に待っていた若菜さんがしつこく声を掛けられていたのがそのまつ毛パーマの業者だったんだ。始めはナンパかと思ったから早く離そうとすぐに寄って行ったんだが、そうしたらそうして寄って行った俺も一緒に『そちらのお連れ様も顔立ちが更に引き立ちますよ』と勧誘されてな。その後も何人かに『二人でご一緒にどうですか』と勧誘を受けた」
「…で?どうしたんだ?」
「逆まつ毛なら対処としてそうした方法も考えられるだろうが、俺達の場合は必要性が分からなかったから丁重に二人で断った」
「あ~そう…」
チームメイト達は義経の『恋人』の事を思い出しため息をつく。『彼女』の全体的な顔立ちは愛嬌のある日本美人だが、まつ毛は長めである。まつ毛パーマは確かに似合いそうだし、そうでなくても天性の『華』を持っている上に性格も天然であるから、勧誘には引っ掛かりやすいタイプといえるだろう。そしてその『彼女』と義経が並ぶと、どちらも和風の雰囲気のせいか一対の雛人形の様な風情になる。そんな『彼女』と一緒の義経は確かに男前でもあるけれども、端正なその顔立ちの男前の面よりよく見ると女顔とも言える顔立ちの繊細さの方が引き立ってしまいかねないし、加えてその容姿と互いの『華』による雰囲気で目立つ上、互いのやり取りで性格の天然振りが相乗効果を持って現れるため、それぞれ単体の時以上に勧誘のいいカモになりやすいだろうから、確かに揃って勧誘されてもおかしくない。しかしそうやって勧誘されてもその天然振りから空気も読まず、いらないものはあっさりいらないという二人なので、勧誘されては丁重に断って歩いている二人の姿が容易に想像できた。その姿が想像できた時、里中が不意に腹を抱えて爆笑する。
「何だよ義経、お前男のくせにまつ毛パーマに誘われたのかよ~!」
「え?何かおかしいのか?里中も誘われたんだろう?」
「だってそれは…お前、まだ分かんないのかよ!」
「だからどういう事だ」
「…」
爆笑する里中と訳が分からず首を傾げる義経を、チームメイト達は里中の機嫌が直った事には安堵したものの二人をそれとは気付かせず生温かく遠い眼差しで見詰める。女と間違われて勧誘された里中、男だと最初から分かっていてそれでも、しかも彼女と一緒にどうだと勧誘された義経、どちらがまつ毛パーマ勧誘対象としてはより痛い存在だろう――チームメイト達は生温かく遠い目をしながら大きくため息をついた。
ある日の東京ドーム。ロッカールームに里中が不機嫌な表情で入って来た。そのいつにない不機嫌な様子に何があったのかと、先にロッカールームにいて着替えていたチームメイト達が問いかける。
「どうしたんだよ、里中」
「そんな不機嫌な顔してさ。何があったんだ?」
チームメイト達の問いに、里中は憂さを晴らす形で荷物を乱暴にドサッとロッカーに下ろすと、不機嫌な表情のまま『理由』を話し始める。
「どうしたもこうしたもないぜ。ここに来る前にどうしても用があって渋谷に寄って来たんだけどさ。道歩いてたら客引きに合ったんだよ。しかも何だと思う?『まつ毛パーマしませんか?』だぜ?しかも立て続けに3人も!しかもどいつもこいつもしつこくてさ。『絶対に似合って綺麗になりますよ』とか言いやがって!俺を誰だと思ってんだよあいつら!この天下の東京スーパースターズのエースピッチャー里中智を!どこをどう見たらまつ毛パーマの対象者なんだよ!」
「あ~…」
「そういう事ね…」
里中が吐き捨てた『理由』を聞いて、一同は生温かい眼差しで内心ではその理由に同意しながらも、里中にばれると怖いのでばれない様に、彼の怒りに対し納得した様に頷いた。今日の里中のファッションは、黒のラフかつわざと少し着崩す着方をするきつめのシャツにスキニージーンズ。スニーカーもシャツに合わせた色合い。確かに鍛えた身体であるし野球道具は持っていたとしても、荷物を考慮に入れなければ鍛えているとはいえバランス的には細身といえるその身体にこの顔立ちなら、俯いていた結果里中だと気づかなければ、パッと見では『背の高いマニッシュな女性』に見えない事もない。しかしそのままそれを言ったら里中がキレることは分かっているので、チームメイト達は婉曲に表現しながら宥めていく。
「まあまあ…客引きってのは基本見境ないから」
「目立つ奴にそういうのはくっついてくるもんだし」
「里中は良くも悪くも華があるって事だよ」
「まつ毛パーマというのは、そんな普通にするものだったんだな。知らなかった」
『え?』
ぶすっとしたままの里中をどうやって宥めようかとチームメイトが四苦八苦していると、不意に見当違いの発言が飛び出したので一同はその発言の主――義経に、怪訝そうに問いかける。
「何だよ義経、まるで自分も勧誘に遭ったみたいな事言いやがって」
「ああ、俺も勧誘に遭ったんだ」
『はぁ!?』
義経の爆弾発言に、そこにいたチームメイトは里中も含め全員素っ頓狂な声を上げる。いくら端正な顔立ちでまつ毛は長くけぶる様であるとはいえ、義経は全体的には男前と言っていい見た目だ。何がどうしてそうなったんだとチームメイトは訳が分からず経緯を聞いていく。
「義経…どういう経緯でお前が勧誘に遭ったんだ…」
チームメイトの様子に気づいていない義経は、さらさらと経緯を話していく。
「いや、この間の試合の後、若菜さんが原宿を見てみたいと言っていたから待ち合わせしたんだが、そこで先に待っていた若菜さんがしつこく声を掛けられていたのがそのまつ毛パーマの業者だったんだ。始めはナンパかと思ったから早く離そうとすぐに寄って行ったんだが、そうしたらそうして寄って行った俺も一緒に『そちらのお連れ様も顔立ちが更に引き立ちますよ』と勧誘されてな。その後も何人かに『二人でご一緒にどうですか』と勧誘を受けた」
「…で?どうしたんだ?」
「逆まつ毛なら対処としてそうした方法も考えられるだろうが、俺達の場合は必要性が分からなかったから丁重に二人で断った」
「あ~そう…」
チームメイト達は義経の『恋人』の事を思い出しため息をつく。『彼女』の全体的な顔立ちは愛嬌のある日本美人だが、まつ毛は長めである。まつ毛パーマは確かに似合いそうだし、そうでなくても天性の『華』を持っている上に性格も天然であるから、勧誘には引っ掛かりやすいタイプといえるだろう。そしてその『彼女』と義経が並ぶと、どちらも和風の雰囲気のせいか一対の雛人形の様な風情になる。そんな『彼女』と一緒の義経は確かに男前でもあるけれども、端正なその顔立ちの男前の面よりよく見ると女顔とも言える顔立ちの繊細さの方が引き立ってしまいかねないし、加えてその容姿と互いの『華』による雰囲気で目立つ上、互いのやり取りで性格の天然振りが相乗効果を持って現れるため、それぞれ単体の時以上に勧誘のいいカモになりやすいだろうから、確かに揃って勧誘されてもおかしくない。しかしそうやって勧誘されてもその天然振りから空気も読まず、いらないものはあっさりいらないという二人なので、勧誘されては丁重に断って歩いている二人の姿が容易に想像できた。その姿が想像できた時、里中が不意に腹を抱えて爆笑する。
「何だよ義経、お前男のくせにまつ毛パーマに誘われたのかよ~!」
「え?何かおかしいのか?里中も誘われたんだろう?」
「だってそれは…お前、まだ分かんないのかよ!」
「だからどういう事だ」
「…」
爆笑する里中と訳が分からず首を傾げる義経を、チームメイト達は里中の機嫌が直った事には安堵したものの二人をそれとは気付かせず生温かく遠い眼差しで見詰める。女と間違われて勧誘された里中、男だと最初から分かっていてそれでも、しかも彼女と一緒にどうだと勧誘された義経、どちらがまつ毛パーマ勧誘対象としてはより痛い存在だろう――チームメイト達は生温かく遠い目をしながら大きくため息をついた。