2006年春季キャンプ初日。東京スーパースターズドラフト1位に指名されたもののこれまで態度を保留していた義経が、冬の荒行前に道場に訪れた土井垣の説得により、スターズのキャンプ地である高知市民球場に現れ入団の意思を伝えキャンプに合流した。高校時代ただ一人明訓に土をつけ、その後一切野球とは関わらなかった伝説の存在が11年ぶりに野球に復帰した事に加え、更に投手から外野手への転向という大胆な土井垣の采配も相まってスターズは注目を一気に集め、チーム内外はちょっとしたお祭り騒ぎ状態になっていた。特に義経入団に対する土井垣の上機嫌ぶりは、傍から見ていても苦笑いが出る程である。そんな様子をチームメイト達は呆れた様に話していた。
「…監督、義経が入るってなってからものすごい浮かれっぷりだよな」
「…まあ、三太郎が言ってた通り『恋人』が現れて自分の気持ちに応えてくれたんだから、ああなるのも無理はない気もするけどさ」
「っていうか、あのご機嫌な状態は『片想いだと思ってた恋人が自分の気持ちに応えてくれた女の子』ってより、むしろ『ずっと欲しかったおもちゃがやっと手に入った子供』みたいな気もするけどさ」
「俺はむしろ『絶体絶命のピンチに正義のヒーローが現れた時のヒロイン』に見える」
「ああ、それも合ってそうだ」
「…」
そんな風にこれからあるだろう熾烈なスタメン争奪戦に対する思いを軽くするため、わざと茶化した話をしているチームメイト達の横で、一人里中のみ不機嫌な表情で黙ったままでいた。そんな彼の状態が不可解に思えて、山田を含めた面々は彼に口々に声を掛けていく。
「どうした、里中。そんな不機嫌な表情になって」
「お前はピッチャー、しかもエースだしスタイルだって違うんだから、そもそもあいつにお株取られる事はないだろ」
「本人だって『ピッチャーはもうできないから断るつもりだったが、センターという新しいポジションを提示されたから入団を決めた』って公言してるじゃん」
「…」
それでも里中は不機嫌な表情で黙ったままだ。そんな彼の態度の意味が分からず面々が困惑していると、ロッカールームにその『話題の主』である義経が入ってきた。彼はチームメイト達に改めて礼儀正しく挨拶をする。
「…ああ、皆いたのか。まずは突然こちらに合流して、結果大切なキャンプ初日を混乱させてしまって申し訳なかった。しかしこれからは同じチームメイトとして、スターズに貢献できる様皆と同様精進していくから、どうか仲間として色々ご教授願いたい。よろしく」
「えっ?…あ、ああ。こちらこそよろしくな」
「とはいえポジション争いでは容赦しないぞ」
「ああ、それは覚悟している」
「…」
そう言って他のチームメイトは彼と和やかな雰囲気で笑いあっているのに、やはり里中だけは彼を不機嫌な顔で睨み付けている。その視線に気づいた義経は彼に近づき、改めて言葉を掛けた。
「…里中。その表情からすると、俺は何かお前に無意識に失礼な事をしてしまったのだろうか。それとも、甲子園の時のお前に対する無礼な態度や言動が未だに許せないのか。もし前者なら俺の落ち度をはっきり言ってくれ。後者だったとしたら俺自身が若く未熟だった上に、お前達を挑発するためとはいえ、あの態度は良くなかったと反省している。どちらにしろ申し訳ない」
「…違うよ」
「え?」
そう言って頭を下げる義経に、里中は低い声で応える。その様子にふと頭を上げた義経に、里中は心底不満そうに荒げた口調で言葉を返した。
「何でお前、そんなに身体でかくなってんだよ!高校の頃は俺とどっこいどっこいくらいだったのに!不公平すぎるぞ!?」
「はぁ?」
里中の余りに想定外な『怒り』の理由に、義経と山田を含めたその場にいるチームメイト全員が素っ頓狂な声を上げた。里中は更に不満そうに続けていく。
「俺だって一生懸命苦手な魚含めたバランスのいい食事したり、睡眠もちゃんととってても結局このくらいまでにしかならなかったのに、何で殺生できなくて肉とかが食えないはずの山伏のお前はそんなにいいガタイになれるんだよ!!ずるいぞお前!!」
「あ~…」
「『お怒りのポイント』はそっちだったのね…」
里中の言葉にチームメイト達は彼の気持ちを察して、生暖かい気持ちになりながらも納得した様に頷いた。義経はその二様の反応でどうやら説明しないと収まらないと考えたらしく、淡々と里中に答える。
「…まあ、確かに俺達山伏道場の山伏は基本的に殺生を禁じられているが、必要以上に採らない事を条件として時折川魚を食べたり、荒行前後やそこまでいかなくても修行中山駆けが続く様な体力的に過酷な時に限っては、卵や鶏肉が出たりもするんだ。そうでなくとも総師はあの年齢にしてはハイカラな方故好む事もあって、日常的に牛乳やチーズなどの乳製品がかなりの量出ていたからな。それに加えての行の数々と起床や就寝時間だ。それを考えると生活の規則正しさや運動時間に加えて、普通の僧籍にある者達よりは栄養状態が良かったから、身体が作られた事もあるのかもしれない」
「っ!………お前なんか、だいっきらいだ~っ!!」
「里中!待て!」
義経の答えに里中はしばらく頬を膨らませて黙っていたが、やがて心底悔しそうな表情に変わると唐突に立ち上がり、捨て台詞を残してロッカールームを飛び出して行き、それを山田が追いかけていく。その様子を見送った後、義経は困惑した表情で口を開いた。
「…俺も追いかけて、改めて謝った方がいいんだろうか」
義経の言葉に、残ったチームメイト達は慣れた表情で応えていく。
「あ~あれね。気にすんな」
「大丈夫だよ、いつもの事だから」
「ああいう時は山田に全部おまかせで放置しとけ」
「ちなみにあいつらのああいうやり取りは毎度の事だから、お前も慣れないとこのチームじゃやってけないぞ」
「…ま、キャンプ過ごしてりゃお前も嫌でも分かるし、慣れるしかなくなるさ」
「?」
チームメイトの口々の言葉に、訳が分からない義経は更に首を捻っている。そうして2006年の東京スーパースターズ春季キャンプ初日は幕を下ろしたのだった。
「…監督、義経が入るってなってからものすごい浮かれっぷりだよな」
「…まあ、三太郎が言ってた通り『恋人』が現れて自分の気持ちに応えてくれたんだから、ああなるのも無理はない気もするけどさ」
「っていうか、あのご機嫌な状態は『片想いだと思ってた恋人が自分の気持ちに応えてくれた女の子』ってより、むしろ『ずっと欲しかったおもちゃがやっと手に入った子供』みたいな気もするけどさ」
「俺はむしろ『絶体絶命のピンチに正義のヒーローが現れた時のヒロイン』に見える」
「ああ、それも合ってそうだ」
「…」
そんな風にこれからあるだろう熾烈なスタメン争奪戦に対する思いを軽くするため、わざと茶化した話をしているチームメイト達の横で、一人里中のみ不機嫌な表情で黙ったままでいた。そんな彼の状態が不可解に思えて、山田を含めた面々は彼に口々に声を掛けていく。
「どうした、里中。そんな不機嫌な表情になって」
「お前はピッチャー、しかもエースだしスタイルだって違うんだから、そもそもあいつにお株取られる事はないだろ」
「本人だって『ピッチャーはもうできないから断るつもりだったが、センターという新しいポジションを提示されたから入団を決めた』って公言してるじゃん」
「…」
それでも里中は不機嫌な表情で黙ったままだ。そんな彼の態度の意味が分からず面々が困惑していると、ロッカールームにその『話題の主』である義経が入ってきた。彼はチームメイト達に改めて礼儀正しく挨拶をする。
「…ああ、皆いたのか。まずは突然こちらに合流して、結果大切なキャンプ初日を混乱させてしまって申し訳なかった。しかしこれからは同じチームメイトとして、スターズに貢献できる様皆と同様精進していくから、どうか仲間として色々ご教授願いたい。よろしく」
「えっ?…あ、ああ。こちらこそよろしくな」
「とはいえポジション争いでは容赦しないぞ」
「ああ、それは覚悟している」
「…」
そう言って他のチームメイトは彼と和やかな雰囲気で笑いあっているのに、やはり里中だけは彼を不機嫌な顔で睨み付けている。その視線に気づいた義経は彼に近づき、改めて言葉を掛けた。
「…里中。その表情からすると、俺は何かお前に無意識に失礼な事をしてしまったのだろうか。それとも、甲子園の時のお前に対する無礼な態度や言動が未だに許せないのか。もし前者なら俺の落ち度をはっきり言ってくれ。後者だったとしたら俺自身が若く未熟だった上に、お前達を挑発するためとはいえ、あの態度は良くなかったと反省している。どちらにしろ申し訳ない」
「…違うよ」
「え?」
そう言って頭を下げる義経に、里中は低い声で応える。その様子にふと頭を上げた義経に、里中は心底不満そうに荒げた口調で言葉を返した。
「何でお前、そんなに身体でかくなってんだよ!高校の頃は俺とどっこいどっこいくらいだったのに!不公平すぎるぞ!?」
「はぁ?」
里中の余りに想定外な『怒り』の理由に、義経と山田を含めたその場にいるチームメイト全員が素っ頓狂な声を上げた。里中は更に不満そうに続けていく。
「俺だって一生懸命苦手な魚含めたバランスのいい食事したり、睡眠もちゃんととってても結局このくらいまでにしかならなかったのに、何で殺生できなくて肉とかが食えないはずの山伏のお前はそんなにいいガタイになれるんだよ!!ずるいぞお前!!」
「あ~…」
「『お怒りのポイント』はそっちだったのね…」
里中の言葉にチームメイト達は彼の気持ちを察して、生暖かい気持ちになりながらも納得した様に頷いた。義経はその二様の反応でどうやら説明しないと収まらないと考えたらしく、淡々と里中に答える。
「…まあ、確かに俺達山伏道場の山伏は基本的に殺生を禁じられているが、必要以上に採らない事を条件として時折川魚を食べたり、荒行前後やそこまでいかなくても修行中山駆けが続く様な体力的に過酷な時に限っては、卵や鶏肉が出たりもするんだ。そうでなくとも総師はあの年齢にしてはハイカラな方故好む事もあって、日常的に牛乳やチーズなどの乳製品がかなりの量出ていたからな。それに加えての行の数々と起床や就寝時間だ。それを考えると生活の規則正しさや運動時間に加えて、普通の僧籍にある者達よりは栄養状態が良かったから、身体が作られた事もあるのかもしれない」
「っ!………お前なんか、だいっきらいだ~っ!!」
「里中!待て!」
義経の答えに里中はしばらく頬を膨らませて黙っていたが、やがて心底悔しそうな表情に変わると唐突に立ち上がり、捨て台詞を残してロッカールームを飛び出して行き、それを山田が追いかけていく。その様子を見送った後、義経は困惑した表情で口を開いた。
「…俺も追いかけて、改めて謝った方がいいんだろうか」
義経の言葉に、残ったチームメイト達は慣れた表情で応えていく。
「あ~あれね。気にすんな」
「大丈夫だよ、いつもの事だから」
「ああいう時は山田に全部おまかせで放置しとけ」
「ちなみにあいつらのああいうやり取りは毎度の事だから、お前も慣れないとこのチームじゃやってけないぞ」
「…ま、キャンプ過ごしてりゃお前も嫌でも分かるし、慣れるしかなくなるさ」
「?」
チームメイトの口々の言葉に、訳が分からない義経は更に首を捻っている。そうして2006年の東京スーパースターズ春季キャンプ初日は幕を下ろしたのだった。