ある日の東京ドーム。東京スーパースターズの面々は集合時間に合わせてパラパラとロッカールームに集まり着替え始めていた。後から入ってきた面々を巻き込んで何やかやと雑談をしつつ着替えていると、その内いつも通り礼儀正しく挨拶しつつ自分のロッカーに向かおうと義経が三太郎の目の前を横切る。そのすれ違いざま、不意に軽い口調で三太郎が彼に声を掛けた。
「おい義経」
「何だ?」
 声を掛けられた義経が素直に振り返って応じると、三太郎は軽い口調で更に問い掛ける。
「お前、姫さんと同じシャンプーに変えたろ」
「え?ああ、そうだが……っ!」
 さりげなく軽い口調で問い掛けられたせいで、つい口を滑らせた直後自分が墓穴を掘った事に気付き、義経は真っ赤になって絶句する。その反応を見てにやにや笑っているチームメイト達を睨み付けながらも、ここでまた声を荒げれば更にからかわれる事は分かっているので、今持てる最大限の冷静さを駆使した低い口調で彼は三太郎に言葉を返した。
「…彼女がこちらに来る時の荷物を少しでも減らしてあげたい事もあって、確かに彼女に合わせて変えたが。…三太郎、何故分かった」
 低い口調で問い掛ける彼の反応を楽しそうに観察しながらも、三太郎はいつも通りの読めない笑顔でさらっと気付いた『理由』を返した。
「いや、普通なら分かんなかったけどさ、姫さんが使ってるシャンプーって香りが他にはない位特徴あるから分かっただけ。これ、多分美容院でしか扱ってないやつだろ」
「ああ、確かに彼女が行きつけにしている近所の美容院で買っている物だ。何度かお店の方と話して、同じ場所で息子さんがやっている床屋に俺も世話になった事があるが一家で腕も確かで気さくだし、彼女だけでなく宮田さんも小さい頃からの馴染みで気が許せるからと、髪だけではなく化粧や肌の手入れの仕方などのアドバイスを含めて、色々お世話になっているらしいな」
「ふ~ん、そうなんだ。…まあその美容師さんの腕はお姫さんや宮田さんのあの髪や肌の状態見れば一目瞭然だけどさ。お前、坊主頭のくせにそういういいシャンプー使うって贅沢もんだよな」
 星王の言葉に続けて、緒方や国定や山岡が呆れた口調で言葉を重ねていく。
「いや、こいつは端っからシャンプーの選択が色々おかしかった」
「確かに。何でお前ヴィ○ルサ○ーンとか使ってやがるんだよ、坊主のくせに」
「里中とか殿馬とかわびすけとか賀間さんなら、長さ的にまだ分かる。お前は坊主なのに何でそっちに行くかな」
 チームメイトの呆れた様な口調で掛けられた問いに、義経は怪訝そうな口調で答えた。
「別に…他意なく道場で使っていた物を、ただそのまま自分で買っていただけなんだが。何かおかしいのか?」
「…へ?」
 義経の答えに、チームメイトは全員目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。チームメイト達は訳が分からなくなりながらもその『理由』が知りたくなり、代表して星王が更に問いを重ねた。
「『道場で使ってた』って…お前が単独でそれ選んで使ってたって事か?」
 星王の問いに、義経は更にあっさりと答える。
「いや、総師が使われる物に合わせて皆で使っていた。まとめて買えば多少値段が下がる事は、お前らも野球部や実生活で経験しているだろう?」
「まあそりゃそうだけど。…え~と…それって、あのじいさんが頭を洗うのにあのシャンプーを使ってたって事?」
 三太郎の更なる問いに、その口調と表情の変化には気付かないらしい義経は更にあっさりと言葉を返していく。
「髪というか、あの髪と髭だな。修行時はともかく、皆一応普段は身なりが見苦しくならない様努めなければならんし、総師はその俺達の見本でいらっしゃる事もあって、人一倍気を遣われているからな。あの見事な髭を保って頂くにはそれなりの手入れが必要だろう?時折椿油等も使いつつ、もちろん櫛もきちんとしたものを使っていらっしゃるし、シャンプーも俺が道場に入った頃はテ○モ○だったが、年齢に合わせて色々変えていって、今はあれに落ち着いていらっしゃるんだ」
「…」
「へ、へぇ…」
「○ィ○テから色々変遷して辿り着いたのが○ィダ○サス○ンなのね…」
「ってか、○ィ○テときたか…」
「懐かしいよな…いろんな意味で」
 今は少しずつルーキーが入って多少下がったとはいえ、スターズの選手は平均年齢が基本的に高い。高いが故にほぼ全員が『あのCM』を知っている。『あのCM』で髪を洗っていた女性が髭を洗う総師に置き換えられ、一同は軽いめまいを覚えつつ言葉を失う。その様子に一人何も分かっていない義経は、首を傾げながらとどめの言葉を発した。
「どうしたんだ?皆急に押し黙って」
「…」

 義経をからかって遊ぶつもりだったのに、彼の無自覚天然返しでいつの間にやら形勢逆転。その何とも言えない気まずい沈黙は、岩鬼がロッカールームに入ってくるまで続いたという――