あるオフの夜、三太郎はある女性と都内某所の小さな飲み屋に飲みに来ていた。いつもなら三太郎が彼女の懐具合を考えて飲む場所を決めるのだが、今回は彼女のたっての願いで彼女が場所を案内し、連れてきた次第である。二人が店に入ると、その店の店主らしき男性が女性に声を掛ける。
「やあ、ヒナちゃんいらっしゃい。久しぶりだねぇ…あれ?みやちゃんと来たんじゃないんだ。その顔は…スーパースターズの微笑選手だね。知り合いなの?」
「ええ、暫定的飲み仲間です」
「酷いなヒナさん暫定的なんて」
 その小さな店構えに合った暖かな雰囲気に包み込まれて、三太郎も思わず軽口が出る。それを見たヒナと呼ばれた件の女性――本名朝霞弥生――はくすりと笑って言葉を返す。
「冗談よ…じゃあ今日はゆっくり飲みましょうか」
「ああ。でもさ…自意識過剰じゃないけど、俺がこういう店来て大騒ぎにならない?」
「大丈夫だよ、微笑選手。ここに来る客はみんな肩書きを外していてね、同じ客って以外は相当仲良くならないと皆お互い気にしないのが暗黙のルールでね。土井垣君とかはもう随分馴染みにしてくれてるんだ」
「土井垣さんが?じゃあヒナさんも土井垣さんに誘われたからこの店知ってるの?」
 三太郎の心底落胆した口調の問いに、弥生はにっこり笑って答える。
「違うわ。はーちゃんもいろんな縁があってこのお店の馴染みでね。連れて来てもらったの。それでこの雰囲気がすぐ気に入っちゃって」
「そうなんだ。へぇ~、ヒナさんってこういうお店が好きなんだ」
「そうよ。幻滅した?」
「いいや、気に入ったね。おしゃれなバーとかで気取って飲むより、こういうリラックスして楽しくしゃべりながら飲めそうな場所の方が、俺は好きだな」
「お上手よね。さすがプロ野球選手、女の扱い手馴れてるじゃない」
「お上手で言ってるんじゃないよ、本心さ。だってさ、仲良い人間同士だったら本音隠して気取ってるより、いろんな事本音でしゃべれる方がいいじゃん。何よりさ、俺は…ヒナさんの事…仕事も、夢もちゃんと知りたいんだぜ?」
「微笑君…」
 三太郎の言葉に弥生は赤面して絶句する。そうしてしばらく気まずい、しかし暖かな沈黙が続いた後、弥生は不意にもじもじし始め、何となくではあるが気ぜわしげに三太郎をテーブル席へと連れて行くと座らせて、飲み物とお勧めのおつまみを頼む。そうして飲み物が運ばれてきて乾杯した後、三太郎は口を開く。
「じゃあ…話を聞こうかな。今日は何だか仕事で疲れてるみたいだから愚痴聞くよ」
「微笑君はしゃべらなくていいの?」
 弥生の問いに三太郎は読めない笑みで返す。
「しゃべりたくなったら言うから、ヒナさんから話してよ。俺には気兼ねしないで。俺…ヒナさんの話を聞きたいんだ」
「…」
 弥生はしばらく沈黙していたが、やがてぽつりと口を開く。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
 そう言うと二人は話し始める。お互いの気持ちをどこかで感じ取りながら――