「…おかしいよ」
「何が?」
 唐突な少女の言葉に少年は問い返す。少女は『納得がいかない』と言った様子で更に言葉を続けた。
「ジェイドの名前」
「オレの?どこがだよマノン」
 まさか自分の名前がおかしいと言われるとは思わなかったので、少年は少女に更に問う。少女は続けた。
「だって、『ジェイド』って英語読みじゃない。ドイツの超人なのにどうして英語読みなの?」
 少女のもっともな問いに少年は一瞬言葉に詰まったが、何とか彼女に答える
「だって、それは育ててくれたファーター達がそう呼んでたし…」
「そこがよ。何でそのおじさん達、わざわざ英語読みで呼んでたの?」
「それは…」
 少年は言葉に詰まる。実は少年もその事は疑問に思っていた。しかし愛情深く育ててくれた育ての親にその事を聞くのは憚られて、理由を聞かないまま彼らは殺されてしまった。そして今の師匠に会うまで、この呼び方で呼ばれる時は大抵自分が見下されているか同じドイツの者として扱ってもらえない事を彼は痛い程感じ、それはいつしか大きな痛みとなっていた。師匠やその周囲の人々に出会って、彼らに差別感なく自然と呼ばれる様になってからその痛みはほぼ癒されていたが、不意に彼女の言葉で少しその痛みが蘇る。複雑な表情を見せた少年に少女は申し訳なさそうな表情を見せる。
「…ごめんね、嫌な事だったかな」
「いいよ。悪気があったんじゃないし。気にするなよ」
 それでも複雑な表情を見せている少年を見詰め、少女は何か考え込んでいたが、不意に決意したように声を上げる。
「…決めた!」
 少女の声に少年はびっくりした様に問いかける。
「何を決めたんだよ」
 少年の問いに、少女はにっこりと笑って答える。
「あのね、あたし今度からジェイドの事、『ヤーデ』って呼ぶ」
「ええ?」
 驚く少年に少女は更に続ける。
「だってやっぱりおかしいもん。ドイツの超人なんだからドイツ語読みで呼ぶのが自然でしょ?だから皆が何て言ってもあたしはドイツ語読みで呼ぶ事にする」
 少年は少女の言葉に彼女なりの思いやりを感じ嬉しく思ったが、でも照れ臭いので少しぶっきらぼうな口調で口を開く。
「勝手にオレの名前を変えるなよ」
「…駄目?」
 少女の言葉に少年は答える。
「…いいよ」
 少年の答えに少女は嬉しそうに笑った。
「いいの?じゃあそうするね、ヤーデ!」
 それ以降彼女は親にどれだけ注意されても彼をドイツ語読みで呼んだ。彼の師匠の方は関心がないのか彼女の意図が分かっているのか彼女に何も注意をする事はなかった。少年はもちろん英語読みで呼ばれても構わなかったが、彼女からドイツ語読みで呼ばれる事で自分がドイツの超人だと思える様で、彼女のそんな小さな思いやりが嬉しく思えた。そして長い年月が経ち、少年も少女も成長すると、少女は何故かドイツ語読みで少年を呼ぶ事がいつしかなくなり、少年の名は英語読みの方で定着した。少年はその事に別段の思いはない。しかし時折気のせいだろうか、ドイツ語読みで呼ばれた自分の名前と呼んでくれた少女を思うと胸が少し痛む自分を感じている。