席につきお茶が運ばれて来たところで、マルヴィーダが二人に声を掛ける。
「それで…お二人はフランツ様の腹心だとか。お名前を頂けるかしら」
 その言葉に、礼儀上名乗らなければとレフェリーにコールされる感覚で、二人は彼女に挨拶する。
「はい…はじめまして。私はフォン・ブロッケン当主の執事を代々務めております一族の息子で、クラウス・ベルガーと申します」
「俺はフランツの参謀で、テオドール・シュライバーという」
「クラウスさんに、テオドールさん…よろしくお願い致します。それで、今日は何の御用でいらしたのでしょうか?」
 マルヴィーダの言葉に、クラウスは初回攻撃が大事、回りくどく言ってもしょうがないと思い冷静に、しかし単刀直入に用件を言葉に出す。
「話というのは他でもありません。…わが主人、フランツ・フォン・ブロッケンとの結婚を白紙に戻して頂きたく、参上いたしました」
「えっ…?」
 あまりに衝撃的な言葉に、マルヴィーダは立ち上がると芝居がかった歩き方でフラフラと倒れこむ。そこにテオドールが言葉を重ねる。
「申し訳ねぇが、あんたじゃフランツの奥方は務まらねぇ。ここに来てよ~く分かった。あんたみたいな深窓の令嬢には、もっといい結婚相手がいるはずだ。だから諦めちゃくれねぇか」
 本音は『お前みたいな牛に来られちゃたまんねぇんだよ。おととい来やがれ!』なのだが、一応(牛でも)女性なので言葉を選んで説得する。マルヴィーダは斜め四十五度に傾きながら肩を震わせていたが、やがて呟く様に言葉を紡ぎ出す。
「…それは…あの方のご意思なの?」
「…それはあなたの御想像にお任せします。ただ、腹心の我々が来たという事で察して下さい」
 こういう時には限りなく真実に近い嘘を言うのが効果的と知っているクラウスは、冷静に言葉を紡ぐ。その言葉にキッと顔を上げたマルヴィーダは割れ鐘の様な声を上げる。
「信じない…信じないわ!あの方はわたくしを選んでくださった!あなた方はそれが気に入らないのね!そうなのね!」
「それもあります…が、それ以上にあなたの様な深窓の令嬢には、ブロッケン一族を統べる当主の妻は務まりません。もう一度私から言います、どうか諦めて下さい」
 クラウスの言葉にマルヴィーダはまた俯いたが、やがて俯いたまま立ち上がる。
「…ふふ…うふふふふふふ…」
「…何だ、何だよ…気色悪ぃな」
「これが愛の試練なのね…だったらわたくしは立ち向かうわ!行くわよ!愛の試練に立ち向かう、恋する乙女のハリケーン・ミキサー!」
「ぎゃあぁぁぁぁ…!」
 マルヴィーダはクラウスに向かっていったのだが、クラウスはひらりとそれをよけ、代わりにテオドールをそこに置く。テオドールは高く跳ね上がった。それを見てマルヴィーダは振り返り、更にクラウスに攻撃を仕掛ける。
「避けるなぁ!ハリケーン・ミキサー!」
「ぎえぇぇぇぇ…!」
 またもテオドールがハリケーンミキサーの犠牲となる。そうして正味二時間ほど永久運動の、闘牛士・クラウスと牛・マルヴィーダ、赤い布・テオドールによる闘牛ショーが使用人の眼前で繰り広げられた末――
「…あなたもしつこいですね。諦められませんか」
「わたくしはあの方を愛しております!ですから諦める気は毛頭ありませんわ!」
「い…いい加減諦めてくれ。…俺もうもたねぇよ…」
 三者三様の姿を晒し、互いに火花が舞い踊る(テオドールは幽体離脱状態だったが)。マルヴィーダはまた割れ鐘の様な声で叫んだ。
「お帰りなさい!わたくしは諦めません!」
「…そうですか。では一旦は引かせていただきます(これ以上やったらテオドールが死にますし)。でもこちらにも考えはありますので、きっと白紙にしてみせます」
「よ…良かった。…俺、もう……駄目」
 ガクッ。気絶したテオドールを器用に背負い、クラウスは使用人に向かって優雅に挨拶の一礼をする。
「では、失礼いたします」
 そうして颯爽と去っていくクラウスを使用人一同はうっとりとして眺め、マルヴィーダはハンカチの隅を噛みしめながら叫んだ。
「絶対に…諦めないわよ~!」