ジェイドは暗闇の中を歩いていた。どうやって自分がここに来たのか、またどこへ進もうとしているのか自分でも分からない。しかし足はその不可解な心とは裏腹に限りない暗闇の中、迷わず歩を進めていく。と、どのくらい先であろうか、暗闇の中にふとほの明るい場所があった。ジェイドは何かの手がかりがあるかもしれないと迷わず灯りの方へ進む。灯りの側へ行くと、そこには人がいた。いや、人ではないのかもしれない。灯りはその人物から出ていたからである。薄く発光したその男はゆったりと傍にある樹に寄りかかって立っていた。男はジェイドを見ると、あまり感情を見せない表情で呟く様に口を開いた
「…ふむ、また迷い人の様だな」
 ジェイドは呟く男に向かって問いかける。
「ここはどこなんですか」
 男は軽く溜息をつくと、静かに答えた。
「ここは現世と天上の境目…場合によっては黄泉平坂とも言うな」
「…という事は、俺は死んでここに来たって事か…」
「…とも言えん」
「え?」
「本当なら現世に戻るべき魂が、間違ってこちらに来る事もあるからな。…魂の様子からして、お前の場合はその方が確率が高そうに見える」
「そうですか…で、あなたはここで何をしているのですか」
 ジェイドが更に問いかけると、男は更に静かに答えた。
「私は迷える魂をあるべき場所へ導いている。昔はそうはいなかったが、今言った通り今の魂は自分がどこへ行くべきなのか分かっていないものが多くてな。天上での暮らしが退屈なのも手伝って、時折ここへ来て個人的に見回りをしているのだ。時折興が乗ると現世まで足を伸ばしたりしながらな」
「そうなんですか…」
 ジェイドは感心した様子で男の話を聞いていた。初めて会った男だというのに、この男には何故か警戒心を持とうと思えなかった。むしろ、ある種の親しみまで感じている自分がジェイドは不思議だった。その親しみの理由を考えているうちにジェイドはある事に気が付いた。この男のかもし出す雰囲気はある男に似ている。それも、とても親しい男に…それに気が付いたジェイドは無意識に言葉を紡いでいた。
「レーラァ…?」
 その言葉を聞いた男はふっと一瞬笑みを見せると、また感情の少ない表情で口を開く。
「まさか息子より先に息子の弟子に、こんな所で逢えるとはな…」
「という事は、あなたはレーラァのお父さんの…ブロッケンマン…」
「ああ。…ジェイド…と言ったか。本来ならすぐに現世に返さねばならんところだが、この様な機会は普通に生きていたら絶対にない。少し話していかんか」
 ジェイドは感情の少ない表情の中にも彼の表情に何かを感じ、言葉に従う事にした。
「そうですね。少し話しましょう」
「そうしてくれるか…まあ座れ」
 ブロッケンマンが指差すと、そこに倒木があった。彼はジェイドを座らせ、自分も隣に座る。しばらくの沈黙の後に、ブロッケンマンが自嘲気味にふっと笑った後口を開く。
「…滑稽だな」
「何がですか?」
「いや、数十年も前に死んだ男と今現在を生きていくべき、そして実際生きている人間がこうして話している光景は、周囲から見たらさぞ滑稽だろうと思ってな」
「そうですね…でも」
「でも?」
「俺は嬉しいですよ。レーラァがずっと誇りにして尊敬していた『ドイツの鬼』ブロッケンマンと、こうして話す事ができて」
「息子が私を誇りに…?」
 ジェイドの嬉しそうな言葉に、ブロッケンマンは怪訝そうな表情を見せて、問いかける様に語尾を上げる。ジェイドは説明する様に続けた。
「レーラァ、よく言ってました。『俺の親父は確かに正義側についていたとはいえ、残虐超人だった。でもその事を嘆く事も呪う事もしなかったし、自ら選んだ道だと誇りすら持っていた。それに残虐ファイトはしても反則技は使わない、そんな親父は誰よりも誇り高くて俺は尊敬していた』って」
「あいつが…そんな事を言っていたのか」
 ジェイドの言葉を聞いて、ブロッケンマンは感慨深そうな表情を見せると、その表情のままの言葉で呟いた。
「私があいつを訓練した時は自分を反面教師にする様に仕向けていたのに、あいつは、そう思っていてくれたのか…」
「それに、レーラァはこうも言っていました。『親父が指揮していたドイツ親衛隊は、表向きは残虐超人を寄せ集めていた様に見せかけていたけれど、本当はドイツ統一のための活動をしていた。祖国ドイツを統一する事、それが親父の一番の夢で、そのためにどんな形でも、どんな非難を受けようとも、そのために動いて真っ直ぐに生きていた』って。だから自分もその夢を受け継いで、真っ直ぐに生きて行こうって何も教えられなくても思えたって」
「そうか…」
 ブロッケンマンは闇の中の中空を仰ぐと、ふっとまた自嘲気味な笑みを見せて呟いた。
「そう言ってもらえるのは有難い。しかし、私もあいつに一番大切な事は教える事ができなかった。…いや、私も知らなかった事があったのだ…」