源氏物語の故郷、京都。そこは同時に今昔物語の世界の故郷でもある。源氏物語が貴族の文学ならば、今昔物語は市井庶民の文学であろう。殊にその説話の中へ、鬼や、天狗や、妖怪や、狐狸や、様々な超自然的な生物が登場し、夜に紛れて人間と交流する話が実に面白い、それらが描かれた頃の京都では、そうしたものの実存が信じられていたのだ。いや、今でもまだ京都の町にはそんな妖異感が残されていて、丑の刻参りなどという呪法も京都にはまだ現存している。男に捨てられた女がライバルの女を呪い殺すため、草木も眠る丑三つ頃邪神の森に通い、携行した藁人形を神木に打ち込んで悲願を込める京都の古い伝習である。そんな古い伝習に強い魅力を感じ、研究するためにわたしは京都に良く足を運んでいた。そんな中でもわたしは洛北の貴船の谷が好きで、よく貴船川をブラブラとさかのぼるが、その深い谷の貴船明神奥社は古来呪い参りのメッカだった事が、和泉式部や宇治の橋姫の口碑に語られている。その森の前の小さな茶店で、名物の栃餅を摘みながら女主に話を聞くことがわたしはとても楽しい。そんな感じでその日もその主と話をしていた。

「おばさん。近頃丑の刻参りの方はどうや」
「よんべ来やはりました」
「どんな恰好で」
「洋装…どしたかなぁ…何や変わった格好どした」
「洋装っ、いくつぐらいの」
「そんなもん見てられますかいな、恐うて恐うて。行ってしまうまでガタガタ震えてましたわ。でも、どうやって来て帰ったか分からんのどす。近頃はたいてえ自動車どすのに、自動車でもなく、かと言って昔ながらに歩いてきた様な音もしなかったんどす。まるで空から来て帰ったみたいどした」
「マイカーで丑の刻参りか。変わったもんだなぁ…でも、そんな感じじゃ、まさかその丑の刻参りは、見間違いか幽霊だったとかじゃないのかい」
「それだったらまだ良かったかもしれんどすが…あんなもん打って行きはりましたえ、確実に来てた事は確かどす。まあ、何にせよ、女子はんの執念は今も変わりまへんのやなぁ」
 そうして指された桂の大木には、藁人形ならぬセルロイドらしき軍服姿の人形と力士姿の人形が重ねられて釘づけされてあった。
「おばさん…これ、ほんとに女が打ったのかなぁ…」
 と、わたしは困惑しながら呟いたが、ふと私の胸にはこうした本人は男であれ女であれ、義務教育を受けているじゃないか。それがセルロイド人形をあんなに狂い打ちするのか。一度教育委員会に訊いてみたいものだと泛んでいた。

――それと時を同じくして、富士のふもとにあるトーナメントマウンテンで行われていた超人タッグトーナメントにおいて、ブロッケンJr.とウルフマンのモースト・デンジャラスコンビがスクリューキッドに胴体を貫かれていた事を、超人レスリングは門外漢のわたしが知ったのはかなり後の話である――