「…明日、出て行くのね」
 ルイーゼはお茶を飲みながらテオドールに話しかける。ベルリンの壁がなくなり、ドイツ統一のために動いていたドイツ親衛隊も役目を終え解散となる事が決まった時、彼は『自分の役目は終わった。だからここを出て行き、自分が行くべき所へ行く』と暇乞いをし、事情を知っていたブロッケンJr.もそれを許し、彼は暇を出される事となったのだ。彼女も彼の複雑な事情は知ってはいるが、それ以上に父親の様に自分を可愛がってくれ、記憶にない実の父親以上に慕っていた彼がいなくなる事が寂しく感じ、出て行く前に少しでも多く話したいと思い、彼もそれを分かっているのでこうして二人でお茶を飲んでいる次第である。寂しげな彼女を励ます様に、彼は言葉を掛ける。
「ああ。壁がなくなってドイツ親衛隊も解散した今となっちゃ、もう俺の力もいらないだろう?それに、いつまでも俺に頼ってたらお前らが駄目になっちまう。これからの新しい時代は、お前達で作っていくんだ」
「うん…でも…」
「それに…姿を消す訳じゃねぇだろ?ちゃんと居場所は分かってんだから、いつでも遊びに来い。もう壁はねぇんだ、ドイツ内ならどこへだって自由に行けるんだぞ?」
「そんな事言ったって…おじ様の奥様や本当の娘さんの所に、そう簡単にあたしは行けないわ。行ったらきっと、奥様達に嫌な思いをさせるもの。…いくら壁があった頃可愛がっていた娘って言っても、あたしはただの使用人の娘よ。おじ様と血縁がある訳でも何でもない…ただの…孤児だもの」
 寂しげに言葉を続けるルイーゼを叱る様に、テオドールは言葉を掛ける。
「バカタレ、そんな事気にしてんのか。ローザはそんな了見の狭ぇ女じゃねぇよ。お前の話はもうあいつには話してあるし、逆にぜってぇクリスティーナと一緒に、娘みたいに可愛がってくれるさ…それにな」
「それに?」
「俺は…お前の事、本当の娘だって思ってる。もちろんクリスティーナだっているが、あの時壁でお前をお前のお袋さんから託されて、その後お前が孤児になったって分かった時から…お前も俺の大事な娘だって…ずっと思ってきた」
「おじ様…」
 ルイーゼは言葉を失う。しばらくの沈黙の後、ルイーゼは涙を零し、テオドールに身体を預け、口を開く。
「ありがとう、おじ様。…あたしもずっと…おじ様の事、お父さんみたいに思ってたの…」
「そうか…ありがとよ」
 テオドールもしっかりとルイーゼを抱き締める。そうしてしばらく抱き合った後、ルイーゼが涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、彼に向かって口を開く。
「ねぇ…おじ様」
「何だ?」
「今だけでいいから…『お父さん』って呼んでいい?…あたし…心の中ではずっとおじ様の事、『お父さん』って呼んでいたの」
「…そうか…」
 テオドールはしばらく考えた後、ゆっくりとその願いに応える。
「…駄目だ」
「えっ…?」
 落胆の表情を見せたルイーゼの前髪をテオドールは掻き揚げると、いつもはほとんど見せない、芯から優しい表情を見せて言い聞かせる。
「今だけは許さねぇ。…これから…ずっとだ」
「おじ様…」
「『お父さん』だろ?」
「…お父さん…」
 ルイーゼはまた涙でくしゃくしゃの表情になる。テオドールはその涙を拭いながら更に言い聞かせる。
「お前の結婚式は、俺がお前の腕を引くんだからな。だからいつでも遊びに来るだけじゃねぇ、絶対式が決まったら一番に知らせろ。分かったか?」
「うん…」
「悔しいが…もうお前をかっさらう男も分かってるしな」
「お父さん…?」
「エルンストに…惚れてるんだろ?」
「!」
 テオドールの言葉に、ルイーゼは涙でくしゃくしゃの顔から顔を真っ赤にして絶句する。テオドールは更に続ける。
「分かってたさ、お前がずっとあいつを見ていて…あいつしか見えてねぇって事は。あいつも…ずっとお前しか見えてねぇぞ、自信持て。俺としちゃ悔しいが、あいつならお前を幸せに出来る。だから…二人で幸せになれ。それで…いつでも俺に会いに来い」
「お父さん…ありがとう」
「いいんだよ。…でもここまできたら茶くれぇじゃ済まねぇな。ワインでも飲むか。蔵に秘蔵の奴があるんだ。俺とお前のこれからの幸せを祈って…最初の親子の酒盛りだ」
「うん…お父さん」
 二人はにっこりと笑い合うと、二人並んでワイン倉へ向かった。