「ジェイド、顔が赤いぞ。どうかしたか」
「いえ、何でもありませんレーラァ、ちょっとぼん…やり…」
「ジェイド!」
ジェイドはフラフラと師匠の胸の中に倒れ込む。師匠であるブロッケンJr.は、慌てて弟子を抱きとめると抱き上げ、部屋のベッドに寝かせてこの屋敷の元執事であり、親友でもあるエルンスト夫婦を呼び寄せた。呼び出された執事夫婦は、ジェイドの様子を見て口を開く。
「はしかかもしれないわね…マノンはしばらくここには来させない様にしなくちゃ」
「とりあえず医師を呼ぼう。元お抱え医師のクレメンスさんが今は開業しているから、頼んで往診してもらうか」
「ああ…すまんな、俺一人じゃ何もできなくて。本当なら俺がクレメンスを呼び出したかったんだが、どこにいるか分からなくてな。もしかしたらお前らなら知ってるかと思ったが、正解だった」
「いや、子育て初心者だと急な病気には中々対応できないもんだろ。俺達を呼んでくれてありがとうな」
「何言ってるんだよ。こういう時に頼れるのは、誰よりお前らだからな」
「…ありがとう」
「じゃあ呼び出すとしますか」
そう言うとルイーゼは電話をかけて、クレメンスを呼び出す。クレメンスは丁度休診という事で駆けつけてくれた。屋敷に入って開口一番、クレメンスはブロッケンJr.に挨拶をする。
「坊ちゃま…と言ったら怒りますかね。お久しゅうございます。私を忘れないでいて下さって光栄です」
「ああ、久し振りだな。…懐かしい顔にまた会えて俺も嬉しい」
「じゃあ診察しますか」
クレメンスはジェイドを診察すると、ゆっくりと口を開く。
「どうやらはしかですね。とはいっても超人も人間も治療法は同じですからとにかく安静と、ここれから言う薬を用意しますから取りに来て下さい。…ああそうだ、坊ちゃまはなるべくなら近付かないで下さい」
「何故だ?」
「坊ちゃまははしかをしてないんですよ。予防接種もしていないので免疫が無いですから。感染したら大人の場合重症化しやすくて厄介なんですよ。その内私の医院に来て、予防接種を遅ればせながら受けて下さい。でも今には間に合いませんから。それからルイーゼちゃんもしばらくは近付かない様に。で、薬を取りに来がてらでもいいから免疫ができているか検査しようね。マノンちゃんにうつす心配もだけれど、万が一妊娠していて母子感染となったらそれも大変だから。…という訳でエルンスト君、君が頑張って看病しなければいけないよ。分かったね」
「クレメンス」
「クレメンスさん…」
クレメンスの言葉にブロッケンJr.は複雑な表情を見せ、ルイーゼは顔を赤らめる。クレメンスは細々とした生活の注意を説明した後、薬を取りに行くルイーゼと一緒に帰って行った。ブロッケンJr.は熱のせいで荒い息遣いをしているジェイドを見詰め、額を撫でる。それに反応してかジェイドは『ファーター…』と呟いた。苦しいながらも、幼い頃の幸せな夢を見ているのだろうか。それがまた痛々しく、ブロッケンJr.は更に彼の額を撫でる。それを見ていたエルンストが声を掛ける。
「さあ、クレメンスさんにも言われたろう?看病は俺に任せて、お前は回復した時の訓練メニューでも考えてろ。大丈夫だ、すぐに良くなるさ」
「…」
ブロッケンJr.はしばらく黙っていたが、やがて呟く様に口を開く。
「…嫌だ」
「何?」
「ジェイドは俺の大事な弟子だ。その弟子の病気を他人任せにできるか。俺は大丈夫だ…だから、一緒に看病させてくれ」
「クラウス…」
エルンストは驚いてブロッケンJr.を見詰めていたが、やがて小さく溜息をつくと、口を開く。
「仕方ないな…お前がそう言う時は絶対にてこでも動かない時だからな。…一緒に看病するか。但し、うがいと手洗いはいつもより丁寧にしろよ」
「分かった」
やがてルイーゼが薬を持って帰って来て、エルンストに薬の説明をする。
「まず基本の薬がこれ。食後に飲ませるの。それから熱が上がったらこれね。それから発疹が出てきたらこれを塗ってあげて…で、なるべく汗は拭いてあげて皮膚は清潔に保つの。大丈夫?」
「ああ、分かった。じゃあルイーゼは出て行かなけりゃな」
「ええ、その代わり食事の用意はあたしがするから」
「ルイーゼ?」
「あたしだけ指をくわえて見てるなんてできないわ。せめてできる事はしたいの。クラウスだって、どうせクレメンスさんのいう事なんか聞かないでいる気でしょう?」
「ルイーゼ…」
ルイーゼの全てを見通した言葉に二人は驚く。ルイーゼはウィンクしながら口を開く。
「ジェイドはマノンと同じ様に、あたしにとって大切な子供よ。だからヘルガさんと一緒に、あたしもお母さん代わりをしてあげたいの」
「そうか…じゃあ、ルイーゼ頼む」
「ええ。任せなさい」
そう言うとルイーゼはキッチンに行って消化の良い食事を作り、ブロッケンJr.に渡す。ブロッケンJr.は朦朧とした意識の中でも何とか気が付かせたジェイドの口に食事を運び、エルンストが薬を飲ませる。その内薬が効いてきたのかジェイドの息遣いが少し楽になった。それを見て安心しながらも、心配をにじませながら二人はジェイドの額を撫でて見詰めていた。
――何だかふわふわする感じがする。空の上ってこんな感じなのかな、と思いながらオレはその感覚を楽しんでいた。…あ、遠くでオレを呼ぶ声がする。この声はレーラァだ。その声の暖かさにオレは嬉しくなる。レーラァ、ここは気持ちいいですよ。レーラァも来て楽しみましょう――
「レーラァ…」
ジェイドの口から出た言葉にブロッケンJr.は驚き、エルンストは優しい眼差しで二人を見る。
「どうやら…師匠に側にいて欲しいみたいだな、ジェイドも」
「…うるさい」
ブロッケンJr.は無愛想な表情で返しながらも一片の嬉しさを感じる。ジェイドが自分を頼ってくれる嬉しさ。これは遠い過去に自分が父に感じていた感情と同じものの様な気がした。そしてその時の父と同じ様に、気持ちを返そう――そう思いながらブロッケンJr.はもう一度ジェイドの額を撫でた。
「いえ、何でもありませんレーラァ、ちょっとぼん…やり…」
「ジェイド!」
ジェイドはフラフラと師匠の胸の中に倒れ込む。師匠であるブロッケンJr.は、慌てて弟子を抱きとめると抱き上げ、部屋のベッドに寝かせてこの屋敷の元執事であり、親友でもあるエルンスト夫婦を呼び寄せた。呼び出された執事夫婦は、ジェイドの様子を見て口を開く。
「はしかかもしれないわね…マノンはしばらくここには来させない様にしなくちゃ」
「とりあえず医師を呼ぼう。元お抱え医師のクレメンスさんが今は開業しているから、頼んで往診してもらうか」
「ああ…すまんな、俺一人じゃ何もできなくて。本当なら俺がクレメンスを呼び出したかったんだが、どこにいるか分からなくてな。もしかしたらお前らなら知ってるかと思ったが、正解だった」
「いや、子育て初心者だと急な病気には中々対応できないもんだろ。俺達を呼んでくれてありがとうな」
「何言ってるんだよ。こういう時に頼れるのは、誰よりお前らだからな」
「…ありがとう」
「じゃあ呼び出すとしますか」
そう言うとルイーゼは電話をかけて、クレメンスを呼び出す。クレメンスは丁度休診という事で駆けつけてくれた。屋敷に入って開口一番、クレメンスはブロッケンJr.に挨拶をする。
「坊ちゃま…と言ったら怒りますかね。お久しゅうございます。私を忘れないでいて下さって光栄です」
「ああ、久し振りだな。…懐かしい顔にまた会えて俺も嬉しい」
「じゃあ診察しますか」
クレメンスはジェイドを診察すると、ゆっくりと口を開く。
「どうやらはしかですね。とはいっても超人も人間も治療法は同じですからとにかく安静と、ここれから言う薬を用意しますから取りに来て下さい。…ああそうだ、坊ちゃまはなるべくなら近付かないで下さい」
「何故だ?」
「坊ちゃまははしかをしてないんですよ。予防接種もしていないので免疫が無いですから。感染したら大人の場合重症化しやすくて厄介なんですよ。その内私の医院に来て、予防接種を遅ればせながら受けて下さい。でも今には間に合いませんから。それからルイーゼちゃんもしばらくは近付かない様に。で、薬を取りに来がてらでもいいから免疫ができているか検査しようね。マノンちゃんにうつす心配もだけれど、万が一妊娠していて母子感染となったらそれも大変だから。…という訳でエルンスト君、君が頑張って看病しなければいけないよ。分かったね」
「クレメンス」
「クレメンスさん…」
クレメンスの言葉にブロッケンJr.は複雑な表情を見せ、ルイーゼは顔を赤らめる。クレメンスは細々とした生活の注意を説明した後、薬を取りに行くルイーゼと一緒に帰って行った。ブロッケンJr.は熱のせいで荒い息遣いをしているジェイドを見詰め、額を撫でる。それに反応してかジェイドは『ファーター…』と呟いた。苦しいながらも、幼い頃の幸せな夢を見ているのだろうか。それがまた痛々しく、ブロッケンJr.は更に彼の額を撫でる。それを見ていたエルンストが声を掛ける。
「さあ、クレメンスさんにも言われたろう?看病は俺に任せて、お前は回復した時の訓練メニューでも考えてろ。大丈夫だ、すぐに良くなるさ」
「…」
ブロッケンJr.はしばらく黙っていたが、やがて呟く様に口を開く。
「…嫌だ」
「何?」
「ジェイドは俺の大事な弟子だ。その弟子の病気を他人任せにできるか。俺は大丈夫だ…だから、一緒に看病させてくれ」
「クラウス…」
エルンストは驚いてブロッケンJr.を見詰めていたが、やがて小さく溜息をつくと、口を開く。
「仕方ないな…お前がそう言う時は絶対にてこでも動かない時だからな。…一緒に看病するか。但し、うがいと手洗いはいつもより丁寧にしろよ」
「分かった」
やがてルイーゼが薬を持って帰って来て、エルンストに薬の説明をする。
「まず基本の薬がこれ。食後に飲ませるの。それから熱が上がったらこれね。それから発疹が出てきたらこれを塗ってあげて…で、なるべく汗は拭いてあげて皮膚は清潔に保つの。大丈夫?」
「ああ、分かった。じゃあルイーゼは出て行かなけりゃな」
「ええ、その代わり食事の用意はあたしがするから」
「ルイーゼ?」
「あたしだけ指をくわえて見てるなんてできないわ。せめてできる事はしたいの。クラウスだって、どうせクレメンスさんのいう事なんか聞かないでいる気でしょう?」
「ルイーゼ…」
ルイーゼの全てを見通した言葉に二人は驚く。ルイーゼはウィンクしながら口を開く。
「ジェイドはマノンと同じ様に、あたしにとって大切な子供よ。だからヘルガさんと一緒に、あたしもお母さん代わりをしてあげたいの」
「そうか…じゃあ、ルイーゼ頼む」
「ええ。任せなさい」
そう言うとルイーゼはキッチンに行って消化の良い食事を作り、ブロッケンJr.に渡す。ブロッケンJr.は朦朧とした意識の中でも何とか気が付かせたジェイドの口に食事を運び、エルンストが薬を飲ませる。その内薬が効いてきたのかジェイドの息遣いが少し楽になった。それを見て安心しながらも、心配をにじませながら二人はジェイドの額を撫でて見詰めていた。
――何だかふわふわする感じがする。空の上ってこんな感じなのかな、と思いながらオレはその感覚を楽しんでいた。…あ、遠くでオレを呼ぶ声がする。この声はレーラァだ。その声の暖かさにオレは嬉しくなる。レーラァ、ここは気持ちいいですよ。レーラァも来て楽しみましょう――
「レーラァ…」
ジェイドの口から出た言葉にブロッケンJr.は驚き、エルンストは優しい眼差しで二人を見る。
「どうやら…師匠に側にいて欲しいみたいだな、ジェイドも」
「…うるさい」
ブロッケンJr.は無愛想な表情で返しながらも一片の嬉しさを感じる。ジェイドが自分を頼ってくれる嬉しさ。これは遠い過去に自分が父に感じていた感情と同じものの様な気がした。そしてその時の父と同じ様に、気持ちを返そう――そう思いながらブロッケンJr.はもう一度ジェイドの額を撫でた。