ジェイドがレッスル星へ旅立つ前夜、ブロッケンJr.とジェイドは真剣な表情で鍋と向き合っていた。それは別に修行でもなく、またレッスル星でのジェイドの生活についての不安から来る奇行でもない。何しろジェイドは苦労した分、同年代の少年より生活面ではしっかりしているため、心配は全くない。むしろ問題なのは師匠であるブロッケンJr.であった。お坊ちゃん育ちの彼は炊事、洗濯、掃除などほとんどしたことが無い。とはいえ親友でもある元執事夫妻がいて何かと世話を焼いてくれているし、ジェイドと生活を始めてからは自覚ができたのか、それなりに家事を行う様になったのだが、掃除や洗濯はできる様になったものの、料理だけは絶望的に才能がなく、未だ何かの罰ゲームではないのかという様な料理しかできない。今までは親友夫妻や、彼らが来られない時はジェイドが料理をしてくれていたが、これからはそうはいかない。という訳で一品でもいいからまともな料理ができる様に、とジェイドが特訓しているその最中なのである。
「これは煮込むだけで大丈夫な料理です。一旦作れば一週間は持ちますから。何か変わった事はしようと思わずにこのままの味付けで保って下さい」
「…ああ」
「肉屋のヘルガおばさんに、毎日一品お惣菜作って貰う様に頼んでおきました。毎日夕刻になったら取りに行って下さいね。後ルイーゼさんにも週に一回、水曜日に料理の手ほどきをして貰う様に頼んであります」
「そうか…迷惑をかけっぱなしだな」
「そう思うなら料理の腕上げてくださいよ。…ってところでジェイド特製スープ、レーラァ版の出来は…っと」
 そう言うとジェイドは小皿にスープを一口取って口をつけるとにっこり笑う。
「うん、ちょっと味が薄いですけどこれなら食べられますよ」
「そうか?」
「はい。これで今夜の食事は大丈夫ですね」
「言うな、ジェイド」
 悪戯っぽいジェイドの言葉に、ブロッケンJr.は苦笑しながら返す。そうして皿にスープを盛り付けて、肉屋で買ったソーセージを炒めたものを添えると、質素な夕食が出来上がる。質素な夕食を食べながらジェイドはしみじみと口を開く。
「やっと…レーラァ一人でもまともな食生活ができそうですね」
「…お前、師匠にそんな口を叩くのか」
 不機嫌な表情になったブロッケンJr.も気にせず、ジェイドはしみじみと、しかし呆れた口調で言葉を重ねる。
「だってそうじゃないですか。オレが最初にこの屋敷に来た時の事、覚えてます?酒くらいしかなくって、「料理なんかできないし酒が食事代わりだ」って豪語したレーラァに食事を作ったのはオレですよ?その後エルンストさんやルイーゼさんが来てくれてちゃんとした食事を作ってくれて、オレとのローテーションで何とかここまでやってきましたけど、これからはそうも行かないんですからね。健康な生活は食事からなんですよ。また酒を食事代わりとか、しないで下さいね」
「…分かっている」
「それから、ごみの日とか、エルンストさんの家やクレメンス先生の電話番号とか全部リストにしておきましたから、目を通してくださいね」
「お前…師匠を何だと思ってる」
「レーラァはレーラァ、尊敬できる人ですよ。でも私生活となると危なっかしいですからね。ちゃんと全部先回りしておかないと」
「…」
 弟子の気遣いは分かるが、自分は子どもではない。でもジェイドにかかると、私生活ではまるで自分は何もできない子どもの様に感じてしまう。そう思いつつスープに手を付けていると、ジェイドが呟く様に口を開く。
「…レーラァには、オレが帰ってくるまで…いいえ、その後もずっと元気でいてほしいんです。だから…絶対元気でいてくださいね」
「…ああ」
 ブロッケンJr.は心が温まる。弟子と師匠という立場を超えた家族の様な労わり、それが伝わってきたからだ。知らず知らずのうちにずっとジェイドに感じていた息子の様な感覚。それを感じつつ暖かな沈黙の中、二人は食事を平らげた。