ここはベルリン郊外にあるフォン・ブロッケン邸。とはいっても当主の屋敷ではなく、一族の一つの屋敷である。そして――
「ここに…マルヴィーダが住んでんだな」
「はい…この通り茨に囲まれ、警護が幾重にも張り巡らされて、使用人は女性のみで妙齢の深窓の令嬢が住んでいる、という事で何も知らない若者には『きっと美しい令嬢だろう』と評判だそうですが…」
「実態を知ってる俺達にしたら…複雑だよな」
「そうですね…」
 屋敷の門前に立っているテオドールとクラウス――この屋敷の一族の当主の親友であり、かつ参謀と執事見習いでもある――がため息をつきながら呟く。彼らがなぜこの親族の屋敷に来たかというと――
「とにかく、フランツとの結婚話は諦めてもらわねぇとな」
「はい。…愛のある結婚をフランツにはしてもらわないと」
 そう、彼らの親友であり当主であるフランツ・フォン・ブロッケン――通称ブロッケンマン――は、この屋敷の令嬢と婚約をしているのである。とはいえ、この令嬢側はともかく、フランツ側に本当の意味での愛はない。彼が愛しているのはたった一人――その天才的な技術と表現力でピアノの歌姫と国民に愛されている優しく、美しい女性。しかし国民は『ドイツの鬼』と呼ばれ、恐れられている彼と彼女との恋を許さず、二人は泣く泣く別れ、彼はこの令嬢との結婚を決めたのだ。が――二人はため息をつきながら、門番に取り次ぎを頼んだ――

「…まあ、フランツ様の腹心の方がわざわざ?」
 爪を鉄やすりで磨きながら黒髪の巻き毛…というよりパンチパーマに似合わないどピンク小花模様ひらひらレースのゴシック調のドレスを着た筋骨隆々のその『令嬢』――マルヴィーダ・ウシコ・フォン・ブロッケン――は嬉しそうになまはげの様な微笑み(これでも本人は美しい微笑みのつもりである)を浮かべ、使用人に応える。使用人は『何度見ても慣れないわ…』と内心頭を抱えつつも表面上は冷静な態度で対応する。
「どう致しますか。ご面会なさいますか」
「もちろんよ!エリス、お茶を用意して!」
 使用人にお茶を用意してもらいつつ、マルヴィーダはいそいそと席を用意して来客を待つ。しばらくして、榛色の髪と瞳に軍服姿の愛しい男によく似た、しかし愛しい男よりやや野性的な(と思っているが本人の方がよっぽど野性的とは分かっていない)男性と、黒髪に蒼い瞳にスーツ姿の端正で落ち着いた雰囲気の、やはり美形の男性が入ってくる。二人は部屋に入るや否や困惑した表情でぼそぼそと話し始める。
『…まあ、女性の部屋に入るのが恥ずかしいのね。可愛い方達』
 そうマルヴィーダは思っていたが実際の会話は――
「…おい、この部屋すげぇな…ヒラヒラゴスロリ少女趣味もここに極まれりって感じでよ。その部屋の主がこれだぜ?似合わねぇ事この上ねぇな」
「確かに、この部屋からは想像つかない主ですねぇ…予想以上です」
「こんなの俺義妹にしたくねぇよ…何が何でも止めようぜ」
「…ええ、私も決意が新たになりました」
「どうかなさいまして?」
「えっ…?ああ。素敵なご趣味の部屋だと思いまして」
「ええ、わたくし、こういうゴシック調のものが大好きですの。さあ、お座りになって」
「あ…はあ、失礼いたします」
「俺も…失礼するぜ」
 マルヴィーダはウェディングベルが近づいたと思っていたが、テオドールとクラウスは試合開始のゴングの音が鳴り響いた気がしていた――