あるオフの夜、東京スーパースターズの面々と、ひょんな事から仲良くなっていた里中の幼馴染である宮田葉月とその親友の朝霞弥生という二人の女性はチェーン店の居酒屋で飲み会をしていた。酒が程よく進んだ時に、つまみの魚を見ながら三太郎がからかう様に問い掛ける。
「そういや、里中は魚嫌いだったよな~どうだ?その後克服したか?」
 三太郎の言葉に、葉月が驚いた様に声を上げる。
「え?智君お魚嫌いじゃないですよ?」
 葉月の言葉に元明訓の面々は怪訝そうに言葉を紡いでいく。
「サトは、いっつも魚残してたで」
「確かにそうづらな」
「宮田さん、何か勘違いしているんじゃないか?」
 面々の言葉に、葉月は不思議そうに小首を傾げて応える。
「だって、うち…っていうかうちの母方の祖父母の家ですけど…でご飯食べる時、いいお魚屋さんがいるからお刺身とかシラスとかぶりの照り焼きとか金目の煮つけとかしょっちゅう出してましたけど、大喜びで食べてましたよ?それに、地区の行事で地引網よくやってておやつにもそれで採れた小魚をカリカリに揚げたのとか出してましたけど一杯食べてて、『おいしくって大好きだ』って言ってましたし」
「…」
 刺身やシラスや小魚はともかく比較的高級魚のぶりや金目鯛が当たり前の様に出てくるところはさすが分家筋とはいえお嬢様の家庭というべきか…それはともかく、しばらくの沈黙の後、山田が里中に問いかける。
「一体どういう事だ?今までこんなに話がずれる事なんてなかったぞ?」
 山田の問いに、里中は重い口を開ける。
「実は…」
「実は?」
「骨を取るのがめんどくさかったんだ」
『はぁ?』
 意外な里中の回答に面々は素っ頓狂な声を上げる。里中は言葉を続ける。
「その…合宿に出る魚って、丸ごとが多かったろ?普通に食べてると細かい骨が口に残るじゃん。あれが嫌でさ。かと言って細かく骨を取って食べるって言うのが面倒でさ。それに…きれいに食べられないし。なまじっか葉月ちゃんがきれいに魚食べられる娘だったからコンプレックスになっちまってて…だから、魚は嫌いじゃないんだけど、食べるのが面倒でさ。その点、刺身とかぶりの切り身とか金目の煮付けはほとんど細かい骨なかったし、シラスとか小魚は細かい骨なんて気にならなかったし」
「ああ、そういえばアジの開きとか鮎とかは確かに悪戦苦闘してましたね。智君は」
「そういえば今から思うと、刺身とか切り身とかシラスご飯とかが出た時は里中ちゃんと食ってたな」
「…どこのお子様よ、里中君って」
 里中と面々の言葉に、弥生が呆れた様に口を開く。
「まったく、サトはどこまで贅沢なんじゃい!男なら普通の魚も骨ごと食わんかい!」
「いや、それも極論だから」
「づら」
 岩鬼の言葉に面々は突っ込みを入れる。そうしてもう一度つまみの魚に目を移すと、三太郎が楽しげに口を開く。
「でも、本当は骨の辺りの肉が一番うまいんだぜ~」
「それは知ってるけどさ、長年食べないとやっぱりうまくいかないんだよ」
「じゃあ、俺が里中も食べやすいようにほぐしてあげよう。智く~ん、ちょっと待っててね~」
「…」
 三太郎の言葉に里中はばつの悪そうな表情で絶句する。そうして三太郎は魚を食べやすい様にほぐしていく。そして原型をとどめないところまでほぐす彼に弥生が里中のプライドを考えて窘める。
「微笑君、ほぐし過ぎよ。そこまでしなくても皆で食べあえば里中君食べられるでしょ」
 弥生の言葉に、三太郎は更に言葉を重ねる。
「いや、ここからが本番。ああ岩鬼、骨は一番うまいとこだから、お前にやるよ」
 そう言って岩鬼に骨を渡す三太郎に、岩鬼はご機嫌で口を開く。
「サンタ、気が利くのう。他の奴もサンタを見習え」
「…体よく残飯処理にされてる事に気付いてないな」
「…まあ、いいんじゃないの?本人がご機嫌なら」
 囁きあうチームメイトを尻目に、三太郎は作業を進めていく。
「さて、焼き魚だから醤油を掛けて…それから『隠し味』…っと」
 そこで三太郎が手にしたのは七味唐辛子。それを見ていた面々は口々に止める。
「三太郎、それ隠れてないから!」
「とんでもない事しないでよ微笑君!」
「え~?これ結構うまいんだぜ~いいから任せろよ」
 そう言うと三太郎はぱらりと七味をかけた。それを見た面々は蒼白になる。三太郎は相変わらずの読めない笑顔でさらりと里中に勧める。
「さあどうぞお食べ下さい、お坊ちゃま」
「食えっていわれても…」
「これはためらうよなぁ…」
 そうして気まずい空気が流れる中、葉月が決心した様に頷いた。
「私…食べてみます」
「やめなよ宮田さん、これで宮田さんの身に何かあったら監督に何されるか…」
 チームメイトの言葉に、葉月はにっこり笑って応える。
「微笑さんは軽いところありますけど、本当に駄目な事のボーダーは分かってる人ですよ。だいじょぶです」
 葉月の言葉に、弥生も同意する。
「そうよね…そうだった。あたしも一緒に食べるわ。はーちゃん、そうしよう?」
「うん」
「ヒナさんまで…やめなよ、無謀な事するの」
「大丈夫よ。まず一口食べて駄目なら駄目で食べなきゃいいんだし」
「まあ…そうなんだけどな」
「じゃあ、食べよ?ヒナ」
「うん」
 そう言うと葉月と弥生は魚を一口口に入れる。飲み込んだ所で二人は口を開く。
「うん、まずくない。だいじょぶですよ」
「斬新な味ね。皆も食べてみたら?」
「あ…まあ、二人がそう言うなら…」
 二人の言葉に面々も恐る恐るほぐした身を口に入れる。と、驚いた様に口を開く。
「へぇ、結構うまいじゃん」
「だろ?」
 三太郎は楽しげに口を開く。他のチームメイトも舌鼓を打ちながら言葉を紡ぐ。
「今度うちでもやってみるか~」
「でも魚の種類間違えるとまずくなるから気をつけろよ。くせのない白身の魚がベストかな」
「そうか。情報ありがとよ」
「里中~食ってるか~?…って…」
 メンバーの一人が声を掛けて里中の方を見ると、そのまま絶句する。里中はおいしそうに魚を食べながら、隣り合っている山田と二人の世界を作っていたのだ。
「そうか、知らなかった。…そんなプライドがあったんだな」
「ああ。…でももう言っちまったからすっきりしたよ。これからはちゃんと魚を食べるぜ」
「きれいな身のほぐし方は俺が教えてやるから、心配するな」
「山田…ありがとう」
 二人の世界を見つめながら、面々は苦笑しつつ言葉を紡いでいく。
「まったく、魚ひとつでここまで出来るんだからいい二人だよ」
「でも、智君が幸せでいいな~って思えますよ」
「そうね~幸せなのはいい事だわ」
「じゃあ、あの二人はほっといて、俺達は俺達で盛り上がりますか!」
「そうやな」
「づら」
「そうね」
 そうして居酒屋の夜は賑やかに、幸せに過ぎて行くのであった。